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番外編
拾った6(sideラーシュ)
後日。
仕事が休みの今日は、子犬を引き渡しに行く日であった。
朝からイツキくんを起こして朝食を準備する。相変わらず少食のイツキくんは、僕が目を離した隙に食べきれない分を僕の皿に移している。本人はこっそりやっているつもりらしいが、バレバレである。
苦笑しながら、見なかったことにしておく。
いつもは食べられるはずの量である。今朝は食欲がないらしい。
「ほら、食べたら出かけるよ」
「うん」
ちらりと子犬に目をやったイツキくんは、小さく頷いた。
「ラーシュさん」
「うん?」
「……帰りに買い物でも行く?」
イツキくんからのお誘いなんて珍しい。
目を瞬いてイツキくんを見つめると、さっと顔を背けられてしまった。
微笑んでから「そうだね。買い物でも行こうか」とイツキくんのお誘いにのっておく。
途端にこちらを見たイツキくんが、ふにゃりと笑った。
「ほら、冷めちゃうよ」
イツキくんを促して朝食を食べる。
ちらちらと僕に視線を送るイツキくんは、こっそり僕の皿に移したことがバレていないか確認しているのだろう。そんなに見たら怪しまれるぞ、イツキくん。
イツキくんは隠し事が下手くそだ。
我慢できずに小さく笑えば、イツキくんが驚いたように僕を凝視してくる。
「なんで笑うの?」
「……っ」
ダメだ。
顔を逸らして笑えば、イツキくんが「なんで笑うの!」と不満気に言う。いや、だって。
「イツキくん、僕の皿にちょっと移したでしょ」
バレてるよと笑えば、イツキくんが途端に気まずそうな顔になってしまう。
「普通に食べきれないって言ってくれたらいいのに」
「食べきれないから食べて!」
「はいはい」
ご機嫌ななめらしいイツキくんは、ちょっぴり怒ったような声で言う。いや、これは恥ずかしさを誤魔化しているのか? どちらにせよ可愛い。
けれどもすぐに眉尻を下げたイツキくんが「ありがとう」と言う。どうしてそんな困った顔でお礼を言うのだろうか。おそらくイツキくんなりに色々と考えてのことなのだろう。イツキくんは、頭の中でぐるぐると考え込んでしまう癖があるらしい。
気にしなくていいのに。
きっと「ありがとう」と言うか「ごめんなさい」と言うかで迷ったのだろう。その結果、申し訳なさそうな表情での「ありがとう」に落ち着いたに違いない。
イツキくんの言動の意味をあれこれ考えるのは意外と楽しかったりする。
朝食を終えて、部屋の戸締まりを確認する。
二階からおりてくると、カバンを肩にかけたイツキくんが子犬を抱えていた。どうやら準備はバッチリらしい。
「そろそろ行こうか」
「うん」
子犬を抱えたイツキくんが、さっさと外に出てしまう。
子犬は僕が抱えていくつもりでいたんだけどな。
イツキくんが放してしまわないかと心配になるが、任せても大丈夫だろうと思うことにする。あまり手を出しすぎるとイツキくんに嫌われるかもしれない。
目的地に向かう道中、イツキくんは何度も腕の中の子犬を確認している。名残惜しい気持ちなのだろうか。
ふらふらと足取りが危ういので、さりげなくイツキくんの背中に手を添えて道の端に誘導しておく。
子犬を引き取ってくれるご近所さんは、イツキくんの抱える子犬を見るなり顔を綻ばせた。
「まぁ可愛い! まだ小さいのね」
「はい」
夫婦ふたり暮らしの家である。
僕の両親と同じくらいの年代だろう。
ちょっぴりよそ行きの表情になったイツキくんは、素直に子犬を手渡した。
「まだ名前はつけていないので」
「そうなのね。可愛い名前、考えてあげなくちゃね」
「ありがとうございます。あの、その子のことよろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げるイツキくんに、ご夫婦が「任せてね」と破顔する。おそらくご夫婦は、イツキくんのことを子供だと思っている。子犬に名残惜しそうな目を向けるイツキくんの背中に手を添えて、僕もご夫婦に頭を下げておく。
