嫌われ令息に成り代わった俺、なぜか過保護に愛でられています

岩永みやび

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17歳

922 なんて言ったらいいのか

 昼食も食べ終わって、広場の噴水をぼけっと眺める。

 ユリスは芝生に腰を下ろしたまま欠伸している。
 まだ出発時間まで間がある。街をぶらぶらしてもいいが、もうちょっとここでゆっくりしていたい気分でもある。

 隣に並ぶジェフリーが、「ルイス様は噴水が好きなんですね」とぼんやり言った。

「え、うん。小さい頃の話だけど」
「今は好きじゃないんですか?」
「うーん? 好きだけど、別にそこまでは」

 あの時の熱量は一体どこに行ってしまったのだろう。自分でも不思議だ。

 一度飽きてしまうと、どうしてあそこまで噴水に魅了されていたのかわからなくなる。

「噴水より好きなものができたってことですか?」

 俺のくだらない心変わりを真剣に理解しようとしてくれるジェフリーに、俺は申し訳ない気分になって「そんな感じかな?」と曖昧に笑う。

 そんなに深い意味はないんだよ。単に飽きたってだけだ。

 俺の曖昧な笑みをどう受け取ったのか。ジェフリーが急に険しい顔になってしまった。そのまま横目で、少し離れた位置にいるティアンを盗み見るジェフリー。

 ぎゅっと拳を握ったかと思えば、俺の方に一歩寄ってきた。肩がくっつくくらいに接近してきたジェフリーは、小声で「それってティアンさんですか?」と唐突に言った。

「うぇ!?」

 バッとジェフリーを見れば、彼が「やっぱり」と頷いた。

 いや違うよ? ティアンを好きになったから噴水に飽きたわけではない。けれどもジェフリーの中では、そういう結論になったらしい。どうしてなんだ。噴水とティアンの間には、なんの関係もないぞ。

「違うよ。それとこれとは関係ないよ?」
「じゃあティアンさんよりも好きなものができれば、ティアンさんには飽きてくれますか?」
「……う、ん?」

 一瞬、なにを言われたのかわからなかった。

 けれどもジェフリーの言葉の意味を理解した瞬間、これは俺を揶揄っているのだろうかとか、言っちゃダメな冗談もあるんだぞとか。とにかくそういったマイナスの感情が出てくる。

 でもジェフリーの泣きそうな顔を見た途端に、そういった後ろ向きな感情は全部吹っ飛んでしまった。

 ジェフリーは冗談を言っているわけじゃない。まして俺を揶揄うなんてするわけない。

 ちょっぴり唇を噛んで、悲しそうに眉を寄せるジェフリーは本気で言ってるんだと思う。いや本気というか。彼なりに真面目に出した結論なんだと思う。どうしてそういう考えに至ったのかはわからないけど。

「……僕の母も」

 ぼそっとそれだけを呟いたジェフリーは、悲しそうな表情で俯いてしまった。

 待って。なんでここで母親が出てくるんだ。
 ジェフリーの母は、病気で亡くなってしまった。それをきっかけにジェフリーは正式にアーキア公爵家に引き取られることになった。

 ジェフリーの母親は、公爵の愛人だったらしい。

 これは絶対に楽しい話ではない。そう思うが、ジェフリーを突き放すわけにもいかない。俺はこれまでずっとお気楽に生きてきたので、こういう真面目な話になると、なんて言ったらいいのかわからなくなる。

 まぁ俺も異世界からやってきて、しばらくユリスのふりをしていたという中々に衝撃の過去を持っているんだけど。

 しかしそれは俺自身の問題だったから、気楽に考えることができた。けれども自分以外の人が悩んでいるとなれば、そう簡単に「どうにかなるよ」とも言えない。

 だってジェフリーは繊細だ。俺なんかよりもずっと繊細だと思う。こんな繊細なジェフリーに、ちょっぴりガサツな俺がアドバイスしてもろくなことにならない。

 うんうん悩んでいると、ジェフリーが俺を見た。もうすっかり目線は同じ位置。ちょっと前まで小さいお子様だったのに。

「父はたぶん母のことを好きだったんだと思います。でも父は僕の母よりも、大事な人がいたから。母のことなんて忘れてしまったんです」

 忘れたわけじゃないと思うよ。

 現に公爵は、ジェフリーの母親が病気になった際に迎えに来たじゃないか。母親の治療中も、公爵はジェフリーのことを公爵家に置いていた。もちろんそこには公爵家の跡継ぎがデニスしかいない状況に不安を抱えていたとか打算的な考えもあったんだろう。

 でもジェフリーの母親のことを完全に忘れていたわけじゃなかったと思うよ。公爵にも事情があって、表立ってジェフリーの母親に会えなかっただけかもよ。

 そんなことを頭の中でぐるぐる考えるけど、でも結局は浮気した公爵が全面的に悪いわけで。それに公爵の事情なんてジェフリーの知ったことじゃないわけで。

 あれこれ考えるけど、それをジェフリーに伝えることができない。ジェフリーは何も悪くないし、ジェフリーが公爵を恨むのは当然だし、そこへ俺が公爵の味方をするような発言をするのもおかしい。

 俺は別に公爵を庇いたいわけじゃなくて、ジェフリーは捨てられたわけじゃないよ、忘れられたわけじゃないよって伝えたいだけなんだけど。それをうまく伝えられる気がしない。

 結果、黙ったまま話を聞くことしかできない俺は、相当に情けない。

「僕は、ルイス様が僕のこと好きになってくれたらいいなって思います。でもそうしたらルイス様はティアンさんのこと捨てますか?」
「……捨てないよ」

 小声で会話する俺たちは、そっと肩を寄せ合う。
 広場はそれなりに賑やかだ。大丈夫。たぶん誰にも聞かれていない。

「僕はルイス様と付き合いたいけど、でもそうするとティアンさんが。なんて言ったらいいのかわかんないんですけど」
「うん」
「ルイス様には、ティアンさんのこと捨ててほしくなくて」
「うん」
「でもやっぱりティアンさんとは別れてほしいって気持ちもあって」

 グッと眉間に皺を寄せるジェフリーは、涙を堪えているようにも見えてしまう。

「僕、我儘ですみません。なに言ってるかわからないですよね?」

 急に距離を取ったジェフリーが、目元を覆う。

「我儘だなんて思わないよ。ジェフリーは優しいね」

 そっと隣に並んで、泣かないでと肩を叩く。
 異変に気がついたティアンが「どうしました?」と寄ってくる。

 ジェフリーが泣いていることに気がついて、ティアンがちょっと慌てた。

「これは、目にゴミが入っただけです!」

 ティアンに向けてそう叫ぶジェフリーは、ティアンから逃げるように俺の背中に隠れてしまった。
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