鳥籠の中の幸福

岩永みやび

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鳥籠の外

16 可愛くない後輩

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「隊長ー! 今日こそ飯に行きましょうよ!」

 今日も元気なルーディーは、朝からジェイクの執務室に突入してきた。先日断られたばかりだというのに、ルーディーはめげない。嬉々として誘いをかけている。書類整理をしていたフィリップが、苦笑しながら顔を上げた。

「懲りないな、おまえも」
「だって隊長とも仲良くしたいじゃないですか」

 ね? とルーディーに無邪気な笑みを向けられて、ジェイクは無言で顔を背けた。爽やかな朝が、音を立てて瓦解した瞬間である。

 黙り込むジェイクに代わり立ち上がったフィリップが、執務机で眉間に皺を寄せるジェイクに寄っていく。堅物な男の手から書類を引き抜けば、抗議するようなジェイクの鋭い目線が返ってきた。

「行ってやれよ、飯くらい」

 フィリップの言葉に、彼の背後でルーディーが大きく頷いている。その僅かに期待を含んだ眼差しに、ジェイクはうんざりとした気分になる。ルーディーのことは嫌いである。嫌いな者とわざわざ飯に行くほど、ジェイクは暇ではなかった。

 だが、ルーディーとジェイクの仲を取り持とうと奮闘しているフィリップの存在が厄介であった。ジェイクはルーディーのことは嫌いだが、フィリップのことは好きである。好きなんてありふれた言葉では表現できないくらいには、フィリップに興味があった。フィリップを困らせるのは、本意ではない。

 眉根を寄せて、少々困ったように微笑んでいるフィリップ。細い銀髪が今日も綺麗に輝いている。

 すっと細められた赤い瞳に囚われて、ジェイクは渋々ルーディーとの食事を了承してしまった。

 そうして迎えた約束の時間。

 一度了承した手前、断ることもできない。退勤時間に執務室へとやって来たルーディーは、「さぁ! 行きましょう」と張り切っている。仕事終わりで疲れ切ったジェイクに、そんなルーディーのテンションは苦痛であった。若いからなのか。たっぷり働いた後だというのに、ルーディーは疲れた様子がない。既にうんざりした気分のジェイクは、視界の端で動いた銀糸に目を奪われた。

「君も行くか?」

 帰り支度をするフィリップを振り返れば、「あぁ、行くよ」との意外な答えが返ってきた。てっきり今日もクラリスを理由に帰宅するのだとばかり思っていた。目を見張るジェイクに、フィリップが「なんだよ」と不満そうに唇を尖らせる。

「僕だってたまには外食くらいするさ。それにおまえたちだけで行かせて喧嘩にでもなったら嫌だからね」

 冗談めかした言葉だが、ジェイクはすんなり納得してしまった。ルーディーとふたりきりで飯を食いに行って、何事もなく帰ってこられる自信がなかった。酒の勢いで一発くらいは殴ってしまいそうな自分がいる。

 フィリップの申し出をありがたく受け取って、飯屋の並ぶ通りへと足を運んだ。食べ盛りのルーディーが、嬉々として店を選んでいる。

 特に可もなく不可もなく。
 ごくごく普通の飯屋でテーブルを囲んだジェイクは、先程からバクバク食べるルーディーを見つめていた。

 ルーディーは十八歳。普通に考えて食べ盛りの育ち盛りである。大口を開けて平らげていく様子は、ジェイクにちょっとした衝撃を与えた。

「普段からそれくらい食べるのか?」
「は? なんですか急に。隊長だって若い頃はこのくらい食べてたでしょ」

 言われてみれば、そうだ。しかし自分は体力が資本の騎士であるから云々。考えていたジェイクの脳裏には、細身のフィリの姿が浮かんでいた。

 フィリは、ルーディーと同い年なのだが酷く頼りない身体をしている。思えば食事はスープばかり。おまけに間食などもしない。そもそもジェイクのいない間に、フィリがきちんと朝食や昼食をとっているのか。ジェイクにはわからなかった。

