君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋5

5-3

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 翌週の水曜日。
仕事が最後まで一緒だった片山さんと、予約していた焼き肉店に漸く辿りついた。
「優ちゃんやっと来たー」
「仕方ねぇだろ。時間過ぎても客が引かなかったんだから」
 座敷に上がるなり、小笠原が痺れを切らしたように身を乗り出してきた。
「また女の子たちっスか? 優ちゃんも罪な人」
「誰のせいだっ。お前に罪とか言われたくねーよ」
 小笠原の頭をグシャッと押さえ込みながら後ろを通り過ぎ、空いている座布団に腰を下ろした。
 その隣に片山さんが座る。
 ぐるっと見渡すと、二号店からは榊さんを含め、三名参加してくれていた。
 その内の一人とは初見になる。
「みなさんお待たせしてすみません。今日は夏フェアの打ち上げということで、オーナーの神条さんが全て奢ってくれるそうです。なのでじゃんじゃん飲み食いして下さい」
 当人の神条さんは、やはり来られないということで託った言葉をそのまま全員に伝えた。
 領収書はしっかり貰って帰るつもりだ。
「英店長」
 と、向かいに座っている榊さんが俺を呼んだ。
 見ると、ビール瓶をこっちに少し傾けて構えていた。
「あ、すみません。ありがとうございます」
 意図を察して俺はグラスを持って差し出す。
 俺のに注いだ後、隣の片山さんにも同じことをした。
「それじゃあ、改めて乾杯します」
 と、榊さんの音頭でみんながグラスを持ち上げる。
「暑い中でしたが、みんなの協力のお蔭で無事にフェアを終えることができました。みんな御苦労さん。乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
 各々、近い相手のグラスと打ちつけ合う。
 体調も戻ったことだし、今日はとことん飲むつもりだ。
 喉を流れるビールが凄く心地いい。
 その時、片山さんとは反対側の隣から視線を感じて顔を向けると、二号店の若い男と目が合った。
「うっわ。本当に美人さんだ!」
「……え」
「あ、すんません。噂通り……いや、それ以上だったんで吃驚しちゃって」
「はぁ……」
「視線絡むと更にドキッとしますね。榊店長とは全然違ったドキドキ感ですよ」
「違う?」
「あれ、分かりません? 榊店長のは怖いっていうか、Sっけが強いっていうかぁ」
(あぁ……もの凄く分かるな、それ)
 俺は苦笑いを浮かべながら、ちらりと榊さんを盗み見る。
 今は木村さんと話し込んでいるようで、こっちの話は聞こえていないようだ。
「……で、君は何て名前?」
「あ、こりゃうっかり。俺は高屋っていいます。二号店には二ヶ月前に入りました。以後お見知り置きを♪」
 どことなくノリが誰かさんと被る。
「じゃあ俺ちょっと他挨拶してきますねー」
 そう言って高屋が席を立った。
(なんか、榊さんも苦労してそうだな)
 俺は焦げそうになっている肉を救出して自分の皿に乗せた。
 高屋のいた席に誰かが座る気配がして、肉を頬張りながら視線を向ける。
「こんばんは。英店長」
「んっ、……ああ、こんばんは。久し振りだなぁ」
 そこに居たのは二号店の津田という男だった。
 俺は肉を呑み込んで挨拶を交わす。
 彼とは数える程度だが、店で顔を合わせた事がある。
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