先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

文字の大きさ
25 / 51

「俺と、付き合ってもらえませんか?」

しおりを挟む

「こ、ここって.......」

 コンビニでファンタグレープを購入し、夢叶先生について辿り着いた場所。
 南口からそれほど歩かない場所にある、マンション。”ラビィンゾ姫坂”の5階にある一室。
 部屋番号は507。

「ゆ、夢叶先生.......?」

 言わずともわかる。ここがどういった場所なのか。
 だからこそ、声が震えてしまう。分かってしまっているから、俺がここに居ていいのか。
 生徒である俺が。ずっと、好きだって伝えていた身で言うのも、おかしいかもしれないけど。
 それでも、先生と生徒って立場には変わらないから。ここにいること自体が間違いじゃないのか。
 そんなことばかりが脳裏を過ぎってしまう。

「どうかしたの?」

 どこか俺をからかうような、そんな目を浮かべて、楽しそうに言葉を発した夢叶先生。
 俺が何を思っているのか。どんなことを考えているのか。見透かしているようだ。
 そんな夢叶先生も可愛いくて、愛おしく。新たな一面を見れたように思えて、また想いが募ってしまう。

「あれ、ですよね?」

 違うと言われることがあれば、その場に居ても立っても居られなくなるような。そんな気がして、俺は言葉を濁した。
 そんな俺を横目で見ながら、夢叶先生はカバンの中をゴソゴソとしている。
 夢叶先生は何も答えを発してくれないが、答えになりそうなものを、カバンの中から取り出した。
 小さなストラップの付いた、部屋の鍵だ。

 夢叶先生は何の躊躇いもなく、鍵を鍵穴に差し込み、解錠した。

「稜くんの思ってる、あれで正解だよ」

 そう言われ、ただでさえ早かった鼓動が更に早くなる。もうこのまま死んでしまうのではないか。そう思ってしまう程だ。
 みなが荘の扉のように、蝶番が軋むことはほとんどない。

「はい、どうぞ」

 人一人が余裕で通れる程、扉を開いた夢叶先生は、室内に入るように促す。
 秘密の花園、とでも言うべきだろうか。ここまで来ても、やはり勇気が出ずに。入るのを躊躇っている俺がいる。そんな俺に夢叶先生は、軽く背中を押した。

「緊張しなくていいのよ?」

 まともに言葉を紡げない俺に。夢叶先生は柔和な笑顔を浮かべ、そっと、優しく告げた。

「は、はい」

 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
 夢叶先生が何を考えているかまだわかんないけど。せっかく夢叶先生が整えてくれた舞台だ。上がらないわけが無い。
 ゆっくりと、1歩1歩をしっかりと踏みしめながら。俺は507号室の、夢叶先生先生の部屋の中に入った。

「お、お邪魔します」
「うん。何も無いけど、ゆっくりしてよ」

 夢叶先生は俺に続き、部屋に入る。そして、扉を締めながらそう言った。

「靴を脱いで上がってよ」

 玄関に立ち止まる俺に、後ろから言ってくれる。何をすればいいのか。頭が真っ白になって、次にするべき行動を言われなければ出来なくなってしまう。
 完全にポンコツに成り下がっている。

「誰か来たの?」

 そんな時だ。夢叶先生の部屋の中から、女性の声がした。妙に親しげで、無遠慮な雰囲気を纏う声だ。
 その声に返事をする前に、少しの廊下の奥にある扉が開く。

「えっ.......」

 綺麗な白い肌が露になっている。髪は金色に染められており、派手なメイクをしているのは、言わずとも分かった。
 そして、その女性の纏う物は下着だけ。
 そのあまりに衝撃的な格好の女性に、俺は声を出すことが出来なくなる。

