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プールに行くぼくときみ。
しおりを挟む三日後。田原は夘時駅の前へと来ていた。行く義理など、どこにも見受けられない。それにも関わらず、しっかりと朝起きて、約束の時間である10時には駅前の閑散とした公園に着いていた。
駅前とは思えないほど、すたびれた公園のベンチにそっと腰をかける。
「来てるかな~」
時間は約束の時間の3分前。7分前に着いていた田原がベンチに座りスマホを触っていると、楽しげな声が耳朶を打った。
「来てなかったらほんとに怒ってやるんだから」
独り言をこぼしながら田原に近づく海春。おそらく彼女は田原の存在に気づいている。気づいて、この状況を楽しんでいるのだ。
「おはよう」
「あ、あぁ」
「来てくれたんだね」
田原の前までやってきた海春は、前屈みになりながら挨拶をする。
その拍子に、海春の胸元がチラッと田原の視界に入った。
たった一瞬ではあったが、ハッキリと脳裏に焼き付いている。
「あ、いまどこ見た?」
田原の視線がどこにいったのか気づいたらしい海春は、楽しげにそう言う。だが、追求されればなんと言われるか分からないので、田原は何にも答えず立ち上がる。
──息子が元気にならなくてよかった……。
そんなことを脳裏に浮かべながら、夏休みだと言うのに人っ子一人見当たらない公園を出る。
「で、どこに行くんだ?」
「ほんとにわかんないの?」
「いや、分かってるけど、分かりたくないというか……」
三日前。コンビニで言われたことが起こっているのなら、確実に今日はプールに行くはずだ。それが分かっているからこそ、田原は大きめのバッグに水泳バックを詰め込んでいるのだ。
「言ってみてよ、頭に浮かんでる場所」
「あ、いや……」
「じゃあ私がカバンの中見てあげよっか?」
──ば、バレてる……。
田原はカバンを自分の体の後ろにやりながら、ため息をつく。
「プール」
そして蚊の鳴くような声でこぼす。
「あはは、だいせーかい!」
田原の言葉を聞いた海春は、心底嬉しそうに笑った。何が面白いのか微塵も分からない田原が、怪訝な顔をしていると、海春は再度口を開いた。
「すっごく楽しみでしょ?」
「いや、別に……」
「楽しみでしょ?」
顔をぐっ、と近寄せた海春。近くになって分かる。彼女がどれほど綺麗のかが。
プールに入ると分かっているからだろう。化粧はほとんどしていないようだ。それにも関わらず、きめ細かい肌は透き通るほどだ。大きな漆黒の瞳は全てを呑み込むかのごとく。
「はいはい」
このまま海春に見つめられていると、何か口走ってしまいそうな、そんな気がした田原は視線を逸らし、吐き捨てるようにそう答えた。
そこから電車に乗り、二つ先の駅である幸神駅で下りる。
近くには大学もあり、プールが近くにあるという印象のない駅である。
「ここからどうするの?」
「バスに乗る」
「え、結構遠くない?」
「すぐだから」
げんなりする田原に、海春はワクワクを抑えきれない表情を浮かべた。一瞬、海春の手が田原の手に触れそうになる。
海春は恥ずかしそうにしてから、慌てて手を背中に回す。
「いこっ」
そう言い、田原たちは青と白を基調としたバスに乗り込み、3つの停車後の桜雷プール前で降りた。
「うわぁ、すごい人」
「まじで。普通に帰りたいレベル」
「何言ってんの!? 今からが楽しい時間だよ!」
海春は田原の背中をポンポン、と叩き押すようにしてプールの受付まで行く。
「大人2名様ですか?」
「はい、そうです!」
「分かりました。お2人様で2000円です」
田原が財布を取り出し1000円を出そうとすると、先に美春が2000円の支払いを済ませる。
「お、おい」
「この前、カフェで出してくれたでしょ?」
「あ、いや。でも、額もでかいし」
戸惑うように言う田原を横目で見ながら、海春は受付で入場チケットを受け取る。そして、その1枚を田原に渡す。
「なら、今度また奢ってよ」
屈託のない笑顔をで、真っ直ぐに田原を見る。
「そう来たか……」
その言葉を聞いた田原は、苦笑いを見せながらそう呟いた。それに対し、海春は嬉しそうな顔で頷き、2人は更衣室へと入って行くのだった。
* * * *
桜雷プールはこの辺りではかなり大きなプールだ。県下では三本の指に入るであろう、長いウォータースライダーは名物の一つである。
また、1時間に1度、中央プールという桜雷プールの中心に位置する大きなプールでは人工的に波が造られる。そこに浮き輪やらに乗って楽しむ人も多い。
その他には常に一定の速さで、同じ方向に水が流れている流水プールもあり、話しながら歩くのにはもってこいの場所だ。
だが、その中でも1番多くの若者が見受けられるのは、アスレチック要素がふんだんに組み込まれたプールである。アクティブプールと呼ばれているらしい。
「まだかよ……」
そんな様子をぼーっと眺めている田原。立っているのは更衣室から出てすぐにある、プールに入る前に浴びなければいけないシャワーの前。そこで海春と待ち合わせをしているのだ。
膝丈くらいまではある赤色の海パンを穿き、水色のラッシュガードを羽織り、腕を組んでいる。
「ごめん、待った?」
「あぁ……」
待った、と言おうと海春を見た瞬間、田原は言葉を失った。
下ろしていた髪は一つにまとめており、白い肌によく似合う純白のビキニを着ている。
大きすぎることも無く、小さすぎることも無い、ベストサイズの胸には程よい谷間が出来ており、視線を奪われそうになる田原。
「へ、変かな?」
あまりに何も言わなくなる田原に、不安そうに訊く海春。
「い、いや……」
視線を逸らす田原。恥ずかしそうにする海春。2人の間に妙な空気が流れる。
「よ、よく似合ってると思うぞ」
それを裁ち切るかのように、田原は囁くような声音で、小さく弱々しくこぼした。
言った方も、言われた方も顔を真っ赤に染め上げる。
「あ、暑いね」
それを誤魔化すように、海春は顔の前で手を翻し、扇ぐ。
「そ、そうだね」
短く答え、2人はシャワーを浴びた。そしてプールへと入った。
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