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6 酒場
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「こんなところでなにを?」
仕事終わり。
あの後ジェシーに何度も縋ったが、彼女は判断を覆してくれることはなかった。知ってたけどさ。
不貞腐れた僕はその足で適当な酒場に向かった。とはいえ庶民が日常使いするにはちょっと高級な店だ。やけ酒というよりは、いいカモを捕まえてストレス発散でもしようと思ったのだ。今日は殿下も遅くなると言っていたし少しくらいいいかなって。
髪型をきっちり整えて眼鏡を外した僕は、どこからどう見ても傾国と呼ばれるに相応しい姿だった。フリルのあしらわれた繊細なシャツできっちり身を固めればどこぞの貴族のお坊ちゃんに見えなくはない。
普段からあまり肌は晒さないようにしている。いかにも男を漁っていますみたいな下品な格好をするとろくな奴が寄ってこないのは経験済みだ。清潔そうで身持ちの堅そうな雰囲気、目指すはいわゆる高嶺の花だ。
一見して手の届きそうにない美貌がふらりと手の届く距離まで降りてくれば、大抵の男は手を伸ばしてくる。安い男だと思われれば自然と扱いが雑になるので、高級感は大事だった。自分を安売りしないと決めている。
客の中で一番金を持っていそうな男に当たりをつけて愛想のいい笑顔で隣に座る。それさえ拒絶されなければ後はこっちのもんだ。
偶然を装ってボディタッチを繰り返し、その度に照れたように悪戯っぽく笑ってやればあっという間に落ちてくる。しかし一度目の誘いで靡いてはいけない。ちょっとはぐらかして焦れさせて、簡単には落ちない高嶺を演じるのだ。
今日もそうやって獲物を入手しようとたいして好みでもない、しかし羽振りだけはいい冴えない男の手に自身の華奢な手を重ねた瞬間。
上から冷えた声が降ってきた。
それまでそこそこ盛り上がっていたはずの酒の席が、わかりやすく静まり返る。おそるおそる顔を上げると案の定、きれいな顔から一切の感情を消し去ったスコットと目があった。
「……スコット。なんでここに」
「それはこちらのセリフです」
感情の読めない淡々とした声。しかしその佇まいから彼が怒っていることは見てとれた。
「もう一度お聞きしますね。このような場所で一体なにを?」
「お酒飲んでただけだよ。マズかった?」
そろそろと男と触れ合っていた手を引っ込める。相手の男はここらで一番大きな商店を切り盛りしている商人だ。なんでも最近業績がいいとかで金遣いが荒いらしい。どうせ金を使うなら僕に使ってもらおうと声をかけたのだ。
なにやら不穏な空気を敏感に察知した商人は、そそくさと席を立つ。さすがでかい店を切り盛りしているだけはある。引き際をしっかり見極めていらっしゃる。
「いやあ、楽しい酒の席でした」
そんな一言を残して会計すべてを引き受けて出て行った。
空いた席にどかりとスコットが座った。
「知り合いだったんですか」
「まあね」
知り合ったのはつい一時間程前だけど。嘘ではない。
グラスに残っていた酒を呷れば、幾分か余裕が出てきた。
「エドワード、今日は遅くなるって言ってたから。夕飯でも食べとこうかなと思って」
まさか人気の多い店内で「殿下」などと口にするわけにはいかない。呼び捨ては許して欲しい。
「俺に用意してもらえと言われませんでしたか?」
言われましたね。
まさかこいつ僕を探していたのか。
「なにからなにまで世話を焼いてもらうのは悪いって話しただろ」
「あの男の世話になるのはやぶさかではない、と」
「そういう意味じゃあ」
ないんだけどな。
いつになく冷たいスコットの目に思わず息を呑む。
「主人が心配しております」
「そ、そうだね」
これ以上の口答えをするのは悪手な気がしてきた。
「帰りましょう」
静かに促されて店を出る。
スコットは騎士団の制服の上着を脱いだ軽装だった。賑わう店に制服姿の騎士が乗り込んでくれば何事かと騒ぎになるかもしれないもんね。おまけにスコットは近衛騎士の制服だ。普段から街に出入りしている騎士団ではなく、王族護衛のエキスパートだ。周囲に王族でもいるのかと街が騒ついたら大変だもんね。
「あのさ、エドワードには黙っててくれないかな」
「なにをですか」
道中ずっと無言であったスコットにダメ元でお願いしてみたところ、そんな冷たい声が返ってきた。
「いや、だから今のこと」
「今のことって? リア様が酒場で男と密会していた件ですか」
「密会って。そんなんじゃないから。ほんと一緒にお酒飲んでただけだよ」
これはマジだ。これから宿にでも連れ込まれようとしていたところだ。まだ致してはいない。
しかしスコットは冷たい。
「やましいことがないのであれば、俺を口止めする必要なんてないでしょう」
「口止めなんてそんなつもりじゃ」
だってエドワードってちょっと嫉妬深い面があるのだ。ただの愛人に対して執着が酷すぎる気がする。俺が知らん男と飲んでいたなんて知ったら絶対にキレると思われる。面倒くさい奴なのだ。
