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「俺と、付き合ってもらえませんか?」
しおりを挟む「こ、ここって.......」
コンビニでファンタグレープを購入し、夢叶先生について辿り着いた場所。
南口からそれほど歩かない場所にある、マンション。”ラビィンゾ姫坂”の5階にある一室。
部屋番号は507。
「ゆ、夢叶先生.......?」
言わずともわかる。ここがどういった場所なのか。
だからこそ、声が震えてしまう。分かってしまっているから、俺がここに居ていいのか。
生徒である俺が。ずっと、好きだって伝えていた身で言うのも、おかしいかもしれないけど。
それでも、先生と生徒って立場には変わらないから。ここにいること自体が間違いじゃないのか。
そんなことばかりが脳裏を過ぎってしまう。
「どうかしたの?」
どこか俺をからかうような、そんな目を浮かべて、楽しそうに言葉を発した夢叶先生。
俺が何を思っているのか。どんなことを考えているのか。見透かしているようだ。
そんな夢叶先生も可愛いくて、愛おしく。新たな一面を見れたように思えて、また想いが募ってしまう。
「あれ、ですよね?」
違うと言われることがあれば、その場に居ても立っても居られなくなるような。そんな気がして、俺は言葉を濁した。
そんな俺を横目で見ながら、夢叶先生はカバンの中をゴソゴソとしている。
夢叶先生は何も答えを発してくれないが、答えになりそうなものを、カバンの中から取り出した。
小さなストラップの付いた、部屋の鍵だ。
夢叶先生は何の躊躇いもなく、鍵を鍵穴に差し込み、解錠した。
「稜くんの思ってる、あれで正解だよ」
そう言われ、ただでさえ早かった鼓動が更に早くなる。もうこのまま死んでしまうのではないか。そう思ってしまう程だ。
みなが荘の扉のように、蝶番が軋むことはほとんどない。
「はい、どうぞ」
人一人が余裕で通れる程、扉を開いた夢叶先生は、室内に入るように促す。
秘密の花園、とでも言うべきだろうか。ここまで来ても、やはり勇気が出ずに。入るのを躊躇っている俺がいる。そんな俺に夢叶先生は、軽く背中を押した。
「緊張しなくていいのよ?」
まともに言葉を紡げない俺に。夢叶先生は柔和な笑顔を浮かべ、そっと、優しく告げた。
「は、はい」
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
夢叶先生が何を考えているかまだわかんないけど。せっかく夢叶先生が整えてくれた舞台だ。上がらないわけが無い。
ゆっくりと、1歩1歩をしっかりと踏みしめながら。俺は507号室の、夢叶先生先生の部屋の中に入った。
「お、お邪魔します」
「うん。何も無いけど、ゆっくりしてよ」
夢叶先生は俺に続き、部屋に入る。そして、扉を締めながらそう言った。
「靴を脱いで上がってよ」
玄関に立ち止まる俺に、後ろから言ってくれる。何をすればいいのか。頭が真っ白になって、次にするべき行動を言われなければ出来なくなってしまう。
完全にポンコツに成り下がっている。
「誰か来たの?」
そんな時だ。夢叶先生の部屋の中から、女性の声がした。妙に親しげで、無遠慮な雰囲気を纏う声だ。
その声に返事をする前に、少しの廊下の奥にある扉が開く。
「えっ.......」
綺麗な白い肌が露になっている。髪は金色に染められており、派手なメイクをしているのは、言わずとも分かった。
そして、その女性の纏う物は下着だけ。
そのあまりに衝撃的な格好の女性に、俺は声を出すことが出来なくなる。
「彩ちゃん! 今日はお客さん連れてくるって言ってたでしょ!?」
「えぇ。そんなの言ってたっけ?」
夢叶先生が顔を赤くして、声を荒らげる。怒ったような姿を見るのは、あの告白した日以来で。懐かしいようで、少し切ない気持ちを思い出す。
夢叶先生が彩と呼んだ半裸の女性は、悪びれた様子もなく。目の前に俺がいるのに、その格好に恥ずかしさを覚えた様子もなく。言葉を紡ぐ。
