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いつもと違う彼女
しおりを挟む「いらっしゃいませ」
自動ドアが開き、コンビニの中にお馴染みのお客さんが入ってくる。
深夜という時間帯に合う、テンションの抑えられた抑揚のない挨拶。いや、ただ店員が眠たいだけかもしれない。
「こんばんは、いつもおつかれさまです」
深夜帯とは思えないほどの明るいテンションで、レジに立つ男性に声をかける女性。
少し大きめの、ダボッとした白色の服。白い生脚が覗く短パン。
「あはは、ありがとうございます」
これで4日連続。もう顔馴染みになってしまっている名前も知らない女性に、乾いた笑みを浮かべる。
「田原さんっていつもいますね」
「お客さんこそ、毎日来ますね」
名札を一瞥して男性の名前を呼ぶ女性に、男性-田原さんは口角を釣り上げる。
「まぁね」
整った顔に笑顔を浮かべ、女性は頬をかく。そして、いつもと同じように菓子類が並べてある棚の前に立つ。
ミルクチョコレート、たけやりの里、ポテチを手に取る。いつも通りの3点だ。
もう来るぞ。
田原は佇まいを正し、女性が来るのを待つ。だが、女性はレジに向かうのではなくその奥、店の最奥に並ぶ冷蔵庫の前に立った。そこには大量の飲料水がある。女性はその中で1番左端にあるアルコール飲料の冷蔵庫の扉を開けた。
あれ? あの人、二十歳超えてるのかな。
そんな疑問を抱きながら、田原は女性がレジに来るのを待つ。
「はーい、これでお願いします」
いつもの3点プラス、缶にふるよいと品名が書かれたチューハイをレジの上に置く。
「お酒とか飲むんですか?」
「ぐいぐいいっちゃうよー」
ぐいぐいって。ふるよいって、アルコール度数3パーセントの極弱チューハイなんだけどな。
そんなことを考えながらふるよいを打つと、機械的な声で、年齢確認をするようにと言われる。
「いちおう年齢確認が出来るものの提示をお願いできますか?」
外見的には18歳と言われても違和感がない。
「えぇー、必要?」
「ルールですから」
大きな漆黒の瞳が田原を覗き込む。田原にとっては女子とは陰口が半端なくて、怖い人間という認識なので、そのような行為を行われ思わずたじろいでしまうが、規則、という大きな盾のおかげで平静を装うことが出来た。
「ルール、ルールって、ほんとにいちいちめんどくさいわねー」
眉間に皺を寄せ、短くため息をつく女性に田原は囁くような声で「すいません」と呟く。
「別にいいわよ」
そう言いながら、女性は財布の中から学生証を取り出した。そこにはどこかのモデルだと言われても信じることができるほど美しい女性の証明写真と共に山下海春という名前が飛び込んでくる。
「えっと、はい。大丈夫ですね」
生年月日の欄に1998年6月23日の表示がある。今は2018年の8月10日なので、もう20歳は超えている計算になる。
「あぁ、これで歳も名前もバレちゃったよ」
口調とは裏腹に、照れが見えない海春はいたずらっぽく舌先を覗かせる。その姿に少し見蕩れてしまった田原は顔が赤らんだのを自覚する。それを隠すように、田原は海春から目を逸らし商品の袋詰めを始める。
「あれあれ? もしかして、照れちゃってる?」
そのことに気づいた海春は楽しそうに、そんな声をかける。
「ち、違いますよ。いまは仕事をしてるんです」
「ちぇ、つまんないの」
「仕事って、そんなものですよ」
レジ袋に商品を詰め終わった田原は、顔の火照りが冷めたのを確認してから顔を上げ、
「489円となります」
と告げる。
「んー、細かいのあるかなー」
店内には予め収録してある、全店舗で実施中のコラボ商品を宣伝する台詞が永遠と流れている。同じ台詞しか流れないので、眠たくなる。それを回避させるように、海春は田原に話しかけ、時折先程のような独り言を呟く。
「ないや」
そう呟き、海春は財布の中から500円玉を取り出す。
「11円のお釣りとレシートです」
500円を受け取り、レジに入れると自動的に11円が内部から排出される。昔は計算まではしてくれていたが、お釣りまで出てくることは無かった。しかし、今ではそれが当たり前のようになっており、お釣りの渡し間違えなどはほとんどないに等しいと言えるだろう。
「はいはい、ありがとね」
お釣りを受け取った海春はそう言い、レジ袋を片手に提げてレジに背を向ける。
──あぁ、これから退屈になるな。
海春の背を見てそんなことを思った田原。その瞬間だった。
「田原くんって今、学生?」
「へっ?」
あまりに唐突に訊かれたためか、田原は声を裏返し、情けない声で情けない音をはじき出す。
「だーかーらー! 田原くんは学生なのって」
くるりと回転し、少し顔を突き出す。頬をほんの少し膨らませた海春の顔は、美しいなんて言葉では言い尽くせない美しさがあった。
「そ、そうだけど」
どうにか絞り出した言の葉で田原は紡ぐ。それを聞いた海春はどこか嬉しげに、小さく微笑み、「一緒だね」とだけ告げてから、コンビニから去った。
「一緒、か……。大学名まで見ておくんだったな」
誰もいなくなった店内で、田原は小さく落胆の声を零すのだった。
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