先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

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「てか、絶対日焼け止め塗るべきだったな」

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 それからしばらくして。ウォータースライダーは俺たちの番となったが。

「大人の方は一人一人でお願いします」

 ウォータースライダーの順番管理をしている人に、そう言われた。大きなプールだとカップルで楽しそうに滑れるみたいなのに。
 こういうところは、さすが市民プール。カップルにイチャイチャさせないぞ、という意思が感じられる。
 たぶん、予算の問題だとは思うけど.......。

 左右に振られながら、狭く長い滑り台のようなものを滑り終え、少し深さがある小さなプールに体を放り投げられる。
 その拍子に水が鼻の中に入り、めちゃくちゃ痛かった。


「何それ! 稜くん下手すぎる!」

 姫坂市民プールの入口から、かなり奥の方へと進んだそこにあるのは、フードコートのような場所だ。
 フードコートほど食が豊かな訳では無い。器だって設置してあるゴミ箱に捨てられるように、全てプラスチック製の百均に売ってそうなやつだ。
 そこにあるテーブルのひとつで、夢叶は高らかに笑い声を上げた。

「そこまで笑うことないだろ」

 こんなに笑われると思ってなかったし。てか、夢叶の声が大きいから結構見られるし。恥ずかしい.......。
 その恥ずかしさから逃れるように、購入して焼きそばを頬張る。
 ソースといい感じに絡み合って、喉が渇くであろういい味付けだ。
 
「ごめんごめん。でも普通、そんなことにならないよ?」

 小さな器に入ったうどんをすすってから、夢叶はニタニタと笑う。
 そして思い出したように、ぷっ、と吹き出す。

「いや、なるだろ。あんなに急に放り出されたら」
「いやぁ。多分ね、稜くん呼吸の仕方下手なんだよ」
「呼吸の仕方に上手いも下手もないだろ」

 いじけるように言い放ち、テーブルの中心に並べて置いてある唐揚げを取り、口に運ぶ。

「あるかもしれないよー。あ、唐揚げ美味しい?」
「息継ぎの下手はあっても、普通の呼吸ではないだろ。まぁ、普通かな」

 香ばしい味はするが、夏祭りとかで買えるそれと似た味で。家や専門店で買えるそれとは比べ物にならない。

「まぁ、そうだよね」

 どっちに対しての答えかは分からないが。そう告げた夢叶は、俺と同じように唐揚げを口に運ぶ。

「ほんとだ。普通だ」

 何度か噛んだ後、夢叶は口角を上げてにまっと笑って言った。

「それで今からどうする?」

 このままの流れで話していると、またいじられそうな気がしたから。俺はそう話を振る。

「んー、そうだなぁ。リベンジいっとく?」
「その話はもういいよ!」

 せっかく話を変えようとしたのに。そこから逃がしてくれない夢叶は、小悪魔じみたイタズラな表情でそう告げる。

 付き合いはじめて思ったけど、やっぱり先生の時とは違うな。いつもは真面目なのに、こうやって2人でいると女の子らしい部分が多くて。意外と言えば怒られるかもだけど、こういう夢叶を見られるのは凄く嬉しい。

「それで、本当にどうするんだ?」
「どうしよ。もう1回ぐるぐる回る?」
「まぁ、残ってるの25メートルプールとかだし。そうなる、かな」
「だよねー。流石にプールに遊びに来てるのに、ガチ泳ぎとかしないよね」

 俺の提案に、夢叶は唐揚げを頬張りながら答える。少し声を潜めて言ったのは、泳いでいる人もいるだろう、と推測したからだろう。
 やっぱり夢叶は周りに気も配れるし、流石だなって思う。
 あ、そうだ。

 水陸両用短パンのポケットに手を入れる。一応プールに入る前に、ジップロックに入れていたスマホを取り出して、夢叶に向ける。

「な、何よ」

 少し照れたような表情を見せる夢叶。うん、可愛い。てか、スマホすげぇ。ジップロックに入れてたけど、ウォータースライダーとかで揺らして、水中にあったのに。
 いつも通りに使えて、不具合も感じられない。

