嫌われ令息に成り代わった俺、なぜか過保護に愛でられています

岩永みやび

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17歳

綿毛ちゃんの日常28

「綿毛ちゃん。ちょっと来て!」

 ルイス坊ちゃんから手招きされて、オレは『なにぃ?』と尻尾を振りながら駆けて行く。

 周囲をきょろきょろ見回した坊ちゃんは、駆け寄ったオレをさっと抱き上げる。そうして小声で「静かにしろよ」と言った。

 え? もしかしてオレ、捕まったの?

 口を閉じるオレは、坊ちゃんを見上げる。真剣な表情でオレを抱え直した坊ちゃんは、すんごいコソコソした動作で部屋を出て行こうとする。

 あ、なんか嫌な予感が。

『た、助けてぇ』

 ふるふる震えながら助けを求めると、それを聞きつけた坊ちゃんに頭を叩かれてしまった。普通に痛い。

 室内にいたジャンさんが、不思議そうな目を向けてくる。それに「なんでもないよ」と笑って応じる坊ちゃんは、「ちょっと出かけてくるね!」と元気に言った。

 ちなみにティアンさんは、騎士棟に行っていて不在。ルイス坊ちゃんが余計なことをするのは、たいていティアンさんがいない間だ。

 オレを頭の上に高く掲げた坊ちゃんは、すごい勢いで廊下を走る。なんでオレ、天に捧げられているのだろうか。

 わぁー、と小声で悲鳴をあげておく。

 本当に誰か助けてくれないだろうか。できればブルースくんがいいなぁ。ちゃんと助けてくれそうだから。

 外に飛び出した坊ちゃんは、またもや周囲を見渡している。なんでそんなに人目を気にしているのだろうか。これ絶対に何か悪いことを企んでいるでしょ。

『坊ちゃん、どこ行くのぉ?』
「湖だよ」
『ひとりで行ったらダメだよぉ』
「綿毛ちゃん持ってるから。ひとりじゃない」
『えー?』

 オレを荷物扱いしている坊ちゃんは、そそくさ森へと足を進める。だいぶ整備されて歩きやすくなった道だけど、あんまりひとりで出入りするのはダメだと思う。

 誰か人を呼んだ方がいいんじゃない? とやんわり提案してみるけど、坊ちゃんには無視されてしまった。

 そうして開けた場所に到着した坊ちゃんは、ずんずん湖に近寄って行く。坊ちゃんは、ちょっと鈍臭いところがあるような気もする。ボール投げるのも下手くそだし。うっかり湖に落ちたら洒落にならない。

『危ないよぉ?』
「大丈夫だよ」
『大丈夫じゃないよぉ?』

 ここにはオレしかいない。オレが保護者としてしっかりしないと。

 坊ちゃんは、ちょっと目を離すと変なことをしちゃうから。

 気合を入れるオレだったんだけど、次に坊ちゃんは予想外の行動をした。湖ギリギリの位置に屈んだ坊ちゃんは、「行け! 綿毛ちゃん!」と急に叫んだ。

 え? どこに?

 困惑するオレは、目をパチパチさせる。次の瞬間。なんと坊ちゃんがオレを湖に沈めようとしてきた。

『え! 待って? え、いじめ?』
「違うから。変なこと言わないで」
『いや変なことしないでぇ!?』

 手足をバタバタ動かして抵抗する。それに合わせて水しぶきがバシャバシャあがった。

「綿毛ちゃん! 綿毛ちゃんの家に行くんだ」
『え、あ、わかった! わかったからちょっと待って!』

 坊ちゃんのやりたいことを理解して、慌てて声をあげる。坊ちゃんは、どうやらオレが長年過ごしていた結界内に行きたいらしい。前に坊ちゃんの前で、ここから結界内に移動したことがあったっけ?

 それで湖に潜ればいいと誤解したらしい。

『潜っても行けないよ。入口が違うよ』
「じゃあどうやって行くの!?」
『そもそも坊ちゃんは無理だよぉ』

 出入りするには、ちょっとコツがいる。おまけに魔力もいる。魔力のない坊ちゃんでは、結界内には出入りできないのだ。そう説明すると、坊ちゃんはようやくオレから手を離してくれた。

「きらきらの宝石くれるって言った! 嘘つき毛玉め」

 坊ちゃんに睨まれて、オレは『あー』と視線を泳がせた。そういえば、そんなこと言ったなぁ。大きな魔石が欲しいと言う坊ちゃんに、代わりに宝石をあげると約束したのだ。

 坊ちゃんはあの約束を覚えていたらしい。仕方がない。約束は守らないといけないからね。

『じゃあとってくるから。坊ちゃんはここで待っててね』
「俺も行く」
『だから無理だって』

 何度も説明するのだが、坊ちゃんは「やってみないとわかんないよ!」と前向きだ。でも無理なものは無理だと思う。

 けれどもやる気に溢れている坊ちゃんは、おもむろに上着を脱ぎ捨てた。そうして次は靴と靴下を脱いだ。わぁ。もしかして飛び込むつもりなのだろうか。

『あのね、別に濡れるわけじゃないからね? 湖には入らないよ。ただ入口が湖の水面と重なってるだけでね』
「行くぞ!」
『聞いてぇ?』

 これはダメだ。勢いで湖に飛び込もうとしている坊ちゃんに、オレは慌てて人間姿に化ける。小さい体だと坊ちゃんを止められないから。

 今にも湖に突っ込んで行こうとしていた坊ちゃんを抱きしめるようにして止めた。

「なにするの?」
「いや、それはオレのセリフだねぇ」

 この姿であれば、坊ちゃんのことも楽に止められる。とりあえず両手で抱き上げてから湖を離れておく。

「あのね、湖に潜っても意味ないからね」
「綿毛ちゃん、髪の毛ちゃんと結んで」
「その髪に対するこだわりはなんなの?」

 はいはいと言いながら、髪を結んでおく。途端に坊ちゃんが笑顔になった。

 いい感じに坊ちゃんの興味が湖から逸れたので、しばらくはこの姿でいこうと思う。

「靴履こうね」

 坊ちゃんが脱ぎ捨てた靴と靴下を回収して差し出しておく。躊躇なく地面に座った坊ちゃんは、何も気にせず靴下を履いた。大丈夫? 足の裏、汚れてない?

「綿毛ちゃん。じゃあ俺と同じ大きさになって」
「どういうことぉ?」

 急な要求に戸惑っていると、坊ちゃんが「無理なの?」と不思議そうに言った。どうやらオレが自由に姿形を変化させることができると思っているらしい。

 残念だけど、オレにそんな器用なことはできない。人間姿は、これしか化けることができない。控えめに説明すると坊ちゃんが露骨にがっかりした。

「じゃあ猫になって!」
「無理だってば」
「じゃあなにができるの!」
「オレ、別になんでもできるなんて言ってないからね?」

 一体なにを期待しているのだろうか。
 文句をぶつけてくる坊ちゃんを苦笑しながら眺めて、オレはこっそり息を吐き出す。

 やっぱり子守りは大変だなぁ。
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