先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

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「新たな問題が発生した」

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「バーベキュー、しようと思うんだけど」

 夢叶とのプールを終えた2日後。肩の日焼けがピークに達しており、歩く度に服の生地と触れ合い痛いそんな日の朝。
 琴音さんが帰国してから、ポリシーとも言えていた最後に名詞を付ける、ということをやめた綾人さんが突然言い放った。

「え、えっと。聞き間違いですか?」

 うん、きっとそうだ。寝起きだし、聞き間違いに違いない。バーベキューをする道具も、バーベキューの材料も何も無いのに。
 月一万五千円しか生活費として支給されないのに。そんな所に割くお金なんてある訳がないはずだ。だから、これは聞き間違えのはずだ。

「何が? バーベキューしようっては言ったよ?」

 綾人さんは首を傾げながら。当たり前の事実を告げるように、俺に言い放った。

「.......どうして?」

 綾人さんの、綾人さんらしくない訳の分からない発言に。俺は思ったよりも冷静に言葉を返せた。

「だってさ、琴音のお帰り会してないでしょ?」
「してませんけど、する意味あります?」
「あるよ! みんなの時もしたでしょ?」
「いや、俺と亜沙子には歓迎会的なやつ無かったですけど」

 もっと言うと、俺の時なんて海斗先輩に、ご飯作れよ、とか言われていきなり雑用させられてた感じだったからね?
 俺の胸中なんて全く分かってないのだろう。呆れたように言い放った俺に、綾人さんは悪びれた様子もなくおどけた様子を見せた。

「そうだっけ?」
「そうですよ!」
「んじゃ、まぁ。改めてみんなの歓迎会も含めてさ」

 いい考えを思いついた!
 そう言わんばかりに、手をぽんっと打った綾人さん。何も名案とかじゃないと思うんだけど。

「あ、あの俺らここに来て1年くらい経ってて、歓迎会とか言うレベルじゃ.......」
「いいんじゃない、別に」

 バーベキューをやること自体、肉も食べれるし、大賛成なんだけど。お金とか何とかいう前に、準備が大変そうなんだよな。普通にフライパンで肉を焼いて食べた方が楽というか.......。
 そんな俺の言葉に。階段を降りてきて、リビングに顔を出した亜沙子がぶっきらぼうに言う。

「え、えっと。なんで?」

 俺だけ反対派なの?

「バーベキュー楽しそうだし」
「うんうん! バーベキューやりたーい!」

 亜沙子に続いて居室へやってきた琴音さんが、年相応とは言い難いあどけない笑顔を浮かべて、ぴょんぴょん跳ねている。

「え、えっと.......。本気?」
「当たり前じゃん」

 乗り気の様子を見せる3人を順番に見てから言葉を吐く。何だか俺だけ悪者みたいじゃないか。
 そんな俺の言葉を受けた綾人さんは、キョトンとした顔で。間の抜けた声を上げた。

「私のかんげーかい! みんなどんなことしてくれるの!?」
「それ言っちゃダメだし。それに琴音さんは歓迎会じゃなくてお帰り会だし!」

 どうやらこの話を知らないのは俺だけらしい。
 琴音さんの幼さを感じる楽しそうな声に、亜沙子が棒読みの台詞をこぼした。
 打ち合わせ通りの猿芝居を打っている。綾人さん、こういう芝居に亜沙子を入れちゃダメだよ。亜沙子、演技ほんとに下手だから。

「いつから決まってたんですか?」

 ここからどんなに言葉を並べても、実行は難しいという言葉を、理論をぶつけたところで覆ることは無い。結局マイノリティーは弱いのだ。

「稜くんがプールに行ってた日」
「3日も前じゃん!」
「まぁ、細かいことはいいじゃん」

 苦笑を浮かべる綾人さん。あ、これはわざとのやつだな。俺が反対するかもと思って、言ってなかったのか?

「というわけで、実施は決定事項なんだけど.......」

 語気を弱めた綾人さん。何か不安要素があるのだろう。それは言葉を聞けば分かるはずなのに、琴音さんは子どものように目をキラキラと輝かせている。やりたい、と思ったことはとことんやる天才琴音さん。だが、こういう細かな変化などには疎いらしい。

「なんだけど、ね」

 綾人さんと同様に。亜沙子も微妙な表情と曖昧な言葉を見せた。
 この様子から察するに、実施するにあたり問題があるらしい。

「何が問題なんだよ」
「平たく言うと、お金?」

 綾人さんは舌先をチラッと覗かせながら、軽いテンションで言った。

「え、えっと。そんな簡単な話じゃないですよね?」
「まぁ、ね。バーベキューに使えるのは多くて5000円までだし」
「そんなの無理でしょ」

 決定してから3日間、俺に伝わらなかったのはこのお金の計算をしていたからだろう。
 仮に道具があれば、バーベキューセットのようなものがあれば、いつもより多く食材を買うだけで済む。だが、俺はこのみなが荘でバーベキューセットのようなものを見たことがない。
 だから思わず口をついてしまう。

「そうなんだよ。道具があれば不可能じゃないと思う」

 俺と同じ思考に至っている綾人さんが、顎に手を置き難しい表情を浮かべている。
 どうにか5000円でバーベキューが出来る方法を考えているらしい。

「5000円も無駄に使えるお金があることにびっくりなんだけど。それよりも、どこでやるつもりなんですか?」

 みなが荘の財政管理は料理を担当している綾人さんだ。食品を買う時にメニューも考えるだろうし、別の人が管理し、買い物に行くのは非効率だ。そういう理由から綾人さんが管理しているのだが、何故5000円も浮いているのか。
 だが、その当の本人。綾人さんは俺の質問にキョトンとした顔を浮かべる。

「みなが荘でやるんじゃないの?」
「え、狭くないですか?」

 ここみなが荘に裏庭、と言えるほどのものは無い。自転車が置いてあるそこでも、人2人が座ればキツキツになるだろう。

「うん、狭いな」

 俺の言葉で思い出したかのような口調になる綾人さん。そしてそう呟いてから、額に手を置いた。

「新たな問題が発生した」

 道具に場所。バーベキューする上で、計画する上で1番大事な土台となる部分。
 それを一切考えずに進んだこの計画。

「前途多難にも程がある」

 崩れ落ちるように、テーブルに額を乗せた綾人さん。
 何も知らされず、穴だらけの計画を聞かされたこっちの台詞だと思うんだけど。
 敢えてそれは口にしないが、代わりにため息をつく。

「ねぇねぇ。バーベキューできないの?」

 この重苦しい空気を理解していないのか。琴音さんはいつもと変わらない明るいテンションで、大きな声でそう言うのだった。
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