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第3話 デートの一日
しおりを挟むいくつもの季節を巡って。繰り返した季節の中に思い出は少なく、その僅かな思い出の香りは徐々に薄れていく。
楽しかった、辛かった、悲しかった、嬉しかった感情はあの日に置き去りのまま。
そうしてまた季節は巡っていくんだ──
* * * *
金曜日の夜。いつもより入念に体を洗い、髪を洗う。お風呂上がりにはいつもは使わないドライヤーを使い髪を乾かし、化粧水で肌の保湿をする。
「こんなとこ見られたら絶対いじられるだろうな」
横目で僕を見ながら、でもどこか楽しそうな表情でいじってくるのが容易に想像出来る。
入念な準備を整え翌朝。天気はこれでもかってくらいの気持ちのいい晴れだった。
絶好のデート日和というのは、こういうのを言うのだろう。
僕はそんなことを思いながら、待ち合わせ場所であるメイプル広場に向かう為に、電車に乗った。
土曜日だということもあり、乗客は浮かれた学生グループが多く見られる。
あまり気合いが入っている、と思われるのも癪だ。
僕は至ってシンプルに、紺色のオーバーサイズのTシャツに、黒のパンツを合わせ、白色のサンダルを履いてメイプル広場の中央、メイプルの木と呼ばれる三股に分かれた幹が芸術作品の如く交錯した特徴的な植物の前に立つ彼女に向かう。
「約束の時間より前なんだけど」
先程出たばかりの駅を振り返り、構内にある時計で時間を確認する。
約束の時間は11時。ちょうどに着く電車がなかったため、少し早め、10時48分に到着する電車に乗ってやってきたにも関わらず、瑞稀の姿はそこにあった。
一体いつから待っていたのか。僕よりとまだ1本前の電車となると、既に20分は待っていることになる。
「お、お待たせ?」
待たせてはいないが。でも、既に待っている瑞稀に対してかける言葉が見当たらず、そう声をかけた。
白色のシンプルなTシャツにハイウエストの黒のプリーツスカートを上品に着こなす彼女は、いつもの制服姿の彼女と違って、おとなっぽくて、思わず見とれてしまう。
「待ってないよ。私もちょっと前に着いたところだよ」
僕なんかが一緒に歩いていいのかな。
そう思ってしまうほどに、彼女は可憐で美しかった。
──可愛い。
そう思わず口からこぼれそうだ。
でもそんなことを言えばきっとこの関係は崩れてしまうから。
僕はその言葉を飲み込んで。
「よかった。じゃあ行こっか」
あの日、デートの約束をしてから2人で話し合って決めた行き先へ。
まずは映画だった。
人気少女漫画の実写化で、なんの取り柄もない、冴えない女の子が学校一のイケメンに気に入られ、周りと一悶着ありながらも付き合うという王道と言えるシンデレラストーリーだ。
「原作は知ってるのか?」
劇場内が闇に支配される少し前。まだ仄かに灯りが点っている中で訊く。
「知ってるも何もすごいファンだよ! 主人公の徹くんがかっこよくて!」
「そうか」
胸の奥がチクリと痛むのが分かった。相手は二次元で、実在しないことも分かっている。でも、そんな相手でも瑞稀の口からかっこいい、という単語が出てくると嫉妬に似た感情が湧いている。
情けないな。
「あんまり興味なかった?」
「いや、あまり見ないジャンルだからな。楽しみにしてるんだよ」
僕の態度が興味薄そうに見えたのだろうか。瑞稀が心配の色を滲ませた瞳で見てくる。
ただいつもより近い距離にいる瑞稀に緊張してるだけなのに……。
「ほんとに!? それならよかった~」
心底安堵した様子の瑞稀は、暗転する劇場内によって見えなくなった。
映画を見終えた僕らは、昼食を兼ねて近くのカフェに入った。
はちみつを塗ったトーストに少量のナポリタンがのったプレートを注文して食べる。
「これ服に飛ばないかな?」
ナポリタンをフォークにまきながら、瑞稀は心配そうにしていた。
でもその心配は杞憂に終わり、服を汚すことなく昼食を終えた。
それから2人で近くのデパートに入った。
基本的に、学生が買うには高価なものばかりでウィンドウショッピングになる。
その中で、比較的安価でオシャレなものを取り揃えている雑貨屋さんに入った。
「ねぇねぇ、これ可愛くない?」
瑞稀が手にしているのは、クローバーの装飾が付いているネックレスだった。
その値札には800円と書かれている。
「買おうか?」
ニセモノだとしても。今日は瑞稀の彼氏だから。少し恥ずかしさはあるものの、格好をつけながらそう言ってみる。
その言葉に瑞稀は驚きを隠せないようだ。
ただでさえ大きな瞳を更に大きく見開き、その栗色の瞳に吸い込まれそうになる。
「い、いいの?」
「いいけど」
僕の返事を聞いてから数秒、瑞稀は手にしているクローバーのネックレスを見つめてから、小さくかぶりを振る。
「やっぱりこれはいい。それよりもあっちが欲しい」
まさかこれよりも高いものを強請るってことか?
それは僕の懐事情的に止めて頂きたいんだけど。
でも、瑞稀が欲しいって言うものを、ここまで来て断るのもな。
「何がいいんだ?」
あまりに高いものだと断ろう。かっこ悪いかもだけど、無理しても逆にダサくなる。
「それは今から決めるから、ちょっとまって!」
口先を少し尖らせ、その先に人差し指をあてる姿は愛おしさすら感じさせる。
真剣な眼差しで。瑞稀は店内を物色していく。僕はその後ろをダラダラとついてく。瑞稀が何を欲しがっているのか、見当もつかないままについていく。
「何探してるんだ?」
「えぇー、秘密だよ」
「秘密って、最終買うの僕だからわかるんだけど」
「最後の最後まで秘密ってことだよ」
蠱惑的に見せられた彼女の笑顔に見とれ、言葉に詰まるのを誤魔化すように。僕は彼女から目を逸らして、曖昧な返事をした。
「まぁなんでもいいけど」
それが照れ隠しだということに瑞稀は気づいているのだろう。
ふふ、と小さく笑い流して陳列された商品を眺めている。
「あ、これがほしい!」
しばらく商品を見比べていた瑞稀が声を上げ、指輪が2つ付いた商品を手にした。
「2個もいるのか?」
デザインが違うように見えない。同じデザインの指輪を2つはめるのが流行ってるのか?
タグに視線をやることなく、そんなことを呟くと。瑞稀はいたずらっぽい笑みを浮かべ、そして僕が見ることのなかったタグを指先で示す。
“ペアリング“
タグにはそう表示があった。
思わず言葉を失う。
嫌ではなく、その逆。あまりの嬉しさに頭が真っ白になってしまったのだ。
「偽物の私とじゃ嫌かもだけど。やっぱり最後だし。恋人っぽいことしたいなぁって」
嫌かも? そんなわけあるか。
嬉しくて、今すぐにでも飛びつきたいけど。でもそんなことをすれば、僕の気持ちが瑞稀に気づかれてしまうかもしれないから。
素っ気ない態度を繕って言った。
「これだけだからな?」
「うん、これだけでいい」
えへへ、と柔和な笑顔を浮かべながら、瑞稀の手の中にあるペアリングを僕に渡した。
それを片手で受け取り、仕方ないな、と言わんばかりの態度でレジに行く。
値段は先程のネックレスより100円高い900円。単純計算で1つ450円の、どこの誰が見ても安物だと分かるリングだけど。それでも嬉しくて。購入して直ぐにあけて、僕らはそれぞれの右手の薬指にはめて、それから帰路についたのだった。
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