あやちゃん! 今日はお客さん連れてくるって言ってたでしょ!?」
「えぇ。そんなの言ってたっけ?」

 夢叶先生が顔を赤くして、声を荒らげる。怒ったような姿を見るのは、あの告白した日以来で。懐かしいようで、少し切ない気持ちを思い出す。

 夢叶先生が彩と呼んだ半裸の女性は、悪びれた様子もなく。目の前に俺がいるのに、その格好に恥ずかしさを覚えた様子もなく。言葉を紡ぐ。

「言ってたよ! それに稜くんもいるんだから。ちゃんと服着てよ!」
「暑いじゃん」
「関係ないの! 服着て」

 夢叶先生の言葉に折れたのか。彩さんは分かりやすく、ため息をついてから、リビングの方へと戻っていく。

「ご、ごめんね。稜くん」
「い、いえ。大丈夫ですよ」

 驚きはしたけど。俺が声を上げる要素はどこにもない。

「さっきのは私の妹で、近くの大学に通ってるの」
「夢叶先生、妹さんいたんですね」

 夢叶先生のことをまた1つ知れた。たったそれだけで、夢叶先生との距離がまた縮まった気になる。

「学校では言ってないもんね。知らなくて当たり前か」
「服着たよ」

 苦笑まじりの言葉を受けたところで、リビングから彩さんの声が届いた。

「それじゃあ、改めてどうぞ」

 靴を脱ぎ、廊下に上がる。はじめて女性の部屋に上がった.......。歩く脚が不安定なのように思えるのは、緊張して震えているからなのか。
 リビングに近づく度に、口の中の水分が蒸発していくように感じられる。唇はカサつき、呼吸の仕方さえ忘れてしまったかのようだ。

「そんなに緊張しなくていいんだよ?」

 俺の様子に、心配の色を滲ませた夢叶先生の声が掛けられる。俺を、俺だけを見てくれている。
 ずっとずっと、夢叶先生を独り占めしたい。俺だけを見ていて欲しくて、俺だけに色んな顔を見せて欲しい。
 束縛してるみたいで。まだ彼氏でもないのに、図々しくて。モテない男の悠久の願いみたいだけど。
 ダサいかもしれないけど。俺はそれぐらい夢叶先生が好きだから――

 リビングに入ると、黄色の大きなTシャツを羽織った姿の彩さんがいた。

「まさか、夢ねぇが男連れ込むとは。世も変わったねー」
「余計なこと言わなくていいの!」

 何やら言いたことがありそうな彩さんを一蹴し、夢叶先生は俺をテーブルに案内した。
 俺が座った場所の真ん前に。夢叶先生は腰を下ろし、カバンを置いた。

「じゃあ、はじめよっか。秘密の特訓」
「は、はい!」

 一体何が始まるのか。でも、対面に座って出来ることってなんだろう。

「イヤらしい響き」
「彩ちゃんは黙ってて」

 横槍を入れてくる彩さんに一言掛けてから、夢叶先生はカバンの中から、クリアファイルを取りだした。

「クリアファイル.......ですか?」
「うん、そうだよ。稜くん、再テストいっぱいあるでしょ?」
「え、えぇ。まぁ」

 結果はご存知の通り、歴史以外の全ての教科で赤点を取っている。ということは、その分再テストがあるということ。
 そして、俺にそれだけの勉強をし、補習回避が出来るほどの頭脳はない。
 ということは、必然的に諦めるしかない。

「諦めるしかない、って思ってるでしょ?」

 俺の表情を読んだのだろうか。心中で思っていたことを当てられ、少し焦る。

「そ、そんなことは.......」
「誤魔化しても無駄だよ。稜くんのこと、これでも結構見てるんだから」

 少し前かがみになり、夢叶先生の顔が近づく。
 見ている。その言葉が嬉しくて。
 体を乗り出して、夢叶先生を抱きしめたいとか思っちゃう。その気持ちをギュッと抑えて。

「あ、ありがとうございます.......」

 赤くなる顔を見られないように。少し俯きながら、小さく囁くように答えた。
 俺の言葉を満足気な表情で聞き届けた夢叶先生は、クリアファイルの中から、あらゆる教科の期末テストの問題を取りだした。

「じゃあ、今から勉強するよー」

 甘い期待なんてしてなかったけど。まさか勉強とは思ってなかった――
 しかし、ここで何を言っても無駄だ。それに、夢叶先生の家に来れただけでも、とっても大きな価値がある。
 そう思い、俺は勉強に着手したのだった。

 * * * *

 国語、数学。それから化学のテスト問題を解き終え、夢叶先生から休憩の言葉が出た。
 時間にして、おおよそ3時間が過ぎている。

「んー、全部あと数点足りないんだよねぇ」
「ごめんなさい」
「ぜ、全然謝らなくていいんだよ!? それよりも、期末の時より点数上がっててすごいよ!」

 何気ない一言で俺を傷つけたと思ったのだろうか。夢叶先生の期待に応えられなくて、謝罪したつもりだったのに。夢叶先生は少し慌てた素振りを見せて、フォローを入れてくれた。