「すみません。よろしくお願いします」
「いいのよ、ラーシュさん。私たちもふたりじゃ寂しいから。賑やかになって嬉しいわ」
ばいばいと子犬に向けて小さく手を振るイツキくんは、帰り道で何度も振り返る。
「……飼いたかった?」
今更こんなことを訊くのは卑怯だと思いつつも、どうしても気になってそう尋ねてしまった。
僕を見上げたイツキくんは、「うーん」と悩むように首を傾げたあと「別に……」と返答を濁してしまった。
「ごめんね」
「ラーシュさんが謝る必要ないよ。家に犬がいたら楽しいけど、でも俺、犬のお世話とかあんまり得意じゃないかも」
……それは僕もちょっと思っていた。
餌やりは嬉々としてやっていたが、それ以外はあんまりだった。
一度イツキくんが子犬を風呂に入れようとして、部屋まで水浸しにされた。びしょ濡れの子犬が風呂場から飛び出してきて、リビングで暴れたのだ。タオルを持ってわたわたするイツキくんに代わり、僕が子犬を捕獲した。なぜかイツキくんは、子犬を捕獲する前に床を拭きはじめたのだ。順番が逆だと思う。
それに子犬の躾もいまいちだった。
そもそもイツキくんには、あまり躾をしようという気持ちがなかった気がする。そこまで気が回らなかったのかもしれない。
あとイツキくんは、散歩もやらなかった。
まだ子犬だからと遠慮したのかもしれないが、思う存分走らせてやらないと子犬もストレスが溜まるだろう。仕方がないので、僕が子犬を庭に放して走らせていた。
「だからいいや。結局ラーシュさんがお世話してたし」
俺には向いてないと言いきるイツキくんは、同意を求めるように「ね」と僕の袖を握った。
「……うん、そうだね」
控えめにイツキくんの言葉を肯定すると、イツキくんが「ごめんなさい」と笑った。
その悪戯っぽい笑顔が可愛くて、僕はイツキくんの頭をぽんぽんと撫でた。
仕事が休みの今日は、子犬を引き渡しに行く日であった。
朝からイツキくんを起こして朝食を準備する。相変わらず少食のイツキくんは、僕が目を離した隙に食べきれない分を僕の皿に移している。本人はこっそりやっているつもりらしいが、バレバレである。
苦笑しながら、見なかったことにしておく。
いつもは食べられるはずの量である。今朝は食欲がないらしい。
「ほら、食べたら出かけるよ」
「うん」
ちらりと子犬に目をやったイツキくんは、小さく頷いた。
「ラーシュさん」
「うん?」
「……帰りに買い物でも行く?」
イツキくんからのお誘いなんて珍しい。
目を瞬いてイツキくんを見つめると、さっと顔を背けられてしまった。
微笑んでから「そうだね。買い物でも行こうか」とイツキくんのお誘いにのっておく。
途端にこちらを見たイツキくんが、ふにゃりと笑った。
「ほら、冷めちゃうよ」
イツキくんを促して朝食を食べる。
ちらちらと僕に視線を送るイツキくんは、こっそり僕の皿に移したことがバレていないか確認しているのだろう。そんなに見たら怪しまれるぞ、イツキくん。
イツキくんは隠し事が下手くそだ。
我慢できずに小さく笑えば、イツキくんが驚いたように僕を凝視してくる。
「なんで笑うの?」
「……っ」
ダメだ。
顔を逸らして笑えば、イツキくんが「なんで笑うの!」と不満気に言う。いや、だって。
「イツキくん、僕の皿にちょっと移したでしょ」
バレてるよと笑えば、イツキくんが途端に気まずそうな顔になってしまう。
「普通に食べきれないって言ってくれたらいいのに」
「食べきれないから食べて!」
「はいはい」
ご機嫌ななめらしいイツキくんは、ちょっぴり怒ったような声で言う。いや、これは恥ずかしさを誤魔化しているのか? どちらにせよ可愛い。
けれどもすぐに眉尻を下げたイツキくんが「ありがとう」と言う。どうしてそんな困った顔でお礼を言うのだろうか。おそらくイツキくんなりに色々と考えてのことなのだろう。イツキくんは、頭の中でぐるぐると考え込んでしまう癖があるらしい。
