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17歳
851 どちら様(sideカミール)
少し先を行くルイス様は、随分と浮かれているように見える。足取り軽く、時折こちらを振り返って手招きしてみせる。
あまりにも楽しそうなその仕草に、俺はなにか騙されているのではないかと妙な心配が湧いてくる。もちろんルイス様が俺を騙すなんてこと、あるはずがないのだが。
「ところで、友達とは?」
先程振られた件をなかったことにしたのだろうか。テオドールが図々しくそんな質問をする。くるりと振り返ったルイス様は、少し考えるように視線を上に向けた。だが、すぐに微笑むと「内緒!」と口元に人差し指をあててみせた。
だからその可愛い仕草はなんなんだよ。
思わず顔を覆う俺は、悪くない。テオドールは呑気に「会ってからのお楽しみというやつですね」と頷いている。
そうしてルイス様の自室へと案内された俺は、そこで予想外の「お友達」とやらに会うことになった。
「はじめまして」
そこにいたのは、少年と言っていいくらいの男の子であった。だがしかし。ルイス様の自室に出入りするような人である。絶対に俺なんかが気軽に声をかけていい相手じゃないのは説明されなくとも理解できた。
にこにこと、けれどもどこか困ったような頼りない面持ちで挨拶してきた少年に、俺も慌てて頭を下げておく。
一体どこのどなただろうか。記憶を探るが、見覚えはない。ここらの貴族のご令息であれば、一度くらいは顔を合わせたことがありそうなものだけど。もしや他国から来たお客様とか?
内心であれこれ考えていると、ルイス様が少年を示して「ジェフリーだよ」と非常に簡潔な紹介をしてくださった。なんで。もう少し詳しく紹介してくれませんかね? 名前だけ聞かされても、やはり聞き覚えはない。
どこまでもマイペースなルイス様は、次いで俺とテオドールのことも紹介してくださった。もちろん名前だけである。だからどうして。
ジェフリー様も、困ったように眉根を寄せている。
仕方ないので、こちらから改めて挨拶しておく。テオドールに視線をやってみるが、彼もジェフリーという名前に心当たりはないらしい。きょとんとしている。
ということは、隣国の貴族でもないらしい。テオドールは馬鹿みたいな男ではあるが、隣国の伯爵家出身である。国では、それなりに顔も広いらしい。誰彼構わずナンパみたいなことをしているからだろう。それが原因で、わざわざ他国で寮生活しているくらいだ。相当節操のない振る舞いをしていたに違いない。
どうも、と控えめにお辞儀する少年は、ルイス様の隣にぴたりとくっついた。まるでルイス様の弟のような振る舞い方だ。
え? 親戚? ヴィアン家の親戚筋?
目を白黒させていると、何かを察したらしいルイス様がジェフリー様の背中に手を添えた。
「えっと、ジェフリーはあれだよ。デニスの弟」
「……はっ!?」
思わず悲鳴のような声が漏れそうになって、慌てて口元を押さえた。
デニス様であれば、俺も知っている。というか俺は日々デニス様を怒らせないよう細心の注意を払っている。アーキア公爵家といえば、この国では到底無視できない存在である。もちろんヴィアン家もそうなのだが。ついでにフランシス様も怖い。あの人は常に笑顔で俺みたいなのにも優しいが、怒らせると怖い。
フランシス様とデニス様に睨まれたら、俺は生きていけない。
そういえばと俺は少し前に聞いた話を思い出していた。
アーキア公爵家が男の子を引き取ったという話は、俺の耳にも入っていた。しかしデニス様の機嫌が悪くなるので、わざわざその真偽を確かめたことはない。デニス様の弟ということになるのだが、その弟とやらが表舞台に出てきたという話はあまり聞かない。しかしよくよく思い出してみると、その弟とやらの名前はまさしくジェフリーではなかったか。
固まる俺に、なぜかルイス様が手を伸ばしてくる。そうしてぽんぽんと俺の肩を叩いたルイス様は「仲良くしてあげてね。ジェフリーは魚が好きなんだよ」と言って笑った。どういう情報なんだよ、それは。もっと有益な情報が欲しかった。魚好きから話題を広げるのは、ちょっと無理がある。
「あ、別に魚が好きってわけでは」
「あれ? そうだっけ?」
「はい」
好きじゃないのかよ。
雑なルイス様は、へへっと笑っている。
文句のひとつでも言ってやりたいが、その可愛らしい笑顔を見ているとそんな気もたちまち失せてしまうから不思議だ。
「カミールはデニスのこと知ってるんでしょ?」
「はい。いつもお世話になっておりますので」
「デニスもいるよ」
「……」
さらっと告げられた言葉の意味を理解して、俺は再び固まった。
「デニスに会ってきたら? 喜ぶんじゃない。ユリスの部屋にいるよ」
俺がデニス様に挨拶したところで、舌打ちされるのが目に見えている。あの方は、ユリス様一筋なのだ。そこに俺が割って入れば、確実に嫌な顔をされるだろう。喜ばれるわけがないだろう。けれどもルイス様に、そんなことを言うわけにはいかない。
「あ、いえ。えっと」
遠慮しますと言いたいが、本当にそれでいいのかと自問する。ここにはジェフリー様がいる。俺が来たことは、ルイス様かジェフリー様経由でデニス様へと伝わるだろう。その時、デニス様に「なんで挨拶に来ないわけ?」と思われたら俺はもう終わりだ。
「そ、そうですね。挨拶だけでも」
引きつりそうになる顔を懸命に堪えて、そう返した。デニス様に嫌われることだけは、本当に避けなければならない。だってデニス様に睨まれたら、俺みたいな子爵家の子は終わりだろ。
現状どちらにせよ嫌われそうな予感しかしないのだが、さすがにいるとわかっていて無視するのはダメだろう。
なんだか胃が痛くなってきた。
あまりにも楽しそうなその仕草に、俺はなにか騙されているのではないかと妙な心配が湧いてくる。もちろんルイス様が俺を騙すなんてこと、あるはずがないのだが。
「ところで、友達とは?」
先程振られた件をなかったことにしたのだろうか。テオドールが図々しくそんな質問をする。くるりと振り返ったルイス様は、少し考えるように視線を上に向けた。だが、すぐに微笑むと「内緒!」と口元に人差し指をあててみせた。
だからその可愛い仕草はなんなんだよ。
思わず顔を覆う俺は、悪くない。テオドールは呑気に「会ってからのお楽しみというやつですね」と頷いている。
そうしてルイス様の自室へと案内された俺は、そこで予想外の「お友達」とやらに会うことになった。
「はじめまして」
そこにいたのは、少年と言っていいくらいの男の子であった。だがしかし。ルイス様の自室に出入りするような人である。絶対に俺なんかが気軽に声をかけていい相手じゃないのは説明されなくとも理解できた。
にこにこと、けれどもどこか困ったような頼りない面持ちで挨拶してきた少年に、俺も慌てて頭を下げておく。
一体どこのどなただろうか。記憶を探るが、見覚えはない。ここらの貴族のご令息であれば、一度くらいは顔を合わせたことがありそうなものだけど。もしや他国から来たお客様とか?
