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第2話 土曜日の約束
しおりを挟む人の最後は皆同じだ。
灰に帰す。世界からすれば塵と代わりにないものとなり、風に吹かれ、晒される。
無機質な、ただ冷たい薄暗い保管室から灼熱にあてられ、輪廻へと帰る。
それは決して憂うべきことじゃなくて、世界の理に則っているだけ。
運命であっても輪廻を覆すことは出来ない。
希望のない世界が続くというのであれば、輪廻すらも壊してやりたい。
そしてもし、望みが叶うのであれば、きっとあの日に戻って──
* * * *
「帰ろっか」
一日の学校生活の終わりの日常風景。僕を迎えにくる瑞稀。当時なら悪態の一つでもついたであろうが、今ではすんなりとそれを受け入れている。
時が経てば人は変わるらしい。
「ことし、受験だけどどこ受けるとか決めた?」
「受けるかどうかすら決めてない」
「えぇ、どうして? 航太くん賢いのに!」
「僕が賢いなら他の人は天才だな」
「え、航太くんより順位低い私の立場は?」
「無いだろう。僕でギリギリ二桁なんだから、三桁の人は勉強をしてないか、やり方に問題があるな」
「ひどっ! これでも塾行ってるんですけど!」
「やめた方がマシだな」
なんでもない会話のはずなのに。僕の胸は弾んで、楽しさと心地良さを感じている。
瑞稀が楽しんでくれているかは分からない。でもそうだと嬉しいな、とか僕らしくないことを思ってしまうのはきっと──
「ねぇ、今度の土曜日なんだけど」
「今度の土曜日?」
「うん。もし良ければデートしない?」
突然の誘いに僕は目の前が真っ白になったような気がした。
彼女と偽りの関係が始まってからもう二年近くになるが、休みの日に瑞稀と会うことはなかった。
だから余計に緊張がのしかかる。
「で、デートって。今までしたことないじゃん」
「そだね。でも、私たち高三だし、私たちの関係も今年で最後でしょ? だから行ってみたいなって」
関係がもうすぐ終わる。改めて彼女の口からそれが告げられると胸の奥がキュッと締め付けられたように感じた。
「三桁なんだから勉強した方がいいと思うけど?」
「もぅ、うるさいなぁ! そこはいいよって言うもんでしょ?」
「僕がそこでいいよって言ってもどうせいじるでしょ?」
「あれ? バレてる?」
「どれだけの付き合いだと思ってるんだよ」
一時期は謎に同棲疑惑まで出たほどだ。ちょっとやそっとのことだと瑞稀の考えてることはわかる自信はある。
「まぁそうだね」
瑞稀は遠い昔を思い返すように、茜に染まる空を見上げた。高一のあの日からのことを思い返したのだろうか。
はたまた全く違うことを考えていたのか。僕にはわからないけど。彼女は少し真剣な面持ちで告げる。
「ねぇ、やっぱり私、航太くんとデートしたいな」
すればいいだろう。この会話を聞いていた第三者がいるならばそう思うだろう。しかし、僕らは付き合っていないから。偽りの、ニセの彼氏と彼女だから。
それでも瑞稀はデートがしたいと言った。その事実があまりに嬉してく、僕はいつもの僕らしくなく、しおらしい態度を見せてしまった。
「いいよ」
「嬉しい。じゃあメイプル広場に11時とかどう?」
「わざわざ柊木まで行くのか?」
僕らの住まう街から一つ離れた街、柊木市。柊木市のベッドタウンとよばれるこの街にデートスポットがないのは事実だが、だからといって偽りのカップルで隣町まで行くのはどうかと思う。
行くとしたら電車だよな。てか、メイプル広場ってマジの待ち合わせスポットじゃん。
「いいじゃん! デートなんだし、楽しも?」
大きな丸い目。髪とおなじ少し栗色の瞳に覗かれれば、断ることなど出来ない。
「仕方ないな」
少し面倒くさそうな演出で。僕はこめかみを掻きながらこたえた。
「らしくないね。もっと嫌がるかと思った」
一緒に帰るために教室から移動し、下駄箱で靴を履き替えている時に、彼女はそう言った。
同感だ。でも瑞稀の口から僕とデートがしたいと言われて、舞い上がってしまったんだ。
「うるさいな。そういう日だってあるだろ」
「へぇー、毎日がそうだと、私的には嬉しいかな」
「毎日これだとキモイだろ。たまにだから胸キュンするんだろ?」
「航太くんの口からそんな単語が出てくるとは、明日は大雨かな」
靴に履き替え、僕たちは帰路に着く。二年もの間、偽りの関係を続けているが、瑞稀の家がどこにあるかも分からない。
でもバス通の僕に合わせて、バス停まで着いてきてくれるあたり、きっと徒歩で帰れる範囲なんだと、勝手に思っている。
今日はまだ火曜日だと言うのに、運命の土曜日に思いを馳せて──
「せっかくだ。土曜日、晴れるといいな」
何とも思っていない装いで。無感情を繕ってそう言った。
瑞稀はそんな僕を横目でチラッと見てから、小さく笑う。
「だね。てるてる坊主作っちゃおうかな」
「それは違うだろ」
「違うことないもーん!」
彼女のケタケタと笑う声が響く。耳触りがよく、安らぐ気持ちになってしまうのは僕が瑞稀のことを。
「じゃあそろそろ」
ちょうどひとつ向こうの信号に、僕が乗るべきバスの姿が見えた。
「うん。それじゃあ、また明日ね」
それを確認するや、瑞稀もそう言って踵を返す。
どこまで戻っているのかは分からないが、住宅街の方へ曲がっているのはギリギリ見えている。
「気をつけて」
「うん、ありがと」
夕焼けの空のように朱に染まった頬で、彼女は優しく手を振って歩き出したのだ。
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