気にしなくていいのに。
きっと「ありがとう」と言うか「ごめんなさい」と言うかで迷ったのだろう。その結果、申し訳なさそうな表情での「ありがとう」に落ち着いたに違いない。
イツキくんの言動の意味をあれこれ考えるのは意外と楽しかったりする。
朝食を終えて、部屋の戸締まりを確認する。
二階からおりてくると、カバンを肩にかけたイツキくんが子犬を抱えていた。どうやら準備はバッチリらしい。
「そろそろ行こうか」
「うん」
子犬を抱えたイツキくんが、さっさと外に出てしまう。
子犬は僕が抱えていくつもりでいたんだけどな。
イツキくんが放してしまわないかと心配になるが、任せても大丈夫だろうと思うことにする。あまり手を出しすぎるとイツキくんに嫌われるかもしれない。
目的地に向かう道中、イツキくんは何度も腕の中の子犬を確認している。名残惜しい気持ちなのだろうか。
ふらふらと足取りが危ういので、さりげなくイツキくんの背中に手を添えて道の端に誘導しておく。
子犬を引き取ってくれるご近所さんは、イツキくんの抱える子犬を見るなり顔を綻ばせた。
「まぁ可愛い! まだ小さいのね」
「はい」
夫婦ふたり暮らしの家である。
僕の両親と同じくらいの年代だろう。
ちょっぴりよそ行きの表情になったイツキくんは、素直に子犬を手渡した。
「まだ名前はつけていないので」
「そうなのね。可愛い名前、考えてあげなくちゃね」
「ありがとうございます。あの、その子のことよろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げるイツキくんに、ご夫婦が「任せてね」と破顔する。おそらくご夫婦は、イツキくんのことを子供だと思っている。子犬に名残惜しそうな目を向けるイツキくんの背中に手を添えて、僕もご夫婦に頭を下げておく。
「すみません。よろしくお願いします」
「いいのよ、ラーシュさん。私たちもふたりじゃ寂しいから。賑やかになって嬉しいわ」
ばいばいと子犬に向けて小さく手を振るイツキくんは、帰り道で何度も振り返る。
「……飼いたかった?」
今更こんなことを訊くのは卑怯だと思いつつも、どうしても気になってそう尋ねてしまった。
僕を見上げたイツキくんは、「うーん」と悩むように首を傾げたあと「別に……」と返答を濁してしまった。
「ごめんね」
「ラーシュさんが謝る必要ないよ。家に犬がいたら楽しいけど、でも俺、犬のお世話とかあんまり得意じゃないかも」
……それは僕もちょっと思っていた。
餌やりは嬉々としてやっていたが、それ以外はあんまりだった。
一度イツキくんが子犬を風呂に入れようとして、部屋まで水浸しにされた。びしょ濡れの子犬が風呂場から飛び出してきて、リビングで暴れたのだ。タオルを持ってわたわたするイツキくんに代わり、僕が子犬を捕獲した。なぜかイツキくんは、子犬を捕獲する前に床を拭きはじめたのだ。順番が逆だと思う。
それに子犬の躾もいまいちだった。
そもそもイツキくんには、あまり躾をしようという気持ちがなかった気がする。そこまで気が回らなかったのかもしれない。
あとイツキくんは、散歩もやらなかった。
まだ子犬だからと遠慮したのかもしれないが、思う存分走らせてやらないと子犬もストレスが溜まるだろう。仕方がないので、僕が子犬を庭に放して走らせていた。
「だからいいや。結局ラーシュさんがお世話してたし」
俺には向いてないと言いきるイツキくんは、同意を求めるように「ね」と僕の袖を握った。
「……うん、そうだね」
控えめにイツキくんの言葉を肯定すると、イツキくんが「ごめんなさい」と笑った。
その悪戯っぽい笑顔が可愛くて、僕はイツキくんの頭をぽんぽんと撫でた。
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