「言ってたよ! それに稜くんもいるんだから。ちゃんと服着てよ!」
「暑いじゃん」
「関係ないの! 服着て」
夢叶先生の言葉に折れたのか。彩さんは分かりやすく、ため息をついてから、リビングの方へと戻っていく。
「ご、ごめんね。稜くん」
「い、いえ。大丈夫ですよ」
驚きはしたけど。俺が声を上げる要素はどこにもない。
「さっきのは私の妹で、近くの大学に通ってるの」
「夢叶先生、妹さんいたんですね」
夢叶先生のことをまた1つ知れた。たったそれだけで、夢叶先生との距離がまた縮まった気になる。
「学校では言ってないもんね。知らなくて当たり前か」
「服着たよ」
苦笑まじりの言葉を受けたところで、リビングから彩さんの声が届いた。
「それじゃあ、改めてどうぞ」
靴を脱ぎ、廊下に上がる。はじめて女性の部屋に上がった.......。歩く脚が不安定なのように思えるのは、緊張して震えているからなのか。
リビングに近づく度に、口の中の水分が蒸発していくように感じられる。唇はカサつき、呼吸の仕方さえ忘れてしまったかのようだ。
「そんなに緊張しなくていいんだよ?」
俺の様子に、心配の色を滲ませた夢叶先生の声が掛けられる。俺を、俺だけを見てくれている。
ずっとずっと、夢叶先生を独り占めしたい。俺だけを見ていて欲しくて、俺だけに色んな顔を見せて欲しい。
束縛してるみたいで。まだ彼氏でもないのに、図々しくて。モテない男の悠久の願いみたいだけど。
ダサいかもしれないけど。俺はそれぐらい夢叶先生が好きだから――
リビングに入ると、黄色の大きなTシャツを羽織った姿の彩さんがいた。
「まさか、夢ねぇが男連れ込むとは。世も変わったねー」
「余計なこと言わなくていいの!」
何やら言いたことがありそうな彩さんを一蹴し、夢叶先生は俺をテーブルに案内した。
俺が座った場所の真ん前に。夢叶先生は腰を下ろし、カバンを置いた。
「じゃあ、はじめよっか。秘密の特訓」
「は、はい!」
一体何が始まるのか。でも、対面に座って出来ることってなんだろう。
「イヤらしい響き」
「彩ちゃんは黙ってて」
横槍を入れてくる彩さんに一言掛けてから、夢叶先生はカバンの中から、クリアファイルを取りだした。
「クリアファイル.......ですか?」
「うん、そうだよ。稜くん、再テストいっぱいあるでしょ?」
「え、えぇ。まぁ」
結果はご存知の通り、歴史以外の全ての教科で赤点を取っている。ということは、その分再テストがあるということ。
そして、俺にそれだけの勉強をし、補習回避が出来るほどの頭脳はない。
ということは、必然的に諦めるしかない。
「諦めるしかない、って思ってるでしょ?」
俺の表情を読んだのだろうか。心中で思っていたことを当てられ、少し焦る。
「そ、そんなことは.......」
「誤魔化しても無駄だよ。稜くんのこと、これでも結構見てるんだから」
少し前かがみになり、夢叶先生の顔が近づく。
見ている。その言葉が嬉しくて。
体を乗り出して、夢叶先生を抱きしめたいとか思っちゃう。その気持ちをギュッと抑えて。
「あ、ありがとうございます.......」
赤くなる顔を見られないように。少し俯きながら、小さく囁くように答えた。
俺の言葉を満足気な表情で聞き届けた夢叶先生は、クリアファイルの中から、あらゆる教科の期末テストの問題を取りだした。
「じゃあ、今から勉強するよー」
甘い期待なんてしてなかったけど。まさか勉強とは思ってなかった――
しかし、ここで何を言っても無駄だ。それに、夢叶先生の家に来れただけでも、とっても大きな価値がある。
そう思い、俺は勉強に着手したのだった。
* * * *
国語、数学。それから化学のテスト問題を解き終え、夢叶先生から休憩の言葉が出た。
時間にして、おおよそ3時間が過ぎている。
「んー、全部あと数点足りないんだよねぇ」
「ごめんなさい」
「ぜ、全然謝らなくていいんだよ!? それよりも、期末の時より点数上がっててすごいよ!」
