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鳥籠の外
33 買い物
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「え? 買い物に行きたいの?」
「うん。ルーディーと一緒に」
ネイトがすっかり昼を食べ終える頃になって戻ってきたフィリップは、唐突なお願いに眉を寄せた。その表情から、フィリップがネイトの買い物をあまりよく思っていないことが窺える。
しんと静まり返った室内に、ネイトはこっそりため息を吐く。
ダメならダメとはっきり言えばいいのに、フィリップは困ったように視線を動かすだけ。言葉を選んでいるようなその仕草に、ルーディーが慌てて口を開いた。
「俺も一緒なので。すぐそこのパン屋ですよ! ちゃんとすぐに帰ってきます」
任せてくださいよと胸を叩くルーディーに、フィリップが表情を緩めた。
「そう。それくらいなら」
「いいの?」
フィリップの言葉に被せてネイトが身を乗り出す。その前のめりな姿勢に、フィリップが「うん。いいよ」と返した。
「でも無理はしないでね」
「……うん」
眉を寄せて心配そうな面持ちになるフィリップを見て、ネイトは内心で「またか」と憂鬱な気分になった。
ネイトは何ひとつ無理なんてしていない。そもそも買い物に行ってみたいと言い出したのはネイトである。ルーディーに無理矢理誘われたわけでもないのだ。
買い物に行けるということで浮き足立っていたネイトの心に、ほんの僅かな影ができてしまった。これがクラリスなら「楽しんできてね」と笑顔で送り出してくれるはずだと、ネイトはこの短い付き合いでなんとなく察している。
フィリップは、常にネイトのことを気にかける。それ自体はありがたい行為のように思えるが、ネイトにとっては少々窮屈でもあった。
「買い物に行くなら、お金がいるね」
いそいそと財布を取り出したフィリップは、中身をいくらかルーディーに渡した。
「お金はルーディーに預けておくからね」
「うん」
どうして僕に渡してくれないのだろうかと、ネイトは眉をひそめる。ルーディーが受け取った金を己の財布に仕舞い込もうとしているのを横目で確認して、ネイトは手を伸ばす。
「うわ、ネイトくん?」
「僕が持つからいい」
ルーディーは黙っていてとの思いを込めて睨みつけると、ちょっと驚いた顔のルーディーが「ネイトくんが持つの? 落としたらダメだよ」と苦笑した。
一連の流れを見ていたフィリップが、「え」と小さくもらした。しかしすぐに引き出しを漁ると、小さな布製の袋を取り出した。中身を全部机にぶちまけて、空になった袋をネイトに差し出してきた。
「じゃあ、とりあえずこれに入れておこうね」
「うん」
金を丁寧に袋に入れてくれたフィリップ。それを受け取ったネイトは、満足気な面持ちで袋を握りしめた。
「よかったね、ネイトくん」
「うん」
ルーディーに笑顔で声をかけられて、頷いておく。
「気をつけてね。ルーディーから離れたらダメだよ」
「うん。わかった」
午後からも仕事で忙しいというフィリップは、同行できないことを残念に思っていた。散々ネイトとルーディーに念押しした彼は、名残惜しそうな目を向けてくる。
それに背中を向けて、ネイトは足取り軽く外に出た。
「よかったね、ネイトくん。お小遣いもらえて」
「うん」
陽気に話しかけてくるルーディーは、「副長も相変わらずだね」と呆れたような口調で続けた。
「相変わらずって?」
「ネイトくんのこと心配し過ぎ。気持ちはわかるけどさ」
「心配……」
そうなのだろうか。
静かに考えるネイトは、無言で足を進める。お目当てのパン屋は、ルーディーが案内してくれた。こじんまりとした店で、昼食の時間帯を過ぎたためか客の姿は見えない。
「あー、あんまり残ってないや」
もっと早く来ないとダメだったねと頭をかくルーディーに構わず、ネイトは物珍しそうに店内を見渡した。パンのいい匂いが漂い、幸せな空気に包まれた不思議な空間だった。
「ネイトくん。欲しいものある?」