「写真、撮ってもいい?」
「な、なんでよ」

 カメラを起動しながら夢叶に訊く。夢叶は空になったうどんの入っていた容器に視線を落とし、恥ずかしさを孕んだ声で聞き返す。

「ダメ、かな? 俺たち付き合ってるのに、写真もないなって思って」

 言うのはちょっと恥ずかしいけど。でも、夢叶の写真が欲しくて。せっかく付き合ってるんだから、やっぱり彼女の写真は欲しい。

「い、いいけど.......」

 宙に視線を彷徨さまよわせてから、夢叶は消え入りそうな声で呟き。昼食を買う前に、ロッカーから財布を取り出した時に一緒に持ってきたスマホを俺に向ける。

「私も撮らせてよ?」

 少し顔を赤らめて、蚊の鳴くような声で。夢叶は俺に言った。

「お、おう」

 改めて言われると恥ずかしいな。カメラのレンズに向けて、短く返事をする。
 甘ったるい。ふわふわした空間が俺たちの周りに広がっている。
 先生と生徒。そんな普通ではありえないような関係から始まった恋だから。考えにくい関係から生まれた恋人関係だから。
 普通の恋人関係なら簡単に出来るような事が、簡単じゃなかったりする。いや、普通の恋人関係でも難しいのかもしれないけど。
 でも、立場も年齢的な部分でも。やっぱりハードルは高いような気がする。

 それから互いに写真を撮った。そしてプールに戻り、流れるプールで笑顔を浮かべる夢叶を撮ったり。撮られたり。
 楽しく過ごしていると、次第に日は暮れて。プールの水面には茜色が落ちていた。

「すっかり夕方になっちゃったね」

 閉園の30分前だというアナウンスが流れ、俺たちはプールから上がった。

「まさかこんなに長くプールにいるとは思ってなかった」

 黒い長髪に付いた水を落とすように、毛先を軽く握っている夢叶にカメラを向けてパシャリ。
 言葉を放ちながら写真を撮ると、分かりやすく慌てる夢叶が「もぅ!」と言う。
 夕陽になったからか。プールサイドはどこに立っていても、足の裏が焼けるような熱さを感じることは無い。

「ねぇ、稜くん」

 髪からはまだ水が滴っているが、それでも上がった時よりかはマシになった。その状態で、夢叶は真剣な瞳を俺に向けた。

「なに?」
「最後に、ツーショット撮ろ?」

 俺は夢叶を。夢叶は俺を。それぞれ写真は撮ったけど、まだツーショットは撮っていない。バレた時が怖いから、言い出せずにいた。俺が提案すれば、夢叶は受け入れてくれるだろう。でも、夢叶の立場を考えると証拠がある状況がいいとは思えないから。

「いいの?」

 凄く嬉しい提案だ。でも、それが俺を思っての言葉だったら。夢叶にとっては負担にしかならないのなら。
 ――我慢は出来る。

「うん。2人の思い出を残したいから」

 夕陽の色を頬に滲ませた夢叶が、俯き気味に、俺の表情、態度を伺うように。周りの喧騒に掻き消されてしまいそうなほど小さな声音で告げた。

「いいよ」

 彼女の凛とした声は、幾ら小さくても俺の耳に届く。幾ら周りがうるさくても。
 夢叶の言葉は、表情は真剣で本物だと俺は思った。俺のためだけを思ったそれじゃない、そう感じられた。夢叶自身も、それを望んでいるんだと。
 嬉しかった。嬉しくて、彼女の熱に当てられて。
 自然と俺の頬も紅潮していくのが分かった。

 夕陽をバックに。俺と夢叶は息遣いすら分かる距離まで近づいて。少し恥ずかしさを滲ませた笑顔とピース。
 ――カシャッ。
 その一瞬を、夢叶のスマホで切り取った。決して褪せることのない、思い出が1枚の写真となったのだ。

「後で送るね」
「うん、待ってる」

 短く言葉を交わしてから、俺たちはそれぞれの更衣室に向かって着替えを済ませた。
 出入口で再度合流してから、バス停に並ぶ。

「なんか、私服の夢叶を見るのが新鮮っていうか」
「それわかる。ずっと水着姿だったから、微妙に変な感じだよね」

 この状態が普通なはずなのに、夢叶の水着姿が目に焼き付いてるから。服の下にあの肌があるのだと、あの柔らかい胸があるのだと、勝手に妄想してしまう。
 そんな夢叶の顔は、鼻の頂点やらがトナカイの如く真っ赤になっている。