何気ない一言で俺を傷つけたと思ったのだろうか。夢叶先生の期待に応えられなくて、謝罪したつもりだったのに。夢叶先生は少し慌てた素振りを見せて、フォローを入れてくれた。
「でも、あれでしょ? 点数上がっても、補習になるんでしょ?」
俺が勉強をしている間は、ずっと静かにしてくれていた彩さんが声を発した。
ソファーに寝転がり、脚をバタバタさせている。夢叶先生とは似ても似つかない。本当に姉妹なのかって思ってしまう程だ。
「そうなりますね」
「もう彩ちゃん。そういうこと言わなくていいの!」
「だってホントのことじゃん」
ずっと弄っていたスマホを置き、俺の横までやってくると、その腕を肩に回してきた。
体が密着し、腕に女性特有の柔らかい膨らみの感覚が覚えさせられる。
「あぁ。この辺ね。ウチ、大っ嫌いだわ」
密着状態を止めようともせず、彩さんは大爆笑をする。眼前では好きな人が、冷たい視線を浴びせてきているのが、ヒシヒシと伝わってくる。
「ち、ちょっと。彩さん.......」
「なになに?」
「当たってます.......」
「当ててんだよ。男子高校生ってこういうの好きでしょ?」
更に強く胸を押し当ててくる。そりゃあ、嬉しいよ。なかなか体験出来ることじゃないからね。
でも今は全く嬉しくない。てか、やめて欲しい。
眼前には俺が恋して止まない。好きで好きで、ずっと想いを募らせている夢叶先生がいるのだから。
「彩。いい加減にして」
彩さんを呼び捨てにし、強い怒りのこもった言葉をぶつけた夢叶先生。
「夢ねぇ、そんな怒ることないでしょ」
「いいから。離れて」
声を大きく荒らげる訳では無い。起伏のない、冷徹な声。その割にとても迫力があった。
「な、何なのよ。別に夢ねぇとデキてるわけあるまいし」
俺から離れながら、吐き捨てた言葉。
「.......」
彩さんにとって、先生と生徒なんて有り得ないのだろう。当たり前でしょ、とかそのような言葉が返ってくると踏んでいたのだろう。しかし、俺と夢叶先生が同時に黙り込んでしまったことで、彩さんの表情が一変した。
「嘘.......でしょ?」
「つ、付き合ってなんかないからね!」
驚きを隠せない彩さんに、夢叶先生が早口でまくし立てる。
だが彩さんが、そのような言葉を信じるわけもなく。軽蔑したような目を夢叶先生に向けてから告げた。
「ありえないわ」
たった一言だった。それでも、俺と夢叶先生にとっては重たい一言だった。
言いたいことだけを残し、彩さんはリビングを出ていく。
息をすることすらもつらい、そんな重たい空気だけを残して――
「ご、ごめんね」
彩さんが出て行ってからしばらくして、夢叶先生が寂しそうな声音でそう告げた。折角縮まったと思った距離が、また遠くなった気がした。
いつも、いつも。夢叶先生とは、近くなったり離れたり。
何で何だよ。
俺が生徒だからか?
年齢が離れているから?
そんなの関係ないだろ。
恋をするのに。好きになるのに、理屈も何もない。本能が、認めて好きになるんだから。
その相手がたまたま夢叶先生だっただけだ。
「何で夢叶先生が謝るんですか?」
静まり返った部屋に、俺の静かな声が響く。
「だ、だって」
「だってじゃないです。周りがどうこう言っても、夢叶先生が好きなのは変わりません。それはこれからも同じです」
「……」
想いをぶつけるのはこれで三度目。三度目だけど、想いを伝えるのは恥ずかしくて。緊張して、手が小刻みに震えるのがわかった。
「だから。夢叶先生」
口の中の水分が一気に奪われていくのがわかる。
この言葉を夢叶先生に告白うのは初めてだから。
これまで以上に緊張が、全身に迸る。
想いだけじゃない。ここから先に繋がる、大事な、とても大事な言葉だから。
「俺と、付き合ってもらえませんか?」
一文字一文字を、噛み締めるように。俺の全部を、ありったけの想いを乗せて。
ゆっくりと、手を差し出した。
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