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12歳
294 静かな夜
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夜中に目が覚めてしまった。
外を確認するまでもなく、起床時間には程遠いとわかる。ベッドの上でうーんと唸るが、眠れそうにない。しばらく寝返りを打ったり、意味もなく転がったり。頑張って寝ようとするが、ダメだ。頑張れば頑張るほど、眠気が遠ざかっていくような気がする。
隣で白猫がすやすや寝ていることを確認して、そろそろとベッドから抜け出す。
しんと静まり返った屋敷に、なんだか心細くなってしまい明かりのある廊下へと出る。このままユリスのベッドに潜り込もうと考えて、ぴたりと足を止めた。
そういえば、あいつ居ないんだった。今頃、デニスと楽しくお泊まりしているのだ。ユリスの部屋を訪れても、誰も居ない。
「……」
きょろきょろと、誰もいない廊下を見まわす。部屋を出てきたはいいが、行き場がない。タイラーもいないしな。
不自然なくらいに静まり返った空間には、俺の足音だけが響く。
なんだか急に怖くなった。
背後に気配を感じた気がして、勢いよく振り返るが、当然ながら誰もいない。風に揺れる窓の音に、ビクッと肩が跳ねる。見慣れたはずの屋敷が、なんだか突然、別物みたいに思えてしまう。
慌てて部屋に引き返して、急いでベッドに潜り込む。寝ていた猫を引き寄せて、腕の中に抱き締める。にゃあと小さく鳴いたが、気にせずぎゅっとしておく。強く目を瞑って、ひたすら襲ってくる恐怖をやり過ごす。いつもはなんとも思わないのに、突然広い部屋が恐ろしく感じてしまう。今は暗いから尚更だ。
ばくばくと、心臓が嫌な音を立てる。
なんかおばけがでそう。おばけとか見たことないけど。
こんな時に限って、ブルース兄様がいない。仮におばけが出てきたとして、一体どうすればいいんだっけ? 塩を撒くんだっけ? 塩なんて、この部屋にはないけどな。てか、異世界のおばけに塩って効果があるのだろうか。塩がいいのは幽霊だっけ? 幽霊とおばけの違いってなに。
おそるおそる目を開けてみる。先程までは気にならなかったカーテンの隙間が、とても怖い。あの隙間から誰かが覗いていたらどうしよう。
てか、このベッドの下におばけが潜んでいたらどうしよう。ピシッと石のように固まる俺の足元から、突然白い手が出現して足を掴まれたらどうしよう。
頭の中で、今後起こりそうなびっくり展開を予想してみるが、対処法は思いつかない。次々に浮かんでくる怖い映像を追い払おうと、白猫の毛に顔を埋める。
「猫」
エリスちゃんに声をかけるが、むにゃむにゃしている。
「猫。なんで喋んないの」
こんな時、黒猫ユリスだったらお喋りしてくれるのに。なんでエリスちゃんは、喋らないんだろう。
しかし、猫に文句を言っても仕方がない。
ひとりでいることに耐えられなくなった俺は、意を決して再びベッドをおりた。
ぎしっと軋むベッドに、思わず息を詰める。
「猫、行くぞ」
とりあえず、猫を放置しておくわけにはいかない。猫がおばけに襲われたら大変である。
白猫をぎゅっと抱きしめて、廊下に出る。明かりがあるだけマシだが、先の長い空間にひとりきりは、それはそれで怖い。
どうしよう。どこへ行けばいいんだろう。ユリスもブルース兄様もいない。
ジャンとオーガス兄様は、あんまり頼りにならない。あのふたり、おばけが出てもあっさり負けてしまいそうである。ニックは俺に冷たいしな。
セドリックの部屋は、どこかわからない。多分だけど、ここではなく騎士棟にありそうな気がする。屋敷の中で、あんまり姿を見かけないから。だが流石に、この暗闇の中ひとりで外へ出る勇気はない。
