嫌われ令息に成り代わった俺、なぜか過保護に愛でられています

岩永みやび

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16歳

604 馬鹿

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 なにも説明せずとも、伯爵はすべてを察したらしい。けれどもこの展開は伯爵にとっても予想外だったらしく「一体どこに行ったんだか」と困ったように小首を傾げていた。

「どうも思い通りになりませんね」

 そう言って肩をすくめる伯爵は、気の済むまでここにいていいと言ってくれた。そのうちアロンがふらっと戻ってくるかもしれないし。

 だが、来るかもわからないアロンをずっと待ち続けるわけにもいかない。とりあえず今日は当初の予定通りに泊まることになりそうだが、明日はもう帰ろうと思っている。だってアロンがいないのに長居する理由はない。気まずそうに俺と伯爵を見比べるアリアのことをこれ以上困らせるわけにもいかないし。

 思えばどうしてこんなに苦労しなければならないのか。

 伯爵との取引がきっかけでアロンを振ったのは悪かったと思う。だってあれがなければ、俺はアロンを振ろうなんて思わなかったはずだから。でもあれは単なるきっかけだと思う。アロンを長年縛りつけていたという自覚はある。だから今回はいい機会だったのだ。

 だがアロンにとってはそうじゃなかった。

「あのクソ兄貴のことは忘れましょう! ルイス様に振られたからって失踪するとか。単なる馬鹿ですよ! ルイス様が気にする必要はないです」

 俺の背中をしきりにさすってくれるアリアは、なんだか責任を感じていそうな雰囲気だ。アリアが責任を感じる必要はない。アリアだって兄のアロンに振り回されて苦労している側だ。

「どんだけ好き勝手にやってるんだか」

 呆れたように吐き捨てるアリアは、この場にはいないアロンの悪口を並べ立てる。すらすら出てくる文句に、少しだけ笑みのようなものを浮かべれば、アリアが露骨に安堵の表情をみせた。

「大丈夫ですよ、ルイス様。そのうち失踪するのにも飽きてふらっと戻ってきますよ!」

 力強い言葉に、涙を拭って頷いておく。
 アロンは自分勝手だ。おそらくアリアの言う通り。俺のいないところで勝手に納得して、勝手に帰ってくるはずだ。

「そうだね。そのうち戻ってくるよね」

 むしろ探せば探すほど遠くに行ってしまいそうな気がする。

 ようやく肩の力を抜いた俺は、深く息を吐き出した。

「今日泊まってもいい?」
「もちろん」

 一応伯爵に確認すれば、にこやかに許可してくれた。馬車を降りるなり走ってきたので、みんなと離れてしまった。ティアンのところに戻ろうと踵を返せば、伯爵に「ルイス様」と呼び止められた。

「ありがとうございます」

 さらりとかけられた言葉に、頷きを返しておいた。おそらく取引の件を言っている。これでブランシェに迷惑をかけることはない。

 外に戻れば、馬車の付近で待機するみんながいた。伯爵の許可がないので、勝手に屋敷内に入るわけにもいかなかったのだろう。

「泊まってもいいってよ」

 ね? とアリアにも確認すれば、伯爵家の使用人さんたちが部屋を用意するために慌ただしく駆けまわる。突然押しかけて、迷惑をかけてしまった。

「アロン殿は?」

 ティアンの問いかけに、動きを止める。ジャンも心配そうに眉尻を下げてこちらを見ている。

「いなかった! 無駄足になっちゃったね」

 笑顔を浮かべてから明るく答えれば、ティアンが「そうですか」と静かに唇を引き結んだ。その複雑そうな顔に気が付かないふりをして「困ったね」と笑っておく。

『いなかったのぉ? せっかく来たのにねぇ』

 のんびり呟く綿毛ちゃんは、『でもたまには遠出も楽しいね』とお気楽なことを言う。綿毛ちゃんを抱っこして「そうだね」と笑っておく。

「明日帰ってもいい? あんまり長居すると兄様たちも心配するだろうから」

 いいですよ、と応じるティアンは同行していた騎士たちに帰りは明日だと告げている。遠ざかるティアンの背中をぼんやり眺めて、その場に立ち尽くす。

 ぼけっとしていれば「ルイス様」と優しく声をかけられた。見ればロニーが俺の荷物を片手に微笑んでいる。そのいつもの優しい笑顔を見た瞬間、再び涙が滲んできて慌てて目元を拭った。

 こちらに寄ってくるロニーの袖をぎゅっと握る。ちょっと驚いたような顔をしたロニーであるが、振り払うことはしない。

「……アロン、いなかった」

 ぽつりとこぼせば、ロニーは小さく頷いた。

「俺のせいだよね。どこ行っちゃったんだろ」

 小声でぼそぼそ呟く俺に、ロニーが「ルイス様のせいではありませんよ」と真剣な声色で腰を屈めた。

「そもそもこれはアロン殿の問題です。ルイス様はご自分の素直な気持ちを伝えただけです。ルイス様の気持ちを知りたいと願っていたのはアロン殿ですよ」

 柔らかい語り口とは裏腹に、ちょっと怒ったような表情を見せるロニーが新鮮でついぽかんとしてしまう。

 俺の不躾な視線に気がついたロニーが「申し訳ありません」とばつの悪い顔で俯いた。

 それきり口を閉ざすロニーだが、俺を心配していることがわかる。綿毛ちゃんを抱きしめて、ロニーを見上げる。なんだかロニーの顔を見ていたら気持ちが落ち着いた。

「ありがとね、ロニー」
「いえ、私はなにも」

 柔和な笑みを浮かべるロニーの袖を引いて、「行こう」と屋敷に向かって足を進めた。
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