「甘いパン」
迷わずに答えると、ルーディーが「甘いもの好きだねぇ」と目を細める。そのまま一緒に店内を眺めて「これとかどう?」と指さしてきた。
ルーディーの示したパンを見て、ネイトは「違う」と即答する。
「何が違うの? これ甘いやつだよ」
「そうなの?」
「うん。ジャムが入ってる」
「ジャム」
ネイトが探していたのは、よくクラリスが作ってくれる砂糖たっぷりの甘いパンだ。ルーディーの示したパンには、砂糖がまぶされていない。
けれどもルーディーが甘いと言うので、買ってみることにする。
あっさり終了した買い物に、ネイトはこんなものかと肩の力を抜いた。
「ちょっと散歩でもしようよ。向こうに広場があるから、そこでパンを食べよう」
名案を思いついたという顔で、ルーディーが騎士団本部とは反対方向に足を向けた。フィリップとはすぐに帰ってくると約束していたのに、いいのだろうか。そんなネイトの躊躇を、ルーディーは軽く笑い飛ばす。
「大丈夫だよ。街の中心は治安悪くないから」
「治安って?」
「え? あー、なんだろう。悪い人がいなくて平和ってことだよ」
「ふうん」
人との関わりをあまり持たずに生きてきたネイトである。悪い人と言われても、一体どんな人なのかあまり想像できなかった。
けれどもせっかく外に出られたのである。前々からあちこち見て回りたいと思っていたネイトは、ルーディーの後を追う。
先程昼を済ませたばかりだが、まだ腹には余裕があった。ルーディーの言うように、広場で食べるというのも悪くない気がした。
やがて芝生に覆われた広場に到着する。人の姿がまばらで、元気に駆け回っている子供の姿がちらほら。
「夜になると人が多くなるんだけどね」
適当な場所に腰を下ろしながら、ルーディーが言った。ベンチが据えられているのだが、ルーディーはそこではなく芝生に直接座ってしまう。ネイトも隣に座った。
「ここら辺は飲食店が多いから。みんな夕飯を食べるために集まってくるんだ」
「ふーん」
「昼もね、それなりに人いるけど。でも昼はのんびり食べてる暇はないからね」
「そうなんだ」
それぞれ仕事が忙しいので、昼間はみんな手早く済ませてしまうという。芝生に足を投げ出して買ったパンを取り出すルーディーを見て、ネイトは「ルーディーは仕事が忙しくないから」と納得したように呟いた。
「違うよ!? 俺も普段は忙しいから! だからさっきの店で毎日仕事行く前にパン買ってるの」
わかる? と必死に弁解するルーディーが面白くて、ネイトは小さく笑ってしまう。
「あ! ネイトくんが笑った! 珍しい」
「笑ってない」
あまりにもルーディーが嬉しそうに言うので、ネイトは咄嗟に表情を引き締める。笑っていないと主張するが、ルーディーはニマニマとネイトを見てくる。
「ネイトくん。美人だから笑ったほうが可愛いよー」
「ルーディー。うるさい」
そっぽを向くネイトは、パンを頬張った。砂糖がまぶしてあるわけでもないのに、ルーディーの言うように甘い。
これはこれで気に入ったと食べ進めていると、はやくも自分の分を食べ終わったらしいルーディーが芝生に寝転がる。
「あー、仕事サボって昼寝とか最高だね」
「やっぱり仕事サボってるんだ」
「ち、違うよ!? 今のは言葉のあやで。俺の仕事はネイトくんと一緒にいることだから!」
必死に弁解するルーディーを横目に、ネイトは黙々とパンを食べる。そうして今度は別のパンも食べてみたいと思った。
「ルーディー」
「うん?」
「またパン買いに行こうね」
「もちろん! 今度は副長も連れてこようよ」
副長もきっと喜ぶよと無邪気に笑うルーディー。それを見て、ネイトは眉を寄せた。フィリップは、ネイトと出かけても楽しいとは思わないだろう。そう考えるネイトだが、ルーディーの言葉を訂正することはない。
代わりに残りのパンを頬張ってから、ルーディーを真似て寝転がってみる。
抜けるような青空をぼんやり眺めていると、森での日々を思い出してしまった。
ずっと森の外に出てみたいと思っていた。外の世界が悲惨な戦争をやっていようが構わない。とにかくあの狭い家で一生を終えるのは、なんとなく嫌だと思っていた。