迷った結果、俺はロニーの部屋の前で立ち止まる。
どうしよう。呼んだら出てきてくれるかな。でもご迷惑かな。これがアロンなら、遠慮なく叩き起こせるというのに。
決断できないまま、ロニーの部屋の前をうろうろする。ロニーは優しいけど、優しいんだけど。なんかな。
たまにだけど、ロニーはわりとタイラーを雑に扱うことがある。ロニーの方が先輩だからだろうけど。そういうのを見ると、俺としてはちょっとどう反応していいのかわからなくなるのだ。気まずいというか。なんというか。
結局、最近ではロニーがタイラーに冷たいこと言っても、俺はあんまり触れないようにしている。見て見ぬふりとも言う。
そういう姿をたまに目撃してしまうから、ロニーの本心がわからない。俺に優しく接してくれているが、裏でどう思われているのかわからない。あり得ないとは思うけど、すんごい悪口言われてたらどうしよう。
こうしている間にも、おばけが出てきたらどうしよう。
ちらちらと後ろを確認するが、異常はない。躊躇する俺を急かすように、白猫がにゃあと鳴く。一旦猫を下ろして、覚悟を決める。
そろそろとノックのために、拳をドアに近付ける。でも直前になって、やっぱりやめようかなという気持ちになる。なんでこんなに悩まないといけないのだ。ロニーは諦めて、オーガス兄様のところへ突入しようか。それかジャンでもいいや。
踵を返そうとしたその時。
ガチャリと、小さな音と共にノブが動いて、驚きに息を呑む。咄嗟にしゃがみ込んで、猫を掴んでおく。
「……ルイス様?」
顔を出したロニーは、廊下で猫と一緒にしゃがみ込む俺を目にするなり、慌てた様子で出てきた。
「どうかしましたか?」
隣にしゃがんで、優しい手付きで背中をさすってくれるロニーは、髪を下ろしていた。結んでいない姿は、初めて見た。
いつもの騎士服ではなく、おそらく寝間着であろうラフな服装である。珍しくてじっと眺めていれば、ロニーは俺が押さえている猫に目をやって、首を傾げる。
「猫ちゃんが、どうかしましたか?」
「……猫が。猫が部屋から逃げたから。捕まえてたの」
咄嗟に嘘をつけば、ロニーが「あらら」と目を瞬く。でも、意味のない嘘をついてしまったことをすぐに後悔して、「やっぱり嘘」と顔を伏せる。
「あの、誰もいないから。ちょっと寂しくなっちゃった」
おばけが怖いということは、黙っておこう。これは絶対に知られてはいけない。俺の名誉のために。十二歳にもなって、おばけにビビっているなんて。ロニーは笑わないだろうけど、万が一、ユリスやアロンの耳に入ったら揶揄われること間違いなしだ。
大丈夫ですよ、とロニーが優しく笑ってくれる。その顔を見て、ホッと安心する。
「お部屋に戻りましょうか」
「うん」
猫を抱えて立ち上がる。部屋に戻ると、ロニーがベッドを整えてくれる。先程、眠れない俺が散々転がりまわったからシーツがぐちゃぐちゃだった。
「ロニー、一緒に寝よう」
「え?」
動きを止めるロニーを見て、まずかったかなと思い直す。多分だけど、ロニーが俺に優しいのは、それが仕事だからだ。夜中まで相手をさせたら、ロニーは内心で嫌だと思うかもしれない。
こういう時、ロニーは難しいなと思う。
タイラーだったら、ダメなことはダメと言うし、嫌なことは嫌と突っぱねる。でもロニーは、そういうことをあんまり表に出さないから、ちょっとわかりにくい。
「やっぱりいいや。猫と寝るから大丈夫」
ぎゅっともふもふに顔を埋めれば、ロニーが俺から遠ざかる気配を感じた。そのことに、少しショックを感じていれば、「ルイス様」と柔らかな声が聞こえてきて、おずおずと顔を上げる。
「実は、私も眠れなかったんです。一緒にお茶でもしましょうか」
「……うん」
こくこく頷く俺に、ロニーは悪戯っぽく口元に人差し指を置いてみせた。
