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第4話 言えない言いたい感情
しおりを挟む春が来て、遥か遠くに行ってしまったキミに追いつきたくて。
あの場所まで行った。取り繕って、不安を滲ませないようにして、何もかもを脱ぎ捨て裸足になれたらどんなに楽だろうか。
でも、人生という道を歩いていく中で裸足になれる日なんてない。
あらゆる重荷が降り掛かって、障害が立ち塞がる。
この呪縛から逃れらたらどんなに楽だろうか。
呪縛から逃れようと塞ぎ込めば、闇に支配され、日差しが襲ってくる。
逃れられない呪縛から逃げたいだけ。逃げたいだけなのに、世界がそれを許してくれないから──
* * * *
デートの日から数日が経ち、僕らの関係が進むことは無かった。
ニセモノの恋人のまま。校則で装飾品を身につけるのが禁止されているため、学校では買ったペアリングをはめることはない。
でも瑞稀はカバンに忍び込ませ、帰る時にはつけている。
初日こそ僕は家に置いてきたが、その姿をみて、明日は持ってくる、と約束をし、その日以来ずっと帰りははめている。
「ねぇ。もし私に好きな人が出来たらどうする?」
僕が当直の日の放課後。僕と瑞稀の2人しかいない教室で、彼女の声が背中越しに震えて聞こえた。
「え?」
古文が書かれた黒板を消していた僕は、その手を止めて言葉を放つ。
「もし、の話だよ? 私に好きな人が出来たら、航太くんはどうするのかなって」
心臓の音がうるさい。もしってなんだよ。嫌に決まってるだろう。だって僕は瑞稀のことが──
でもそれは言っちゃいけない感情で。偽の彼氏という立場から考えても、止める権利がない。
それを理解しているからこそ、素直に言葉を紡げない自分が腹立たしい。
「どうもこうもしないよ。僕はニセモノだから」
「じゃあニセモノじゃなかったら?」
止めていた再度動かしながら興味がないふりで吐いた。でも瑞稀はそこで折れず、間髪入れずに問う。
「そ、それは……」
動かし始めた手がまた止まる。
だって答えは分かっているから。はじめから答えは1つ。
──嫌に決まっている。
「言いにくい感じだったら、私から言うね?」
「どういうことだ?」
彼女の言葉の意味が分からず、振り返って訊ねる。
「私は航太くんに好きな人が出来ると嫌だなぁ」
「えっ?」
平然を装うなんてことは出来ず。僕は素の感情が溢れ出た。瑞稀はそれを見たかったと言わんばかりに、嬉しそうな表情を浮かべて、1歩、2歩と僕に歩み寄っくる。
「え、じゃないよ。だって私、航太くんの彼女だよ?」
「そ、それは……。でも」
ニセモノの、だろ。と言おうとした瞬間、瑞稀は僕の唇に彼女の手をピタっとつけた。
思った以上に柔らかい瑞稀の指先に、僕の緊張感は限界値を突破する。
「え、あっ、えっと、」
「好きだよ。嘘じゃなくて、本当に」
そう言うや、彼女の指は僕の唇から離れる。
もう何がどうなっているのか分からない。彼女の甘い言葉だけが耳を通る。意味なんて考えられない。ただその言葉の音だけを感じている。
放課後の教室に射し込む夕日が教室全体を茜色に染め上げる。
体温が上昇している。あぁ、瑞稀の頬が赤くなってる。
緊張しているのだろうか。
机は綺麗に並んでるな。いや、前から3番目の机が少し右にズレてる。直さないと。誰だよ後ろのロッカーに置き勉しているやつは。
冷静さを取り戻そうと。僕は目に見えるもの、感じられるものを脳内で言語化していく。そうしていると徐々に、先程の瑞稀の音だけだった言葉が意味を持ち始める。
「──嘘じゃなくてって」
「そのままの意味。嘘だったのが本当になっちゃった」
上目遣いで。恥ずかしさからか目には少しの潤みが見て取れる。
その姿はあまりに愛おしく、僕は感情の赴くままに彼女を抱きしめた。
押し殺していた感情が爆発した。
言ってはダメだと思ってた感情。言えばきっと彼女を苦しめて悲しませることになるって思ってたから黙ってた感情。
「うわぁ、急にどうしたの?」
瑞稀の少し慌てた声が、耳のすぐ側から聞こえる。それがとてつもなく幸せで、こんなに幸せでいいのかなとすら思ってしまう。
「急にじゃない。僕も、僕も瑞稀のことが──」
一瞬言葉が詰まる。あの日の出来事がフラッシュバックして、彼女を悲しませてしまわないか心配になった。
でも、それ以上に。
「瑞稀のことが好きだ」
「ほんとに? 嘘じゃなくて?」
「嘘でここまでするかよ」
彼女を抱きしめたまま吐き捨てた言葉に、瑞稀は抱きしめ返すことで答えたくれた。
僕はあの日を乗り越えて、きっと瑞稀を幸せにする。
そう誓った次の日。
瑞稀は学校に姿を現さなかった──
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