しかしこうして森の外に出てから、ネイトが考えるのはあの森での生活ばかり。当然のようにジェイクが隣にいたあの日々のこと。
外の世界に悲惨な戦争なんてなかった。輝くような世界のはずなのに、ネイトは物足りないと感じてしまう。
もしあの日、ネイトが森を訪れたルーディーと出会わなければ。
そうすれば、ネイトは今でもジェイクとふたりで穏やかで退屈で、それでいて満足のいく生活を送っていたはずだ。
森の外に出れば、己の世界が広がると漠然と思っていたネイトである。しかし実際には、ネイトは大切なものを失った。
ネイトを見てくれないジェイク。フィリップとばかり一緒にいるジェイク。もっとジェイクと一緒にいたいし会話もしたいのに、それができない現実。
「……なんか、思っていたのと違ったな」
外に出れば、もっと自由でもっと楽しくてもっと笑えるのだと思っていたのに。
ぽつりと呟いたネイトに、ルーディーが「えー?」と不満そうな声を出す。
「ジャムパン、美味しくない? どんなの想像してたのさ」
「……」
パンの話じゃないんだけど。
喉元まで上がってきた言葉を、ネイトは飲み込む。そうして盛大にため息を吐いた。
「ルーディーは、いつも楽しそうでいいね」
精一杯の皮肉を込めたつもりだったのだが、ルーディーは笑顔で「そう? ま、俺は楽しく生きるをモットーにしているからね」と微笑んだ。
「ネイトくんも楽しく生きなよ。人生一度きりなんだし、やりたいことやらないのは損だよ」
「損……?」
顔を横に向けて、ルーディーを視界に入れた。
頭の後ろで手を組んだルーディーは、実にのんびりと空を見上げている。
「そうそう。やらない後悔よりやる後悔って言うからね」
「どういう意味?」
「あの時ああしておけばよかったって後悔するよりも、あんなことやらなきゃよかったって後悔するほうがマシって意味だよ」
「そうなの?」
どちらも後悔していることには変わりがないじゃないか。眉をひそめるネイトだが、ルーディーは「そうだよ。そんなの人生の常識だよー」と当たり前のように言った。
「うん。ルーディーと一緒に」
ネイトがすっかり昼を食べ終える頃になって戻ってきたフィリップは、唐突なお願いに眉を寄せた。その表情から、フィリップがネイトの買い物をあまりよく思っていないことが窺える。
しんと静まり返った室内に、ネイトはこっそりため息を吐く。
ダメならダメとはっきり言えばいいのに、フィリップは困ったように視線を動かすだけ。言葉を選んでいるようなその仕草に、ルーディーが慌てて口を開いた。
「俺も一緒なので。すぐそこのパン屋ですよ! ちゃんとすぐに帰ってきます」
任せてくださいよと胸を叩くルーディーに、フィリップが表情を緩めた。
「そう。それくらいなら」
「いいの?」
フィリップの言葉に被せてネイトが身を乗り出す。その前のめりな姿勢に、フィリップが「うん。いいよ」と返した。
「でも無理はしないでね」
「……うん」
眉を寄せて心配そうな面持ちになるフィリップを見て、ネイトは内心で「またか」と憂鬱な気分になった。
ネイトは何ひとつ無理なんてしていない。そもそも買い物に行ってみたいと言い出したのはネイトである。ルーディーに無理矢理誘われたわけでもないのだ。
買い物に行けるということで浮き足立っていたネイトの心に、ほんの僅かな影ができてしまった。これがクラリスなら「楽しんできてね」と笑顔で送り出してくれるはずだと、ネイトはこの短い付き合いでなんとなく察している。
フィリップは、常にネイトのことを気にかける。それ自体はありがたい行為のように思えるが、ネイトにとっては少々窮屈でもあった。
「買い物に行くなら、お金がいるね」
いそいそと財布を取り出したフィリップは、中身をいくらかルーディーに渡した。
「お金はルーディーに預けておくからね」
「うん」
どうして僕に渡してくれないのだろうかと、ネイトは眉をひそめる。ルーディーが受け取った金を己の財布に仕舞い込もうとしているのを横目で確認して、ネイトは手を伸ばす。