「だよな。最初は水着姿のが変な感じなのにな」
「ほんとに! 慣れるっていうのは怖いよね」

 他愛ない会話を繰り返しているうちに、姫坂駅行きのバスがやってくる。プールも閉園間近ということで、客は少なくなっていた。それも相まってか、バスの乗客も少ない。

「座れそうだな」
「うん」
 
 俺の呟きに夢叶は小さく微笑みながら頷いた。停車したバスに乗り込む。最奥の長い座席の1つ前の二人がけの席に腰を下ろす。
 一緒のプールに入っていたはずなのに、何故か夢叶の髪からはいい匂いがする。一体何が違うんだ?

「ふぅー、疲れたねー」
「うん。夢叶、今日はありがとね」
「稜くんこそ、来てくれてありがとね」

 席に座るなり、ぐぅーっと背筋を伸ばした夢叶。その拍子に洩れる声が妖艶で、エロい感じに聞こえてしまうのは、水着姿を見たからだろうか。

「また、夢叶と遊びたいよ」
「それは私も」

 出来る限り、その思考を頭の端に押しやりながら言葉を交わしていると。不意に、夢叶が大きな欠伸を浮かべた。

「眠い?」
「あはは、ちょっとね」

 力無い笑みを浮かべながら、夢叶は申し訳なさそうな声色で告げた。

「ちょっと眠る?」
「いいの?」
「俺もちょっと眠いし」

 本当はあんまり眠くないけど。眠さに耐えながら話す夢叶を見るより、すやすや眠ってる夢叶のが見たい。

「それならよかった」

 安堵を込められた言の葉で。夢叶は紡ぐと、「じゃあちょっとだけ」と告げて目をつぶった。
 綺麗な顔立ちは目をつぶっていても分かる。まつ毛も長いし、口から僅かにこぼれる吐息はやはり色っぽさを含んでいる。
 その顔をしばらく見ていると、バスがバス停に停った。その拍子に車体が揺れて夢叶の頭が俺の肩に乗る。

「いてっ」

 恐らく日焼けだろう。服の生地と日焼けした肩が擦れてめちゃくちゃ痛い。思わず声が出るほどだ。
 頭を退けようかな、そう思った。だが、規則正しい呼吸で気持ちよさそうに眠る夢叶を見ると、痛みなど忘れた。

「可愛い寝顔」

 綺麗な寝顔の彼女に気づかれないように、こっそりとスマホを撮り出す。

「はい、チーズ」

 そしてサイレントカメラを起動し、ほとんど息で形成された言葉を吐き、夢叶の寝顔を写真に納めたのだった。


 バスが姫坂駅に着いて。俺は夢叶を起こした。
 
「着いたよ」
「.......ん?」
「姫坂駅に着いたよ」
「.......あっ! ごめん!」

 慌てたように起きた夢叶は、いの一番に謝罪を口にして口元を手の甲で拭った。

「寝ヨダレなんて出てないよ」

 意地悪をするように。俺がそう言うと、夢叶は素早く手で口元を覆い顔を赤くする。

「ほ、ほんとに?」
「ホントだって」

 最後まで笑いあって。俺たちは姫坂駅で別れた。夢叶は家へと、俺はみなが荘へ戻るために電車に乗った。




 そしてその夜。
 夢叶から、今日撮った写真が送られてきた。俺が笑っている姿や、少し不貞腐れたかのように両頬を膨らませている姿。色んな姿が写真の中に収められている。
 その1番最後にははじめて撮ったツーショット写真があった。
 それを見ただけで今日1日の思い出が全部蘇るような。そんな感覚になれる。
 それに答えるように、俺も夢叶に今日撮った写真を送った。最後の最後、バスの中で撮った夢叶の寝顔を除いて――


「てか、絶対日焼け止め塗るべきだったな」

 今からお風呂に入るのだが。鼻、肩、背中の皮膚が真っ赤になっている。おそらく、水が触れるだけでめちゃくちゃ痛いだろう。
 そんな自分の姿を確認して、そう呟かずには居られなかった。
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