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17歳
閑話33 毛玉誘拐事件(前編)
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これは、とある日の午後に起きた出来事である。
照りつける太陽により気温の上がったこの日。あまりの暑さに窓のない階段踊り場にて倒れていた俺は、ティアンの呆れたような声で叩き起こされた。まだ寝転んでからそんなに時間経ってないけど?
「なにしてるんですか!」
「床がひんやりしてて気持ちいい」
「暑いなら部屋に戻ればいいでしょ」
腰に手を当てて、べたっと倒れる俺を見下ろすティアンは、なんだか偉そうである。部屋に戻っても暑いものは暑い。窓がなくてちょっぴり薄暗い階段が一番涼しいと思う。それか物置の中。いやでも物置は風が通らないから暑いかもしれない。
先程まで花壇を物色していたブルース兄様の周りをぐるぐるしていたのだ。すごく疲れた。なんで俺がブルース兄様の趣味に付き合わなければならないのか。いや、付き合ってほしいなんて頼まれてはないんだけど。むしろ「邪魔だ」と少々苛立ったように注意された。
そんなこんなで太陽の下を駆け回っていた俺は、暑さにやられたというわけである。普段は夏とはいえ、そんなに暑くないんだけどな。現代日本に比べると大分涼しいと思う。しかし今日はやたら暑い。
「庭を走り回ったりするからですよ」
「朝はちょっと涼しかったもん」
いけると思っちゃったのだ。
仕方がない。こうなったら水浴びでもするか。暑くてなんもやる気出ない。どうせならユリスも誘ってやろうと体を起こした俺であったが、ティアンが不思議そうに首を傾げる。
「ユリス様は水浴びなんてしないんじゃないですか?」
「でも誘わないと後で面倒だから」
「あぁ、なるほど」
ユリスはすごく面倒なお子様である。絶対にユリスが参加しないであろうことでも、誘わないと途端に不機嫌になるのだ。「なんで僕を誘わない」と、わざわざ俺の部屋まで文句を言いにくる。そのくせ誘ったとしても「僕はいい」と呆気なくお断りしてくる。すごく面倒。
やれやれと階段をおり、ユリスの部屋を訪れる。
窓を全開にして椅子に座ったユリスは、珍しくブラウスの一番上のボタンを開けていた。どうやらこの暑さにユリスも参っているらしい。だよね。俺も切実にエアコン欲しい。エアコンなんてこの世界にはないけど。
は、待てよ。もしや俺がエアコンを作れば、なんかすごく儲かるのでは?
唐突にピンときたものの、エアコンの作り方なんて知らない。仕組みもまったくわからない。ダメだ。異世界に来て、はや七年。今更前世の知識でチートやる系に方向転換は難しい。ちくしょう、前世の俺! エアコンの作り方くらい調べておけよ!
つらい現実に、思わずため息がこぼれてしまう。
「暑いな」
俺のため息を、この暑さにうんざりしたためと解釈したユリス。こくこく頷いておけば、「暑いから出て行け」と酷いことを言われた。
「俺は水浴びするけど。ユリスは?」
「僕はいい」
予想通りの言葉が返ってきて、思わずティアンを振り返り笑ってしまう。「なにを笑っているんだ」とユリスが怪訝な顔をするが、説明するとまた文句を言われそうなので笑って誤魔化しておく。
「じゃあ綿毛ちゃん持って噴水行こうね」
「綿毛ちゃんは昼寝してるのでは?」
いつもこの時間、綿毛ちゃんはうとうとしている。しかし今日は暑い。毛だらけの綿毛ちゃんは相当暑いに違いない。噴水に浸せば、涼しくなると思う。濡れたら細くなるのは気に入らないけど。
ティアンを引き連れて、部屋に戻る。こんなときでも騎士服をきっちり着込んだティアンは見るからに暑そう。「暑くないの?」と若干引き気味に尋ねれば「暑いですよ!」と怒ったような声が返ってきた。なに怒ってんだよ。せめて上着を脱げよ。
俺の引きまくった態度に、ティアンも思うところがあったのだろう。あっさり上着を脱いだ彼は、ついでに腕まくりをする。その光景に、俺はドン引きした。
なんでこのクソ暑い中、こいつ長袖着てんの? おまけに上着まで羽織っていた。馬鹿なの?