それきりスコットは黙り込んでしまった。
いまからエドワードに会わなきゃいけないなんて気が重い。口から溢れるため息をなんとか呑み込んだ。
仕事終わり。
あの後ジェシーに何度も縋ったが、彼女は判断を覆してくれることはなかった。知ってたけどさ。
不貞腐れた僕はその足で適当な酒場に向かった。とはいえ庶民が日常使いするにはちょっと高級な店だ。やけ酒というよりは、いいカモを捕まえてストレス発散でもしようと思ったのだ。今日は殿下も遅くなると言っていたし少しくらいいいかなって。
髪型をきっちり整えて眼鏡を外した僕は、どこからどう見ても傾国と呼ばれるに相応しい姿だった。フリルのあしらわれた繊細なシャツできっちり身を固めればどこぞの貴族のお坊ちゃんに見えなくはない。
普段からあまり肌は晒さないようにしている。いかにも男を漁っていますみたいな下品な格好をするとろくな奴が寄ってこないのは経験済みだ。清潔そうで身持ちの堅そうな雰囲気、目指すはいわゆる高嶺の花だ。
一見して手の届きそうにない美貌がふらりと手の届く距離まで降りてくれば、大抵の男は手を伸ばしてくる。安い男だと思われれば自然と扱いが雑になるので、高級感は大事だった。自分を安売りしないと決めている。
客の中で一番金を持っていそうな男に当たりをつけて愛想のいい笑顔で隣に座る。それさえ拒絶されなければ後はこっちのもんだ。
偶然を装ってボディタッチを繰り返し、その度に照れたように悪戯っぽく笑ってやればあっという間に落ちてくる。しかし一度目の誘いで靡いてはいけない。ちょっとはぐらかして焦れさせて、簡単には落ちない高嶺を演じるのだ。
今日もそうやって獲物を入手しようとたいして好みでもない、しかし羽振りだけはいい冴えない男の手に自身の華奢な手を重ねた瞬間。
上から冷えた声が降ってきた。
それまでそこそこ盛り上がっていたはずの酒の席が、わかりやすく静まり返る。おそるおそる顔を上げると案の定、きれいな顔から一切の感情を消し去ったスコットと目があった。
「……スコット。なんでここに」
「それはこちらのセリフです」
感情の読めない淡々とした声。しかしその佇まいから彼が怒っていることは見てとれた。
「もう一度お聞きしますね。このような場所で一体なにを?」
「お酒飲んでただけだよ。マズかった?」
そろそろと男と触れ合っていた手を引っ込める。相手の男はここらで一番大きな商店を切り盛りしている商人だ。なんでも最近業績がいいとかで金遣いが荒いらしい。どうせ金を使うなら僕に使ってもらおうと声をかけたのだ。
なにやら不穏な空気を敏感に察知した商人は、そそくさと席を立つ。さすがでかい店を切り盛りしているだけはある。引き際をしっかり見極めていらっしゃる。
「いやあ、楽しい酒の席でした」
そんな一言を残して会計すべてを引き受けて出て行った。
空いた席にどかりとスコットが座った。
「知り合いだったんですか」
「まあね」
知り合ったのはつい一時間程前だけど。嘘ではない。
グラスに残っていた酒を呷れば、幾分か余裕が出てきた。
「エドワード、今日は遅くなるって言ってたから。夕飯でも食べとこうかなと思って」
まさか人気の多い店内で「殿下」などと口にするわけにはいかない。呼び捨ては許して欲しい。
「俺に用意してもらえと言われませんでしたか?」
言われましたね。
まさかこいつ僕を探していたのか。
「なにからなにまで世話を焼いてもらうのは悪いって話しただろ」
「あの男の世話になるのはやぶさかではない、と」
「そういう意味じゃあ」
ないんだけどな。
いつになく冷たいスコットの目に思わず息を呑む。
「主人が心配しております」
「そ、そうだね」
これ以上の口答えをするのは悪手な気がしてきた。
「帰りましょう」
静かに促されて店を出る。
スコットは騎士団の制服の上着を脱いだ軽装だった。賑わう店に制服姿の騎士が乗り込んでくれば何事かと騒ぎになるかもしれないもんね。おまけにスコットは近衛騎士の制服だ。普段から街に出入りしている騎士団ではなく、王族護衛のエキスパートだ。周囲に王族でもいるのかと街が騒ついたら大変だもんね。
「あのさ、エドワードには黙っててくれないかな」
「なにをですか」
道中ずっと無言であったスコットにダメ元でお願いしてみたところ、そんな冷たい声が返ってきた。
「いや、だから今のこと」
「今のことって? リア様が酒場で男と密会していた件ですか」
「密会って。そんなんじゃないから。ほんと一緒にお酒飲んでただけだよ」
これはマジだ。これから宿にでも連れ込まれようとしていたところだ。まだ致してはいない。
しかしスコットは冷たい。
「やましいことがないのであれば、俺を口止めする必要なんてないでしょう」
「口止めなんてそんなつもりじゃ」
だってエドワードってちょっと嫉妬深い面があるのだ。ただの愛人に対して執着が酷すぎる気がする。俺が知らん男と飲んでいたなんて知ったら絶対にキレると思われる。面倒くさい奴なのだ。
それきりスコットは黙り込んでしまった。
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