この世界で愛した君と

リョウ

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第1話 はじまりの日

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 梅雨も明け、猛暑日が続くはずだった夏は、ゲリラ豪雨の連続だった。
 僕はいつも通りに、ルーティンをこなすように、一松通りを走るバスに乗った。
 叩きつけるように降る雨を傘で凌ぎながら、湿気を吹き飛ばす冷気漂う車内の最奥の席に腰をかけた。

「まぢこの雨うざくね?」
「わかりみ。ウチら海も行けないっしょ」

 わかりやすいギャルが大きな声で話しているのが聞こえる。
 まぁこの雨なら海どころかプールにも行けないだろうな。
 歳的には僕とそう変わらない、高校生だと思う。あんな人種は嫌だけど、だけどもしもっとちゃんと晴れてたら、海やプールには行けるんだろうな。
 目を背けるように。僕は彼女らと違う人種だとアピールするかのように、カバンの中から取り出したワイヤレスイヤホンを耳に差し込んだ。

 同時に接続したとのアナウンスが流れ、僕は右イヤホンの側面に触れる。
 小さな機械音の後に、アカデミー賞受賞間近までいった流行りのK-POPが流れ出す。
 彼らはきっと僕とは違う人種なんだ。同じ世界に生きてることでさえ疑問に思える。

 そうこうしているうちにバスはゆっくりと速度を落とし、バス停に止まる。
 イヤホンから流れる曲に意識を傾けたまま、僕は立ち上がり定期券を取り出し、出入口にかざして激しい雨が降りしきる街に降り立った。






 * * * * 

 最初から分かってたんだ。もうきっと間に合わなかったんだ──
 遠い昔のように感じる。高校入学して間もない頃、僕は生きる活力もなく惰性で毎日を生きていた。
 でもそんな毎日に彼女が色を添えてくれた。

神谷航太かみたに-こうたくんだよね?」
「え、あ、うん」

 こんな僕に話しかけて来る人がいるなんて。あ、事務連絡的なやつか。

「先生からの伝言とか?」
「え、今の短い間でどんな思考回路に至ったの?」

 明るい笑顔でそう語る彼女は、僕なんかとは全然違う世界で生きてるんだろうな。
 少し栗色の髪はくせっ毛なのか、毛先が綺麗にカールしている。

「僕に話しかける用事はそれくらいだろうなって」

 本心からの言葉だった。それでも彼女は大きな口を開けて、大きな声で笑った。

「ほんと、神谷くんって面白い。ちなみに私の名前、分かってる?」
「ごめん、わかってない」
「だよね、そうだと思った。一応同じクラスなんだけどね。私、坂口瑞稀さかぐち-みずきね、よろしく」
「あ、うん」

 両目ががっつり隠れるほどに伸びた前髪の隙間から坂口さんを見て小さく返事をする。

「それで、用事はなに?」
「どんどん話を進めるタイプだね~」

 楽しげな彼女は少し頬を朱に染めて、1つ咳払いをした。

「神谷くん、私の彼氏になってくれない?」
「……え?」

 美人局っていうのか?
 いやいや、高校生同士で美人局は無いだろう。きっと無いはずだ。
 でも彼女は控えめに言っても可愛い部類だ。後ろにヤのつく人がいて、彼氏になったら臓器を売られるとかあるのか?

「また変なこと考えてるでしょ?」

 僕の表情から何かを読み取ったのか、坂口さんは照れの中に笑顔を交えながら言う。

「僕のこと……好きってこと?」
「うんん、それはない。だって、陰キャっぽいし、タイプじゃないもん」

 ほらね、いま言葉のナイフを突きつけられたよ。これ僕じゃなかったら重傷だね。

「じゃあそんなこと言わない方がいいよ」

 なんで僕がこんなことを言わなきゃダメなのか。

「いや、それがね、私、彼氏作らないと死んじゃう病気で」
「ふざけるのも大概にしてくれ」

 僕は少し声を荒らげた。いや、荒らげてしまった。それに対し、彼女は少し焦った様子でごめん、と謝罪を口にする。

「じ、冗談だから。でも理由はあるの。今は言えないけど、君じゃなきゃダメな理由はないけど」
「それなら僕じゃなくてもいいじゃないか」
「まぁね。でも、クラス全員と話して君が一番面白かったから。君が一番下心なく私と話してくれたから」

 少し真面目なトーンでそう語った彼女。でもそれは彼女の都合であって、僕の都合じゃない。だから僕がそれに応える義理はない。ましてや初めて話した相手の都合に合わせる意味がわからない。

「僕はそんなことに向いてないよ。悪いけど他を当たってくれるかな」

 そう残し、僕は席から立ち上がる。いつの間にか教室からは人がいなくなっている。彼女の話に付き合っていたせいで、帰るのが遅くなった。今日はいつものバスに乗れないな。

「そんなこと言わずに。お試しでいいから、ね? まずは一緒に帰ろ?」
「家は一緒ではないし、一緒に帰るのは不可能だと思うけど?」
「いや、本当に最後まで一緒に帰るわけないじゃん」

 僕の言葉に彼女は真剣にそう返した。高校生になってそれが分からないわけが無いだろう。一緒に帰りたくないって遠回しに言ったつもりなんだけど、わかってるのだろうか?

「ちょっと待ってよ」

 カバンを持って教室をでる僕に彼女は少し弾んだ声でそう言ったのだった。




 あれからもう二年が経つ。高三になり、クラスは離れたが結局あのままズルズル関係は続き今は全校生徒が知るカップルとなっている。
 ただ実際は付き合っていない。理由も聞かされてないまま、付き合っているフリをしているだけだ。
 だから僕の心に芽生えたこの感情は声に出すべきじゃない。
 残りわずかしか残っていない状況で、きっと瑞稀は悲しむことになるから。
 僕の心に留めておく。

「こんなつもりはなかったんだけどな」

 夜に指す日差しの如く、明るい満月に向かってぽつりとそうこぼした。
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