陰陽転化

煙々茸

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第二章 人形の怪

【弐】ー5

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「そ、それは誰だって分かるでしょう……騰蛇は一般的にも有名じゃないですか!」
「私は一度も“騰蛇”とは言っていませんが。何故これが騰蛇だと知っているんですか?」
「あっ……いえ、誤解ですよ……これも噂で聞いただけですっ」
 住職のはっきり分かるほどの挙動不審振りに確信を持った。
 ーー背後で大物が動いている。
 事前に知っていないと白蛇=騰蛇であることなど普通は分からないし姿を知っていたとしても詳細を知らない限りは丸々鵜呑みにすることなどできないだろう。
「オレたちのことを事細かに話した奴がいるな。まあ見当はついてるけど。だろ?」
 騰蛇に同意を求められ晴明は迷わず頷いた。そこに西山住職が縋り付いてくる。
「あ、あの……! 私は本当に違うんです。ただ、言われたことをそのままお伝えしただけで……」
「分かっています。それでもあなたの言葉で二人の人間が危険に晒されました。現に一人は目覚めないまま死にかけています」
「え……それは本当ですか……っ?」
「知らなかったのか。呑気なことだな」
 騰蛇が呆れたようにつぶやく。
 分かっていて放置していたなら住職としてあるまじき行為だ。
 大物の傘下にいる住職が逆らえないのも無理はないが、自分がしてしまったことには責任をとってもらうしかない。
「西山さん。これは私が一時お預かりします。浄化してお返しするのでお焚き上げをしてあげてください。誰に何を言われようとそれだけはお願いします」
「ええ、ええ、それはもちろん! 中路様から許可を頂き必ず」
「それからもう一つ。悪い結果を招くと分かっている人間の言葉は今後一切聞かないでください。あなたも本当は分かっていたはずです」
 住職である彼が人形をあんな風に扱って善しと思うわけがない。
 上の人間を突っぱねる強さがあったなら、人形を傷つけずに供養する選択ができたはずなのだ。
「しかし私にはこの赤蓮院を守る責任が……」
 住職が渋ることは分かっていた。
「“彼等”のことは私に任せてください。此度の件は私にも関わりあることなので」
 晴明の言葉に「それならば」と住職は頷いてくれた。
 弱い立場の人間を使い民間人を危険に晒してまで京都に呼び寄せた連中のことを、あの手紙のように見ずして破り捨てることは今回はできない。
 強引に召喚させられてしまったことに嫌気がさすが、避けてばかりもいられないようだ。
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