うちには決まった騎士服が存在しているけど、みんな割と適当に来ている。公の場では流石に正装するけど、夏場はみんな上着なんて着ない。真面目なセドリックやグリシャも、こういう暑い日には半袖シャツ一枚でいることが多い。
……いや、アロンは割と上着まできっちり着ているな。
中身クソなのに、アロンはとにかく外見だけは完璧なのだ。あの外面に騙される人も多いと思う。一見すると単なる優しい騎士のお兄さんにしか見えない。中身とんだクソ野郎なのに。
「着替えてきたら?」
正直、隣に長袖でいられるとこっちまで暑苦しい気分になる。俺の提案に、ティアンはあっさり頷いた。
「朝は涼しかったんですよ」
「わかったわかった」
先程の俺と同じセリフを吐くティアンは、ようするに朝の時点では長袖でいけると判断したらしい。まぁ、わかるよ。ティアンは早起きだからね。早朝は涼しかったのだろう。だからって夏場に長袖はちょっと。
早足で自室に引っ込むティアンと別れて、俺も自分の部屋に戻る。そうして綿毛ちゃんに噴水行こうと声をかけようとしたそのとき。
事件は発覚した。
床に散らばった食べかけのクッキー。部屋の隅で丸くなるエリスちゃん。大きく開け放たれた窓。そして、姿の見えない綿毛ちゃん。
「……毛玉が消えた」
俺が部屋を出る前に、『お昼ご飯足りた? オレの分なんか少なかったかもしれない』と、うるさい綿毛ちゃんにクッキーを与えたのだ。『わーい。ありがとう』とにこにこしながらクッキーを食べる綿毛ちゃんの後ろ姿を覚えている。
俺はその後すぐに部屋を出て階段に涼みに行ったので、その後の毛玉の動向は知らない。しかしあの食いしん坊で早食いの毛玉が、クッキーを食べ残すなんてあり得ない。
これは、あれだ。
毛玉が何者かに誘拐された。そうに違いない。
照りつける太陽により気温の上がったこの日。あまりの暑さに窓のない階段踊り場にて倒れていた俺は、ティアンの呆れたような声で叩き起こされた。まだ寝転んでからそんなに時間経ってないけど?
「なにしてるんですか!」
「床がひんやりしてて気持ちいい」
「暑いなら部屋に戻ればいいでしょ」
腰に手を当てて、べたっと倒れる俺を見下ろすティアンは、なんだか偉そうである。部屋に戻っても暑いものは暑い。窓がなくてちょっぴり薄暗い階段が一番涼しいと思う。それか物置の中。いやでも物置は風が通らないから暑いかもしれない。
先程まで花壇を物色していたブルース兄様の周りをぐるぐるしていたのだ。すごく疲れた。なんで俺がブルース兄様の趣味に付き合わなければならないのか。いや、付き合ってほしいなんて頼まれてはないんだけど。むしろ「邪魔だ」と少々苛立ったように注意された。
そんなこんなで太陽の下を駆け回っていた俺は、暑さにやられたというわけである。普段は夏とはいえ、そんなに暑くないんだけどな。現代日本に比べると大分涼しいと思う。しかし今日はやたら暑い。
「庭を走り回ったりするからですよ」
「朝はちょっと涼しかったもん」
いけると思っちゃったのだ。
仕方がない。こうなったら水浴びでもするか。暑くてなんもやる気出ない。どうせならユリスも誘ってやろうと体を起こした俺であったが、ティアンが不思議そうに首を傾げる。
「ユリス様は水浴びなんてしないんじゃないですか?」
「でも誘わないと後で面倒だから」
「あぁ、なるほど」
ユリスはすごく面倒なお子様である。絶対にユリスが参加しないであろうことでも、誘わないと途端に不機嫌になるのだ。「なんで僕を誘わない」と、わざわざ俺の部屋まで文句を言いにくる。そのくせ誘ったとしても「僕はいい」と呆気なくお断りしてくる。すごく面倒。
やれやれと階段をおり、ユリスの部屋を訪れる。
窓を全開にして椅子に座ったユリスは、珍しくブラウスの一番上のボタンを開けていた。どうやらこの暑さにユリスも参っているらしい。だよね。俺も切実にエアコン欲しい。エアコンなんてこの世界にはないけど。
は、待てよ。もしや俺がエアコンを作れば、なんかすごく儲かるのでは?