 フィリに与える食料を増やすべきか。だが、急に食料を増やせば、聡いフィリは絶対に不思議に思うだろう。一体どうして突然食料が増えたのかと、ジェイクを問い詰めるかもしれない。そのとき自分はなんと嘘を吐けばいいのか。思案するジェイクに、酒を嗜んでいたフィリップが「どうした?」と首を傾げた。

 食べ物よりも酒を好むフィリップは、少量のつまみを口にしながらグラスを傾けている。酒より食べ物に興味のあるルーディーは、遠慮なく皿を空にしていく。どちらもおろそかになっていたジェイクは、慌ててグラスに口をつけた。

「それでぇ? 隊長は連日のようにどこへ出掛けているんですか。やっぱり女!?」

 肉を平らげたルーディーが、にやにやと笑いながらそんなことを問うてくる。それを苦笑しながら見守るフィリップは、手持ち無沙汰な様子でグラスを回している。

「何の話だ。私は実家に顔を出しているだけだ。親も歳だからな」

 既に四十のジェイクである。彼の両親ともなればそれなりの年齢だ。長男が伯爵家を継いだので家は安泰だが、引退した両親は色々とガタが来ている。まめに顔を出しているのは、事実であった。隊長になったジェイクに、両親は満足そうに微笑んでくれる。三男がそれなりに名をあげていることを、喜んでいるらしかった。

「またまたぁ! 別に隊長が女と会ってても誰も文句なんて言いませんて。結婚するなら俺にも紹介してくださいね」
「だから。そういうのはない」

 ぴしゃりと否定するが、ルーディーはにやにやするばかり。酒も飲んでいないのに、頬がほんのり赤くなっている。場の空気に呑まれて酔うタイプらしい。タチが悪い。

 その後もジェイクの女関係を探ろうとするルーディーに、ジェイクの眉間の皺が深くなる。それを横目に酒を嗜むフィリップは、この状況を一体どのように捉えているのか。常日頃から、ジェイクが独り身であることを気にしているフィリップである。ルーディーによる詮索をいい機会だと捉えていそうな素振りがあった。

「僕にも紹介してほしいな」

 グラスを持つフィリップの白くて長い指が、やけに目を惹いた。悪戯めいた、けれどもどこか本気なフィリップに、ジェイクは妙な色気を感じた。

 コトリと、フィリップがグラスを置いた。グラスの纏った雫が、テーブル上を濡らす。それをしなやかな指で拭うフィリップに、ジェイクはこっそり唾を飲んだ。

「……だから、そういう人はいない」

 それだけ返すと、ジェイクはグラスを呷った。

 食事も終わり、店を出る。月明かりの下、フィリップの足元が少々ふらついている。

「おい、大丈夫か」
「大丈夫大丈夫」

 ひらひらと手を振るフィリップは、あまり大丈夫には見えない。上機嫌な彼に肩を貸して、ジェイクはルーディーを肩越しに見た。

「私はフィリップを送って行くから。君は帰れ」
「俺もお供しますよ。どうせ隊長も宿舎に帰るんでしょ?」

 同行を申し出るルーディーに、ジェイクは眉を寄せた。フィリップの家は苦手だが、嫌いな後輩を連れて行くのはもっと嫌だった。

「久しぶりにクラリスとも話がしたい。君がいると正直邪魔だ」
「ひでぇ」

 邪険に扱われてもめげないルーディーは、けれどもジェイクの鋭い目線に負けて渋々引き下がった。「お先に失礼します!」と少々ふざけた仕草で敬礼の真似事をしてみせたルーディーは、足取り軽やかに去って行った。

 途端に静かになった夜道で、ジェイクの肩に寄り掛かっていたフィリップがすっと背筋を伸ばした。ジェイクの肩から離れてしっかりした足取りで立つフィリップは、酔っているようには見えない。

「さぁ、帰ろうか」

 一歩前に出たフィリップが、ふわりと微笑んだ。心地よい夜風が、ふたりの間を吹き抜けていった。
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