先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

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「俺は彩月ちゃんが、彩月ちゃんだから好きなんだよ」

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「あぁ。着いた」

 明川駅に着いた俺は、自宅に電話を掛けた。再テストが終わり、合格したことはもう伝えていた。
 だから、俺が戻ってくることは予想していたはずだ。だが、再テストが終わった日に帰ってくるとは思っていなかったのだろう。
 電話口の母さんは、驚きが隠せていない様子だった。

「わかってる」

 陽は傾きかけている。だが、まだ周囲は蒸し暑さで満ちている。母さんは今から家を出るから、少し待ってて、と言った。俺はそれに短く答えて、近くのベンチに腰を下ろした。

 電話を切り、短く息を吐き捨てる。鼓動がうるさい。いつもの倍以上の速さで動いている気がする。
 彩月ちゃんが、見知らぬ男のものになった。あの日から会えなかった彩月ちゃんに、会えることを強請った。でも、再会すれば俺はもっと先を願った。

「また緊張してきやがった」

 答えを貰える時間が近づけば近づくほど。胸の奥がズキズキと痛んで、ギューッと締め付けられているような感覚になって。
 1度の呼吸が深くなる。

 出会いを失くした日は、悲しく僅かな希望を祈った。でも、1つの祈りが叶ったら――。
 何て強欲なんだ。
 自分の願いが大きくなることに、独りでに嘲笑を浮かべた。

 彩月ちゃんの悲しみに漬け込むみたいだったかな。でも、俺は。本気でずっと彩月ちゃんが好きだった。
 もし、もしダメだったとしても。この気持ちだけは、偽らざる気持ちだけはちゃんと、しっかりと伝わっていてくれ。

 そんなことを考えているうちに、明川駅の前のロータリーに車が入ってきた。だが、あの車は俺の知らない車だ。
 俺の家の車じゃない。車から視線を逸らした。だが、車は俺が座るベンチの前で減速していく。

 ――なんだ?

 俺に関係があるのか、と思うか。違っていた場合。何かイチャモンでも付けられると面倒だ。
 気になりはするが、視界に捉えて絡まれるのはもっと面倒だ。
 顔を下げて、スマホをいじっていると。クラクションが鳴った。
 流石にクラクションが鳴ったということは、俺に用事があるのだろう。そう判断し、顔を上げると。
 運転席側の窓が開く。

「海ちゃん。やっほ」

 開いた窓から顔を出したのは、少しぎこち無い笑顔を浮かべた彩月ちゃんだった。

「さ、彩月ちゃん!?」

 迎えに来るとは微塵も思っていなかった人が。目の前にいる。
 車の中で最後の覚悟を決めようと思っていたのに。
 まさか、その車の運転手が彩月ちゃんとは.......。予想外だ。

「手離せないから、迎えに行ってあげてって言われちゃった」

 言葉に硬さを感じる。やはり、彩月ちゃんも俺の言葉への返事に緊張しているらしい。
 緊張するほど。それほど熟考してくれた。そう考えると、嬉しくて。それが悟られぬ様に、俯きながら微笑み、スマホをポケットに入れる。
 ゆっくりとベンチ立ち上がり、助手席に座る。

「あ、ありがと」
「いえいえ。どういたしまして」

 迎えに来てくれたことにお礼を告げると、彩月ちゃんはこわばった声色のまま返事をして、アクセルを踏み、車が前へと進み出した。



「ねぇ、海ちゃん」
「ん?」

 たぶん、これは緊張だ。恥ずかしいとか、そういうやつじゃない。
 痛いくらいに胸がズキズキして、彩月ちゃんの顔を見ることが出来ない。それがたとえ、横顔だったとしても、だ。

「ほんとに、再テストで合格したの?」
「え。彩月ちゃん、まさか疑ってる?」
「い、いや。そ、その.......。疑ってるとかじゃなくて.......。ほんとかなーって思って」