「でも、あれでしょ? 点数上がっても、補習になるんでしょ?」

 俺が勉強をしている間は、ずっと静かにしてくれていた彩さんが声を発した。
 ソファーに寝転がり、脚をバタバタさせている。夢叶先生とは似ても似つかない。本当に姉妹なのかって思ってしまう程だ。

「そうなりますね」
「もう彩ちゃん。そういうこと言わなくていいの!」
「だってホントのことじゃん」

 ずっと弄っていたスマホを置き、俺の横までやってくると、その腕を肩に回してきた。
 体が密着し、腕に女性特有の柔らかい膨らみの感覚が覚えさせられる。

「あぁ。この辺ね。ウチ、大っ嫌いだわ」

 密着状態を止めようともせず、彩さんは大爆笑をする。眼前では好きな人が、冷たい視線を浴びせてきているのが、ヒシヒシと伝わってくる。

「ち、ちょっと。彩さん.......」
「なになに?」
「当たってます.......」
「当ててんだよ。男子高校生ってこういうの好きでしょ?」

 更に強く胸を押し当ててくる。そりゃあ、嬉しいよ。なかなか体験出来ることじゃないからね。
 でも今は全く嬉しくない。てか、やめて欲しい。
 眼前には俺が恋して止まない。好きで好きで、ずっと想いを募らせている夢叶先生がいるのだから。

「彩。いい加減にして」

 彩さんを呼び捨てにし、強い怒りのこもった言葉をぶつけた夢叶先生。

「夢ねぇ、そんな怒ることないでしょ」
「いいから。離れて」

 声を大きく荒らげる訳では無い。起伏のない、冷徹な声。その割にとても迫力があった。

「な、何なのよ。別に夢ねぇとデキてるわけあるまいし」

 俺から離れながら、吐き捨てた言葉。

「.......」

 彩さんにとって、先生と生徒なんて有り得ないのだろう。当たり前でしょ、とかそのような言葉が返ってくると踏んでいたのだろう。しかし、俺と夢叶先生が同時に黙り込んでしまったことで、彩さんの表情が一変した。

「嘘.......でしょ?」
「つ、付き合ってなんかないからね!」

 驚きを隠せない彩さんに、夢叶先生が早口でまくし立てる。
 だが彩さんが、そのような言葉を信じるわけもなく。軽蔑したような目を夢叶先生に向けてから告げた。

「ありえないわ」

 たった一言だった。それでも、俺と夢叶先生にとっては重たい一言だった。
 言いたいことだけを残し、彩さんはリビングを出ていく。
 息をすることすらもつらい、そんな重たい空気だけを残して――

「ご、ごめんね」

 彩さんが出て行ってからしばらくして、夢叶先生が寂しそうな声音でそう告げた。折角縮まったと思った距離が、また遠くなった気がした。
 いつも、いつも。夢叶先生とは、近くなったり離れたり。
 何で何だよ。
 俺が生徒だからか?
 年齢が離れているから?
 そんなの関係ないだろ。
 恋をするのに。好きになるのに、理屈も何もない。本能が、認めて好きになるんだから。
 その相手がたまたま夢叶先生だっただけだ。

「何で夢叶先生が謝るんですか?」

 静まり返った部屋に、俺の静かな声が響く。

「だ、だって」
「だってじゃないです。周りがどうこう言っても、夢叶先生が好きなのは変わりません。それはこれからも同じです」
「……」

 想いをぶつけるのはこれで三度目。三度目だけど、想いを伝えるのは恥ずかしくて。緊張して、手が小刻みに震えるのがわかった。

「だから。夢叶先生」

 口の中の水分が一気に奪われていくのがわかる。
 この言葉を夢叶先生に告白うのは初めてだから。
 これまで以上に緊張が、全身に迸る。
 想いだけじゃない。ここから先に繋がる、大事な、とても大事な言葉だから。



「俺と、付き合ってもらえませんか?」



 一文字一文字を、噛み締めるように。俺の全部を、ありったけの想いを乗せて。
 ゆっくりと、手を差し出した。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...