唐突にピンときたものの、エアコンの作り方なんて知らない。仕組みもまったくわからない。ダメだ。異世界に来て、はや七年。今更前世の知識でチートやる系に方向転換は難しい。ちくしょう、前世の俺! エアコンの作り方くらい調べておけよ!
つらい現実に、思わずため息がこぼれてしまう。
「暑いな」
俺のため息を、この暑さにうんざりしたためと解釈したユリス。こくこく頷いておけば、「暑いから出て行け」と酷いことを言われた。
「俺は水浴びするけど。ユリスは?」
「僕はいい」
予想通りの言葉が返ってきて、思わずティアンを振り返り笑ってしまう。「なにを笑っているんだ」とユリスが怪訝な顔をするが、説明するとまた文句を言われそうなので笑って誤魔化しておく。
「じゃあ綿毛ちゃん持って噴水行こうね」
「綿毛ちゃんは昼寝してるのでは?」
いつもこの時間、綿毛ちゃんはうとうとしている。しかし今日は暑い。毛だらけの綿毛ちゃんは相当暑いに違いない。噴水に浸せば、涼しくなると思う。濡れたら細くなるのは気に入らないけど。
ティアンを引き連れて、部屋に戻る。こんなときでも騎士服をきっちり着込んだティアンは見るからに暑そう。「暑くないの?」と若干引き気味に尋ねれば「暑いですよ!」と怒ったような声が返ってきた。なに怒ってんだよ。せめて上着を脱げよ。
俺の引きまくった態度に、ティアンも思うところがあったのだろう。あっさり上着を脱いだ彼は、ついでに腕まくりをする。その光景に、俺はドン引きした。
なんでこのクソ暑い中、こいつ長袖着てんの? おまけに上着まで羽織っていた。馬鹿なの?
うちには決まった騎士服が存在しているけど、みんな割と適当に来ている。公の場では流石に正装するけど、夏場はみんな上着なんて着ない。真面目なセドリックやグリシャも、こういう暑い日には半袖シャツ一枚でいることが多い。
……いや、アロンは割と上着まできっちり着ているな。
中身クソなのに、アロンはとにかく外見だけは完璧なのだ。あの外面に騙される人も多いと思う。一見すると単なる優しい騎士のお兄さんにしか見えない。中身とんだクソ野郎なのに。
「着替えてきたら?」
正直、隣に長袖でいられるとこっちまで暑苦しい気分になる。俺の提案に、ティアンはあっさり頷いた。
「朝は涼しかったんですよ」
「わかったわかった」
先程の俺と同じセリフを吐くティアンは、ようするに朝の時点では長袖でいけると判断したらしい。まぁ、わかるよ。ティアンは早起きだからね。早朝は涼しかったのだろう。だからって夏場に長袖はちょっと。
早足で自室に引っ込むティアンと別れて、俺も自分の部屋に戻る。そうして綿毛ちゃんに噴水行こうと声をかけようとしたそのとき。
事件は発覚した。
床に散らばった食べかけのクッキー。部屋の隅で丸くなるエリスちゃん。大きく開け放たれた窓。そして、姿の見えない綿毛ちゃん。
「……毛玉が消えた」
俺が部屋を出る前に、『お昼ご飯足りた? オレの分なんか少なかったかもしれない』と、うるさい綿毛ちゃんにクッキーを与えたのだ。『わーい。ありがとう』とにこにこしながらクッキーを食べる綿毛ちゃんの後ろ姿を覚えている。
俺はその後すぐに部屋を出て階段に涼みに行ったので、その後の毛玉の動向は知らない。しかしあの食いしん坊で早食いの毛玉が、クッキーを食べ残すなんてあり得ない。
これは、あれだ。
毛玉が何者かに誘拐された。そうに違いない。
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