「うわ、ネイトくん?」
「僕が持つからいい」
ルーディーは黙っていてとの思いを込めて睨みつけると、ちょっと驚いた顔のルーディーが「ネイトくんが持つの? 落としたらダメだよ」と苦笑した。
一連の流れを見ていたフィリップが、「え」と小さくもらした。しかしすぐに引き出しを漁ると、小さな布製の袋を取り出した。中身を全部机にぶちまけて、空になった袋をネイトに差し出してきた。
「じゃあ、とりあえずこれに入れておこうね」
「うん」
金を丁寧に袋に入れてくれたフィリップ。それを受け取ったネイトは、満足気な面持ちで袋を握りしめた。
「よかったね、ネイトくん」
「うん」
ルーディーに笑顔で声をかけられて、頷いておく。
「気をつけてね。ルーディーから離れたらダメだよ」
「うん。わかった」
午後からも仕事で忙しいというフィリップは、同行できないことを残念に思っていた。散々ネイトとルーディーに念押しした彼は、名残惜しそうな目を向けてくる。
それに背中を向けて、ネイトは足取り軽く外に出た。
「よかったね、ネイトくん。お小遣いもらえて」
「うん」
陽気に話しかけてくるルーディーは、「副長も相変わらずだね」と呆れたような口調で続けた。
「相変わらずって?」
「ネイトくんのこと心配し過ぎ。気持ちはわかるけどさ」
「心配……」
そうなのだろうか。
静かに考えるネイトは、無言で足を進める。お目当てのパン屋は、ルーディーが案内してくれた。こじんまりとした店で、昼食の時間帯を過ぎたためか客の姿は見えない。
「あー、あんまり残ってないや」
もっと早く来ないとダメだったねと頭をかくルーディーに構わず、ネイトは物珍しそうに店内を見渡した。パンのいい匂いが漂い、幸せな空気に包まれた不思議な空間だった。
「ネイトくん。欲しいものある?」
「甘いパン」
迷わずに答えると、ルーディーが「甘いもの好きだねぇ」と目を細める。そのまま一緒に店内を眺めて「これとかどう?」と指さしてきた。
ルーディーの示したパンを見て、ネイトは「違う」と即答する。
「何が違うの? これ甘いやつだよ」
「そうなの?」
「うん。ジャムが入ってる」
「ジャム」
ネイトが探していたのは、よくクラリスが作ってくれる砂糖たっぷりの甘いパンだ。ルーディーの示したパンには、砂糖がまぶされていない。
けれどもルーディーが甘いと言うので、買ってみることにする。
あっさり終了した買い物に、ネイトはこんなものかと肩の力を抜いた。
「ちょっと散歩でもしようよ。向こうに広場があるから、そこでパンを食べよう」
名案を思いついたという顔で、ルーディーが騎士団本部とは反対方向に足を向けた。フィリップとはすぐに帰ってくると約束していたのに、いいのだろうか。そんなネイトの躊躇を、ルーディーは軽く笑い飛ばす。
「大丈夫だよ。街の中心は治安悪くないから」
「治安って?」
「え? あー、なんだろう。悪い人がいなくて平和ってことだよ」
「ふうん」
人との関わりをあまり持たずに生きてきたネイトである。悪い人と言われても、一体どんな人なのかあまり想像できなかった。
けれどもせっかく外に出られたのである。前々からあちこち見て回りたいと思っていたネイトは、ルーディーの後を追う。
先程昼を済ませたばかりだが、まだ腹には余裕があった。ルーディーの言うように、広場で食べるというのも悪くない気がした。
やがて芝生に覆われた広場に到着する。人の姿がまばらで、元気に駆け回っている子供の姿がちらほら。
「夜になると人が多くなるんだけどね」
適当な場所に腰を下ろしながら、ルーディーが言った。ベンチが据えられているのだが、ルーディーはそこではなく芝生に直接座ってしまう。ネイトも隣に座った。
「ここら辺は飲食店が多いから。みんな夕飯を食べるために集まってくるんだ」
「ふーん」
「昼もね、それなりに人いるけど。でも昼はのんびり食べてる暇はないからね」
「そうなんだ」
それぞれ仕事が忙しいので、昼間はみんな手早く済ませてしまうという。芝生に足を投げ出して買ったパンを取り出すルーディーを見て、ネイトは「ルーディーは仕事が忙しくないから」と納得したように呟いた。
