クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました

岩永みやび

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『よし。この中から食べられる草を探せ』
「……はぁ」

 朝食後、のろのろやってきたロッドを『遅い!』と一喝してから外に出る。待ちに待った散歩である。片付けするというフロイドは付いてこなかったが「くれぐれもウィル様から目を離さないでくださいよ」とロッドに怖い顔で念押ししていた。「任せてください」と心なしか目をきらきらさせるロッドは散歩を楽しみにしていたらしい。フロイドが「本当に任せて大丈夫ですか?」と引き攣った顔をしていた。

『これは多分苦いぞ。食べられる美味しい草を探せ』
「……草を食べるんですか?」
『さぁ?』

 細かいことはいいからはやく探せと花壇に頭を突っ込めば、ロッドが不思議そうに隣にやってくる。

 シャカシャカ前足を動かして花壇の土を掘り返せば、ロッドが「僕もお手伝いしましょうか」と言いながら一緒に手で花壇を掘り始める。ほほう。フロイドであれば問答無用で止める場面なのに。こいつ、なかなかやるな。さすがは俺の子分。

『おまえ、落とし穴は作れるか?』
「作ったことはないですが、穴を掘るだけであればできると思います」
『ほほう』

 ニヤッと笑って、再び花壇を掘り返す。あたりに土が散らばって面白い。へらへら笑いながら遊んでいれば、ロッドが突然「これなら食べられるのでは?」と言い出した。

 見れば小さな花を手にしている。

「子どもの頃、よくこうやって蜜を吸いませんでした?」
『んなことしたことない』
「そうですか」

 なぜか残念そうに肩を落とすロッドは「公爵家ではそういう遊びしないんですね」と恨めしそうな目を向けてくる。なんだよ。何かダメなのか?

『でも俺、はちみつは好きだぞ』
「はちみつなんて高くて買えません」
『なんでそんな急に貧乏アピールを』

 だが確かに。はちみつはそんなに安価なものでもない。実家が貧しかったらしいロッドが食べたことなくても不思議ではない。

『仕方がない。俺が食べさせてやる』
「え、いいんですか!?」

 そんな物欲しそうな目をしていれば無視するわけにもいかない。それにロッドは俺の子分である。はちみつくらい分けてやってもいい。

 ぶるぶると頭を振って土を落とす。
 同じく手の土を払い落とすロッドを引き連れて屋敷に戻る。

『いいか。はちみつは厨房に隠してある』
「厨房に」
『とりに行くぞ』
「でもウィル様、土だらけですよ。毛が白いから汚れが目立ちますね」
『気にするな』

 早足に廊下を駆けて厨房に向かう。けれども朝食後で片付けに追われている料理人たちの姿を確認して足を止めた。

『む! 人が多いな』

 この中から誰にも見つかることなくはちみつを奪ってくるのは困難だ。おまけに俺は犬姿。そもそもはちみつが保管してある戸棚も開けられないし、瓶も持てない。

 尻尾を追いかけてくるくるまわる俺を見下ろして、ロッドが「はちみつはどこですか」と聞いてくる。

『あそこの棚の一番上』

 開け放たれた扉から厨房の奥にある戸棚をこっそり覗けば、ロッドが「なるほど」と真面目な顔で頷いた。

「僕、とってこられると思います」
『本当か!?』
「はい」

 妙な自信を見せるロッドに尻尾ぶんぶん振っておく。さりげなく尻尾の当たる位置に移動したロッドは変人だ。尻尾で叩かれたいのか?

 任せてくださいと胸を叩いたロッドは、俺に静かに待っているよう言い置いて厨房に忍び込む。言われた通りに厨房の扉前でぺたんと伏せて静かにしておく。楽しくって尻尾がぶんぶん動いてしまうが、まぁいいだろう。

 テーブルや棚の影を利用して誰にも見つかることなく進むロッドはすごい。あっという間にお目当ての戸棚へと到達してしまう。そのままゆっくりと扉を開けてはちみつの入った瓶を取り出している。

「とってきました」
『褒めてやる! なかなかやるな』
「ありがとうございます」

 宣言通り誰にも見つかることなくはちみつを奪ってきたロッド。得意な顔をする彼は「僕、影が薄いってよく言われるんです」と眉尻を下げた。

 確かに。必要以上にお喋りしないし、無駄に動くことなく突っ立っていることの多いロッドは存在感があまりない。そのせいで俺が犬にされてしまったことも知ったわけだし。

 早速ロッドと共に俺の部屋に戻る。
 どこに行ったのかフロイドの姿が見えない。今がチャンスであった。

『クラッカーを出せ!』
「どこですか?」
『クッキー缶の横』

 さっとクラッカーの入った缶を持ってくるロッドはうきうきしている。いつもより足取りが軽い。
 俺の部屋には日持ちのする菓子類が置かれている。俺が人間だった時に確保していた分だ。フロイドは部屋に菓子類を置くことに反対している。どうやら俺が夜中にこっそり食べていると疑っているらしいのだ。子どもじゃないんだから好きにさせてくれよ。

『これにはちみつをつけて食べるぞ』
「はい!」

 ロッドに指示して、クラッカーにはちみつをつけてもらう。甘くて美味しい。

『おまえも食べていいぞ』
「ありがとうございます!」

 普段よりも元気になったロッドが早速はちみつクラッカーを頬張っている。珍しくにこにこ顔を綻ばせるロッドに、俺は尻尾を勢いよく振っておいた。
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