「みんなには内緒ですよ?」
緩く口止めしてくるのが無性に嬉しくて。俺は、拠り所のように抱えていた猫を、そっとベッドに戻した。
外を確認するまでもなく、起床時間には程遠いとわかる。ベッドの上でうーんと唸るが、眠れそうにない。しばらく寝返りを打ったり、意味もなく転がったり。頑張って寝ようとするが、ダメだ。頑張れば頑張るほど、眠気が遠ざかっていくような気がする。
隣で白猫がすやすや寝ていることを確認して、そろそろとベッドから抜け出す。
しんと静まり返った屋敷に、なんだか心細くなってしまい明かりのある廊下へと出る。このままユリスのベッドに潜り込もうと考えて、ぴたりと足を止めた。
そういえば、あいつ居ないんだった。今頃、デニスと楽しくお泊まりしているのだ。ユリスの部屋を訪れても、誰も居ない。
「……」
きょろきょろと、誰もいない廊下を見まわす。部屋を出てきたはいいが、行き場がない。タイラーもいないしな。
不自然なくらいに静まり返った空間には、俺の足音だけが響く。
なんだか急に怖くなった。
背後に気配を感じた気がして、勢いよく振り返るが、当然ながら誰もいない。風に揺れる窓の音に、ビクッと肩が跳ねる。見慣れたはずの屋敷が、なんだか突然、別物みたいに思えてしまう。
慌てて部屋に引き返して、急いでベッドに潜り込む。寝ていた猫を引き寄せて、腕の中に抱き締める。にゃあと小さく鳴いたが、気にせずぎゅっとしておく。強く目を瞑って、ひたすら襲ってくる恐怖をやり過ごす。いつもはなんとも思わないのに、突然広い部屋が恐ろしく感じてしまう。今は暗いから尚更だ。
ばくばくと、心臓が嫌な音を立てる。
なんかおばけがでそう。おばけとか見たことないけど。
こんな時に限って、ブルース兄様がいない。仮におばけが出てきたとして、一体どうすればいいんだっけ? 塩を撒くんだっけ? 塩なんて、この部屋にはないけどな。てか、異世界のおばけに塩って効果があるのだろうか。塩がいいのは幽霊だっけ? 幽霊とおばけの違いってなに。
おそるおそる目を開けてみる。先程までは気にならなかったカーテンの隙間が、とても怖い。あの隙間から誰かが覗いていたらどうしよう。
てか、このベッドの下におばけが潜んでいたらどうしよう。ピシッと石のように固まる俺の足元から、突然白い手が出現して足を掴まれたらどうしよう。
頭の中で、今後起こりそうなびっくり展開を予想してみるが、対処法は思いつかない。次々に浮かんでくる怖い映像を追い払おうと、白猫の毛に顔を埋める。
「猫」
エリスちゃんに声をかけるが、むにゃむにゃしている。
「猫。なんで喋んないの」
こんな時、黒猫ユリスだったらお喋りしてくれるのに。なんでエリスちゃんは、喋らないんだろう。
しかし、猫に文句を言っても仕方がない。
ひとりでいることに耐えられなくなった俺は、意を決して再びベッドをおりた。
ぎしっと軋むベッドに、思わず息を詰める。
「猫、行くぞ」
とりあえず、猫を放置しておくわけにはいかない。猫がおばけに襲われたら大変である。
白猫をぎゅっと抱きしめて、廊下に出る。明かりがあるだけマシだが、先の長い空間にひとりきりは、それはそれで怖い。
どうしよう。どこへ行けばいいんだろう。ユリスもブルース兄様もいない。
ジャンとオーガス兄様は、あんまり頼りにならない。あのふたり、おばけが出てもあっさり負けてしまいそうである。ニックは俺に冷たいしな。
セドリックの部屋は、どこかわからない。多分だけど、ここではなく騎士棟にありそうな気がする。屋敷の中で、あんまり姿を見かけないから。だが流石に、この暗闇の中ひとりで外へ出る勇気はない。
迷った結果、俺はロニーの部屋の前で立ち止まる。
どうしよう。呼んだら出てきてくれるかな。でもご迷惑かな。これがアロンなら、遠慮なく叩き起こせるというのに。