内心であれこれ考えていると、ルイス様が少年を示して「ジェフリーだよ」と非常に簡潔な紹介をしてくださった。なんで。もう少し詳しく紹介してくれませんかね? 名前だけ聞かされても、やはり聞き覚えはない。
どこまでもマイペースなルイス様は、次いで俺とテオドールのことも紹介してくださった。もちろん名前だけである。だからどうして。
ジェフリー様も、困ったように眉根を寄せている。
仕方ないので、こちらから改めて挨拶しておく。テオドールに視線をやってみるが、彼もジェフリーという名前に心当たりはないらしい。きょとんとしている。
ということは、隣国の貴族でもないらしい。テオドールは馬鹿みたいな男ではあるが、隣国の伯爵家出身である。国では、それなりに顔も広いらしい。誰彼構わずナンパみたいなことをしているからだろう。それが原因で、わざわざ他国で寮生活しているくらいだ。相当節操のない振る舞いをしていたに違いない。
どうも、と控えめにお辞儀する少年は、ルイス様の隣にぴたりとくっついた。まるでルイス様の弟のような振る舞い方だ。
え? 親戚? ヴィアン家の親戚筋?
目を白黒させていると、何かを察したらしいルイス様がジェフリー様の背中に手を添えた。
「えっと、ジェフリーはあれだよ。デニスの弟」
「……はっ!?」
思わず悲鳴のような声が漏れそうになって、慌てて口元を押さえた。
デニス様であれば、俺も知っている。というか俺は日々デニス様を怒らせないよう細心の注意を払っている。アーキア公爵家といえば、この国では到底無視できない存在である。もちろんヴィアン家もそうなのだが。ついでにフランシス様も怖い。あの人は常に笑顔で俺みたいなのにも優しいが、怒らせると怖い。
フランシス様とデニス様に睨まれたら、俺は生きていけない。
そういえばと俺は少し前に聞いた話を思い出していた。
アーキア公爵家が男の子を引き取ったという話は、俺の耳にも入っていた。しかしデニス様の機嫌が悪くなるので、わざわざその真偽を確かめたことはない。デニス様の弟ということになるのだが、その弟とやらが表舞台に出てきたという話はあまり聞かない。しかしよくよく思い出してみると、その弟とやらの名前はまさしくジェフリーではなかったか。
固まる俺に、なぜかルイス様が手を伸ばしてくる。そうしてぽんぽんと俺の肩を叩いたルイス様は「仲良くしてあげてね。ジェフリーは魚が好きなんだよ」と言って笑った。どういう情報なんだよ、それは。もっと有益な情報が欲しかった。魚好きから話題を広げるのは、ちょっと無理がある。
「あ、別に魚が好きってわけでは」
「あれ? そうだっけ?」
「はい」
好きじゃないのかよ。
雑なルイス様は、へへっと笑っている。
文句のひとつでも言ってやりたいが、その可愛らしい笑顔を見ているとそんな気もたちまち失せてしまうから不思議だ。
「カミールはデニスのこと知ってるんでしょ?」
「はい。いつもお世話になっておりますので」
「デニスもいるよ」
「……」
さらっと告げられた言葉の意味を理解して、俺は再び固まった。
「デニスに会ってきたら? 喜ぶんじゃない。ユリスの部屋にいるよ」
俺がデニス様に挨拶したところで、舌打ちされるのが目に見えている。あの方は、ユリス様一筋なのだ。そこに俺が割って入れば、確実に嫌な顔をされるだろう。喜ばれるわけがないだろう。けれどもルイス様に、そんなことを言うわけにはいかない。
「あ、いえ。えっと」
遠慮しますと言いたいが、本当にそれでいいのかと自問する。ここにはジェフリー様がいる。俺が来たことは、ルイス様かジェフリー様経由でデニス様へと伝わるだろう。その時、デニス様に「なんで挨拶に来ないわけ?」と思われたら俺はもう終わりだ。
「そ、そうですね。挨拶だけでも」
引きつりそうになる顔を懸命に堪えて、そう返した。デニス様に嫌われることだけは、本当に避けなければならない。だってデニス様に睨まれたら、俺みたいな子爵家の子は終わりだろ。
現状どちらにせよ嫌われそうな予感しかしないのだが、さすがにいるとわかっていて無視するのはダメだろう。
なんだか胃が痛くなってきた。
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