 あはは、と乾いた笑みを浮かべながら慌てて言った彩月ちゃん。それを疑ってるって言うんだよ。

「俺ってそんなに勉強出来ないように見えるかな」

 みなが荘を出る時にも、稜に疑われたし。不安になるなぁ。そんなことを思い、独り言の如くこぼしてから返事をする。

「ほんとに通ったから。後で証拠見せてやる」
「そこまで言うってことは通ってるんだろうねー」

 会話をしているうちに、段々と緊張が解れてきたのだろう。彩月ちゃんは強ばっていた声色が、段々と優しく、普段のそれに戻っているのが分かる。

「だから最初から言ってるのに」
「まぁ、私は信じてたけどね? 海ちゃんのお母さんが心配してたから。一応聞いてたんだよ?」
「ほんとかなー?」

 疑惑の目を向けたところで、車が赤信号に引っかかり、一旦停止する。

「ホントだってば!」

 ブレーキを踏んだまま、彩月ちゃんは体をこちらに向けて、軽く肩を小突いた。
 楽しい空気が車内に溢れかえる。その空気に浸っているだけで、俺は幸せな気分になれる。ずっと、このまま一生。彩月ちゃんとの時間が続けばいいのに――

 この時間が幸せだから。楽しいから。
 会話が止まった瞬間が、妙に寂しく、切なく感じてしまう。

「ねぇ、海ちゃん」

 信号が青に変わる。彩月ちゃんは短く息を吐いてから、アクセルに踏み変える。車がゆっくりと加速をはじめ、進行をはじめる。
 真剣な顔で前を見ながら、彩月ちゃんは続ける。

「この間のこと、なんだけど.......」

 この間のこと。それだけで、何を指しているのか分かる。その言葉と同時に、車内の空気が緊張の色に変化した。
 俺の鼓動も早くなり、隣に座る彩月ちゃんに聞こえちゃってるんじゃないかって。
 答えを聞くのが怖くて、指先が冷たくなって行くような。そんな気がする。

「う、うん.......」

 震える言葉を。彩月ちゃんの言葉1つ1つに、押し潰されそうになる。

「海ちゃん、私ね.......」

 彩月ちゃん.......。隣でゴクリ、と唾を飲む音がした。たぶん、彩月ちゃんも相当覚悟をしているのだろう。


「海ちゃんから見たらおばさんだろうし、バツイチなんだよ?」
「それがどうかしたの? 俺は彩月ちゃんが、彩月ちゃんだから好きなんだよ」

 彩月ちゃんが覚悟を決めたように。俺もあの日から覚悟は決めてる。
 彩月ちゃんの全部を受け入れて。それでも好きでいるんだ。

「そっか」

 吐息混じりに零された言葉。嬉しさが混じっているように感じたのは、俺の勘違いだろうか。
 好き。その想いが前面に出た思い込み。
 そうかもしれないけど。やっぱり好きだから、そういう補正をかけたいと願ってしまう。

 明川駅から俺の家までに一つだけあるコンビニ。彩月ちゃんは、そちらに指示器を出した。何も言うことなく、コンビニの敷地内に入ると、手早く駐車して。
 俺に向いた。

「周りに色々言われるかもしれないよ?」
「関係ねぇーよ」
「ほんとにほんとに?」
「あぁ。ほんとだ。俺は彩月ちゃんが。昔からずっと好きなんだよ」

 駆動音すら聞こえなくなった、静かな車内で俺の声が大きく響く。
 彩月ちゃんが求めるなら、何度だって言う。

「周りに何て言われても。どんな目で見られても。この気持ちだけは嘘じゃない」

 その瞬間。彩月ちゃんは運転席から体を乗り出して、助手席側にやってきた。
 その勢いのまま、俺に抱きついた。

「ありがと.......。私も、海ちゃんが好き」

 涙色に濡れた声だった。おばさんだから。バツイチだから。周りの目があるから。
 そんなことばかりを気にしていたのだろう。俺は最初から気にしてないのに――

「なぁ彩月ちゃん」

 抱き合ったまま。俺は囁くようにそっと呟いた。

「俺と、付き合ってくれ」

 ようやく言えた。幼い頃からずっと伝えたくて、伝えて、伝えきれなかった想い。
 時を超えて紡がれた想いに。彩月ちゃんは、涙を零しながら笑顔をうかべて頷いた。

「うん」

 そして、更に体を乗り出して。俺の唇にそっと、唇を重ねた。
 今まで重ねてきた唇のどれよりも、愛おしくて、大切にしたいと思える。

「嘘みたい。海ちゃんとこんな関係になるなんて」
「夢みたいだ。彩月ちゃんとこんな関係になれるなんて」

 唇を離し、微笑みながら言う。

 悠久の時。なんて大それたものでは無いかもしれない。ても、俺にとってはそれと同意だ。ようやく叶った恋。それを大事にしたくて。
 今度は俺から。彩月ちゃんに顔を寄せて、そっと、優しく唇を重ねたのだった。
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