嫌われ令息に成り代わった俺、なぜか過保護に愛でられています

岩永みやび

文字の大きさ
707 / 873
17歳

閑話33 毛玉誘拐事件(前編)

しおりを挟む
 これは、とある日の午後に起きた出来事である。

 照りつける太陽により気温の上がったこの日。あまりの暑さに窓のない階段踊り場にて倒れていた俺は、ティアンの呆れたような声で叩き起こされた。まだ寝転んでからそんなに時間経ってないけど?

「なにしてるんですか!」
「床がひんやりしてて気持ちいい」
「暑いなら部屋に戻ればいいでしょ」

 腰に手を当てて、べたっと倒れる俺を見下ろすティアンは、なんだか偉そうである。部屋に戻っても暑いものは暑い。窓がなくてちょっぴり薄暗い階段が一番涼しいと思う。それか物置の中。いやでも物置は風が通らないから暑いかもしれない。

 先程まで花壇を物色していたブルース兄様の周りをぐるぐるしていたのだ。すごく疲れた。なんで俺がブルース兄様の趣味に付き合わなければならないのか。いや、付き合ってほしいなんて頼まれてはないんだけど。むしろ「邪魔だ」と少々苛立ったように注意された。

 そんなこんなで太陽の下を駆け回っていた俺は、暑さにやられたというわけである。普段は夏とはいえ、そんなに暑くないんだけどな。現代日本に比べると大分涼しいと思う。しかし今日はやたら暑い。

「庭を走り回ったりするからですよ」
「朝はちょっと涼しかったもん」

 いけると思っちゃったのだ。
 仕方がない。こうなったら水浴びでもするか。暑くてなんもやる気出ない。どうせならユリスも誘ってやろうと体を起こした俺であったが、ティアンが不思議そうに首を傾げる。

「ユリス様は水浴びなんてしないんじゃないですか?」
「でも誘わないと後で面倒だから」
「あぁ、なるほど」

 ユリスはすごく面倒なお子様である。絶対にユリスが参加しないであろうことでも、誘わないと途端に不機嫌になるのだ。「なんで僕を誘わない」と、わざわざ俺の部屋まで文句を言いにくる。そのくせ誘ったとしても「僕はいい」と呆気なくお断りしてくる。すごく面倒。

 やれやれと階段をおり、ユリスの部屋を訪れる。

 窓を全開にして椅子に座ったユリスは、珍しくブラウスの一番上のボタンを開けていた。どうやらこの暑さにユリスも参っているらしい。だよね。俺も切実にエアコン欲しい。エアコンなんてこの世界にはないけど。

 は、待てよ。もしや俺がエアコンを作れば、なんかすごく儲かるのでは?

 唐突にピンときたものの、エアコンの作り方なんて知らない。仕組みもまったくわからない。ダメだ。異世界に来て、はや七年。今更前世の知識でチートやる系に方向転換は難しい。ちくしょう、前世の俺! エアコンの作り方くらい調べておけよ!

 つらい現実に、思わずため息がこぼれてしまう。

「暑いな」

 俺のため息を、この暑さにうんざりしたためと解釈したユリス。こくこく頷いておけば、「暑いから出て行け」と酷いことを言われた。

「俺は水浴びするけど。ユリスは?」
「僕はいい」

 予想通りの言葉が返ってきて、思わずティアンを振り返り笑ってしまう。「なにを笑っているんだ」とユリスが怪訝な顔をするが、説明するとまた文句を言われそうなので笑って誤魔化しておく。

「じゃあ綿毛ちゃん持って噴水行こうね」
「綿毛ちゃんは昼寝してるのでは?」

 いつもこの時間、綿毛ちゃんはうとうとしている。しかし今日は暑い。毛だらけの綿毛ちゃんは相当暑いに違いない。噴水に浸せば、涼しくなると思う。濡れたら細くなるのは気に入らないけど。

 ティアンを引き連れて、部屋に戻る。こんなときでも騎士服をきっちり着込んだティアンは見るからに暑そう。「暑くないの?」と若干引き気味に尋ねれば「暑いですよ!」と怒ったような声が返ってきた。なに怒ってんだよ。せめて上着を脱げよ。

 俺の引きまくった態度に、ティアンも思うところがあったのだろう。あっさり上着を脱いだ彼は、ついでに腕まくりをする。その光景に、俺はドン引きした。

 なんでこのクソ暑い中、こいつ長袖着てんの? おまけに上着まで羽織っていた。馬鹿なの?

 うちには決まった騎士服が存在しているけど、みんな割と適当に来ている。公の場では流石に正装するけど、夏場はみんな上着なんて着ない。真面目なセドリックやグリシャも、こういう暑い日には半袖シャツ一枚でいることが多い。

 ……いや、アロンは割と上着まできっちり着ているな。

 中身クソなのに、アロンはとにかく外見だけは完璧なのだ。あの外面に騙される人も多いと思う。一見すると単なる優しい騎士のお兄さんにしか見えない。中身とんだクソ野郎なのに。

「着替えてきたら?」

 正直、隣に長袖でいられるとこっちまで暑苦しい気分になる。俺の提案に、ティアンはあっさり頷いた。

「朝は涼しかったんですよ」
「わかったわかった」

 先程の俺と同じセリフを吐くティアンは、ようするに朝の時点では長袖でいけると判断したらしい。まぁ、わかるよ。ティアンは早起きだからね。早朝は涼しかったのだろう。だからって夏場に長袖はちょっと。

 早足で自室に引っ込むティアンと別れて、俺も自分の部屋に戻る。そうして綿毛ちゃんに噴水行こうと声をかけようとしたそのとき。

 事件は発覚した。

 床に散らばった食べかけのクッキー。部屋の隅で丸くなるエリスちゃん。大きく開け放たれた窓。そして、姿の見えない綿毛ちゃん。

「……毛玉が消えた」

 俺が部屋を出る前に、『お昼ご飯足りた? オレの分なんか少なかったかもしれない』と、うるさい綿毛ちゃんにクッキーを与えたのだ。『わーい。ありがとう』とにこにこしながらクッキーを食べる綿毛ちゃんの後ろ姿を覚えている。

 俺はその後すぐに部屋を出て階段に涼みに行ったので、その後の毛玉の動向は知らない。しかしあの食いしん坊で早食いの毛玉が、クッキーを食べ残すなんてあり得ない。

 これは、あれだ。

 毛玉が何者かに誘拐された。そうに違いない。
しおりを挟む
感想 708

あなたにおすすめの小説

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!

迷路を跳ぶ狐
BL
 社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。  だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。  それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。  けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。  一体なんの話だよ!!  否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。  ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。  寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……  全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。  食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていた矢先、森の中で王都の魔法使いが襲われているのを見つけてしまう。 *残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

「婚約を破棄する!」から始まる話は大抵名作だと聞いたので書いてみたら現実に婚約破棄されたんだが

ivy
BL
俺の名前はユビイ・ウォーク 王弟殿下の許嫁として城に住む伯爵家の次男だ。 余談だが趣味で小説を書いている。 そんな俺に友人のセインが「皇太子的な人があざとい美人を片手で抱き寄せながら主人公を指差してお前との婚約は解消だ!から始まる小説は大抵面白い」と言うものだから書き始めて見たらなんとそれが現実になって婚約破棄されたんだが? 全8話完結

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。