「違うよ!? 俺も普段は忙しいから! だからさっきの店で毎日仕事行く前にパン買ってるの」
わかる? と必死に弁解するルーディーが面白くて、ネイトは小さく笑ってしまう。
「あ! ネイトくんが笑った! 珍しい」
「笑ってない」
あまりにもルーディーが嬉しそうに言うので、ネイトは咄嗟に表情を引き締める。笑っていないと主張するが、ルーディーはニマニマとネイトを見てくる。
「ネイトくん。美人だから笑ったほうが可愛いよー」
「ルーディー。うるさい」
そっぽを向くネイトは、パンを頬張った。砂糖がまぶしてあるわけでもないのに、ルーディーの言うように甘い。
これはこれで気に入ったと食べ進めていると、はやくも自分の分を食べ終わったらしいルーディーが芝生に寝転がる。
「あー、仕事サボって昼寝とか最高だね」
「やっぱり仕事サボってるんだ」
「ち、違うよ!? 今のは言葉のあやで。俺の仕事はネイトくんと一緒にいることだから!」
必死に弁解するルーディーを横目に、ネイトは黙々とパンを食べる。そうして今度は別のパンも食べてみたいと思った。
「ルーディー」
「うん?」
「またパン買いに行こうね」
「もちろん! 今度は副長も連れてこようよ」
副長もきっと喜ぶよと無邪気に笑うルーディー。それを見て、ネイトは眉を寄せた。フィリップは、ネイトと出かけても楽しいとは思わないだろう。そう考えるネイトだが、ルーディーの言葉を訂正することはない。
代わりに残りのパンを頬張ってから、ルーディーを真似て寝転がってみる。
抜けるような青空をぼんやり眺めていると、森での日々を思い出してしまった。
ずっと森の外に出てみたいと思っていた。外の世界が悲惨な戦争をやっていようが構わない。とにかくあの狭い家で一生を終えるのは、なんとなく嫌だと思っていた。
しかしこうして森の外に出てから、ネイトが考えるのはあの森での生活ばかり。当然のようにジェイクが隣にいたあの日々のこと。
外の世界に悲惨な戦争なんてなかった。輝くような世界のはずなのに、ネイトは物足りないと感じてしまう。
もしあの日、ネイトが森を訪れたルーディーと出会わなければ。
そうすれば、ネイトは今でもジェイクとふたりで穏やかで退屈で、それでいて満足のいく生活を送っていたはずだ。
森の外に出れば、己の世界が広がると漠然と思っていたネイトである。しかし実際には、ネイトは大切なものを失った。
ネイトを見てくれないジェイク。フィリップとばかり一緒にいるジェイク。もっとジェイクと一緒にいたいし会話もしたいのに、それができない現実。
「……なんか、思っていたのと違ったな」
外に出れば、もっと自由でもっと楽しくてもっと笑えるのだと思っていたのに。
ぽつりと呟いたネイトに、ルーディーが「えー?」と不満そうな声を出す。
「ジャムパン、美味しくない? どんなの想像してたのさ」
「……」
パンの話じゃないんだけど。
喉元まで上がってきた言葉を、ネイトは飲み込む。そうして盛大にため息を吐いた。
「ルーディーは、いつも楽しそうでいいね」
精一杯の皮肉を込めたつもりだったのだが、ルーディーは笑顔で「そう? ま、俺は楽しく生きるをモットーにしているからね」と微笑んだ。
「ネイトくんも楽しく生きなよ。人生一度きりなんだし、やりたいことやらないのは損だよ」
「損……?」
顔を横に向けて、ルーディーを視界に入れた。
頭の後ろで手を組んだルーディーは、実にのんびりと空を見上げている。
「そうそう。やらない後悔よりやる後悔って言うからね」
「どういう意味?」
「あの時ああしておけばよかったって後悔するよりも、あんなことやらなきゃよかったって後悔するほうがマシって意味だよ」
「そうなの?」
どちらも後悔していることには変わりがないじゃないか。眉をひそめるネイトだが、ルーディーは「そうだよ。そんなの人生の常識だよー」と当たり前のように言った。
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