王太子の愛人である傾国の美男子が正体隠して騎士団の事務方始めたところ色々追い詰められています

岩永みやび

文字の大きさ
6 / 102

6 酒場

しおりを挟む
「こんなところでなにを?」

 仕事終わり。
 あの後ジェシーに何度も縋ったが、彼女は判断を覆してくれることはなかった。知ってたけどさ。

 不貞腐れた僕はその足で適当な酒場に向かった。とはいえ庶民が日常使いするにはちょっと高級な店だ。やけ酒というよりは、いいカモを捕まえてストレス発散でもしようと思ったのだ。今日は殿下も遅くなると言っていたし少しくらいいいかなって。

 髪型をきっちり整えて眼鏡を外した僕は、どこからどう見ても傾国と呼ばれるに相応しい姿だった。フリルのあしらわれた繊細なシャツできっちり身を固めればどこぞの貴族のお坊ちゃんに見えなくはない。

 普段からあまり肌は晒さないようにしている。いかにも男を漁っていますみたいな下品な格好をするとろくな奴が寄ってこないのは経験済みだ。清潔そうで身持ちの堅そうな雰囲気、目指すはいわゆる高嶺の花だ。

 一見して手の届きそうにない美貌がふらりと手の届く距離まで降りてくれば、大抵の男は手を伸ばしてくる。安い男だと思われれば自然と扱いが雑になるので、高級感は大事だった。自分を安売りしないと決めている。

 客の中で一番金を持っていそうな男に当たりをつけて愛想のいい笑顔で隣に座る。それさえ拒絶されなければ後はこっちのもんだ。

 偶然を装ってボディタッチを繰り返し、その度に照れたように悪戯っぽく笑ってやればあっという間に落ちてくる。しかし一度目の誘いで靡いてはいけない。ちょっとはぐらかして焦れさせて、簡単には落ちない高嶺を演じるのだ。

 今日もそうやって獲物を入手しようとたいして好みでもない、しかし羽振りだけはいい冴えない男の手に自身の華奢な手を重ねた瞬間。

 上から冷えた声が降ってきた。

 それまでそこそこ盛り上がっていたはずの酒の席が、わかりやすく静まり返る。おそるおそる顔を上げると案の定、きれいな顔から一切の感情を消し去ったスコットと目があった。

「……スコット。なんでここに」
「それはこちらのセリフです」

 感情の読めない淡々とした声。しかしその佇まいから彼が怒っていることは見てとれた。

「もう一度お聞きしますね。このような場所で一体なにを?」
「お酒飲んでただけだよ。マズかった?」

 そろそろと男と触れ合っていた手を引っ込める。相手の男はここらで一番大きな商店を切り盛りしている商人だ。なんでも最近業績がいいとかで金遣いが荒いらしい。どうせ金を使うなら僕に使ってもらおうと声をかけたのだ。

 なにやら不穏な空気を敏感に察知した商人は、そそくさと席を立つ。さすがでかい店を切り盛りしているだけはある。引き際をしっかり見極めていらっしゃる。

「いやあ、楽しい酒の席でした」

 そんな一言を残して会計すべてを引き受けて出て行った。

 空いた席にどかりとスコットが座った。

「知り合いだったんですか」
「まあね」

 知り合ったのはつい一時間程前だけど。嘘ではない。

 グラスに残っていた酒を呷れば、幾分か余裕が出てきた。

「エドワード、今日は遅くなるって言ってたから。夕飯でも食べとこうかなと思って」

 まさか人気の多い店内で「殿下」などと口にするわけにはいかない。呼び捨ては許して欲しい。

「俺に用意してもらえと言われませんでしたか?」

 言われましたね。
 まさかこいつ僕を探していたのか。

「なにからなにまで世話を焼いてもらうのは悪いって話しただろ」
「あの男の世話になるのはやぶさかではない、と」
「そういう意味じゃあ」

 ないんだけどな。

 いつになく冷たいスコットの目に思わず息を呑む。

「主人が心配しております」
「そ、そうだね」

 これ以上の口答えをするのは悪手な気がしてきた。

「帰りましょう」

 静かに促されて店を出る。
 スコットは騎士団の制服の上着を脱いだ軽装だった。賑わう店に制服姿の騎士が乗り込んでくれば何事かと騒ぎになるかもしれないもんね。おまけにスコットは近衛騎士の制服だ。普段から街に出入りしている騎士団ではなく、王族護衛のエキスパートだ。周囲に王族でもいるのかと街が騒ついたら大変だもんね。

「あのさ、エドワードには黙っててくれないかな」
「なにをですか」

 道中ずっと無言であったスコットにダメ元でお願いしてみたところ、そんな冷たい声が返ってきた。

「いや、だから今のこと」
「今のことって? リア様が酒場で男と密会していた件ですか」
「密会って。そんなんじゃないから。ほんと一緒にお酒飲んでただけだよ」

 これはマジだ。これから宿にでも連れ込まれようとしていたところだ。まだ致してはいない。

 しかしスコットは冷たい。

「やましいことがないのであれば、俺を口止めする必要なんてないでしょう」
「口止めなんてそんなつもりじゃ」

 だってエドワードってちょっと嫉妬深い面があるのだ。ただの愛人に対して執着が酷すぎる気がする。俺が知らん男と飲んでいたなんて知ったら絶対にキレると思われる。面倒くさい奴なのだ。

 それきりスコットは黙り込んでしまった。
 いまからエドワードに会わなきゃいけないなんて気が重い。口から溢れるため息をなんとか呑み込んだ。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...