決断できないまま、ロニーの部屋の前をうろうろする。ロニーは優しいけど、優しいんだけど。なんかな。
たまにだけど、ロニーはわりとタイラーを雑に扱うことがある。ロニーの方が先輩だからだろうけど。そういうのを見ると、俺としてはちょっとどう反応していいのかわからなくなるのだ。気まずいというか。なんというか。
結局、最近ではロニーがタイラーに冷たいこと言っても、俺はあんまり触れないようにしている。見て見ぬふりとも言う。
そういう姿をたまに目撃してしまうから、ロニーの本心がわからない。俺に優しく接してくれているが、裏でどう思われているのかわからない。あり得ないとは思うけど、すんごい悪口言われてたらどうしよう。
こうしている間にも、おばけが出てきたらどうしよう。
ちらちらと後ろを確認するが、異常はない。躊躇する俺を急かすように、白猫がにゃあと鳴く。一旦猫を下ろして、覚悟を決める。
そろそろとノックのために、拳をドアに近付ける。でも直前になって、やっぱりやめようかなという気持ちになる。なんでこんなに悩まないといけないのだ。ロニーは諦めて、オーガス兄様のところへ突入しようか。それかジャンでもいいや。
踵を返そうとしたその時。
ガチャリと、小さな音と共にノブが動いて、驚きに息を呑む。咄嗟にしゃがみ込んで、猫を掴んでおく。
「……ルイス様?」
顔を出したロニーは、廊下で猫と一緒にしゃがみ込む俺を目にするなり、慌てた様子で出てきた。
「どうかしましたか?」
隣にしゃがんで、優しい手付きで背中をさすってくれるロニーは、髪を下ろしていた。結んでいない姿は、初めて見た。
いつもの騎士服ではなく、おそらく寝間着であろうラフな服装である。珍しくてじっと眺めていれば、ロニーは俺が押さえている猫に目をやって、首を傾げる。
「猫ちゃんが、どうかしましたか?」
「……猫が。猫が部屋から逃げたから。捕まえてたの」
咄嗟に嘘をつけば、ロニーが「あらら」と目を瞬く。でも、意味のない嘘をついてしまったことをすぐに後悔して、「やっぱり嘘」と顔を伏せる。
「あの、誰もいないから。ちょっと寂しくなっちゃった」
おばけが怖いということは、黙っておこう。これは絶対に知られてはいけない。俺の名誉のために。十二歳にもなって、おばけにビビっているなんて。ロニーは笑わないだろうけど、万が一、ユリスやアロンの耳に入ったら揶揄われること間違いなしだ。
大丈夫ですよ、とロニーが優しく笑ってくれる。その顔を見て、ホッと安心する。
「お部屋に戻りましょうか」
「うん」
猫を抱えて立ち上がる。部屋に戻ると、ロニーがベッドを整えてくれる。先程、眠れない俺が散々転がりまわったからシーツがぐちゃぐちゃだった。
「ロニー、一緒に寝よう」
「え?」
動きを止めるロニーを見て、まずかったかなと思い直す。多分だけど、ロニーが俺に優しいのは、それが仕事だからだ。夜中まで相手をさせたら、ロニーは内心で嫌だと思うかもしれない。
こういう時、ロニーは難しいなと思う。
タイラーだったら、ダメなことはダメと言うし、嫌なことは嫌と突っぱねる。でもロニーは、そういうことをあんまり表に出さないから、ちょっとわかりにくい。
「やっぱりいいや。猫と寝るから大丈夫」
ぎゅっともふもふに顔を埋めれば、ロニーが俺から遠ざかる気配を感じた。そのことに、少しショックを感じていれば、「ルイス様」と柔らかな声が聞こえてきて、おずおずと顔を上げる。
「実は、私も眠れなかったんです。一緒にお茶でもしましょうか」
「……うん」
こくこく頷く俺に、ロニーは悪戯っぽく口元に人差し指を置いてみせた。
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