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第一王子に手を引かれるがまま、エヴェリーナは音楽と人の輪の中に引きずり出される。
「殿下……!」
「一曲付きあってくれ。こういった場は久しぶりでね、多少腕が鈍っているだろうが寛大に見てほしい」
言いながら、ジルベルトはエヴェリーナの腰に手を回し、もう一方の手を重ね合わせた。
腕が鈍っているなどという表現とは裏腹に、ためらいのない強い手だった。――ジョナタとは、まったく違う。
エヴェリーナは混乱した。予想もしなかった不意打ちを受けたようだった。
人目を集めている――しかもよく知りもしない第一王子とかかわった上で。婚約を解消されてから、こんなふうに人目を浴びるようなことなど決してしなかったというのに。
ジルベルトは強引で、ここまで引き出されてしまえば、エヴェリーナは断ることはできない。
(……私を、見世物にしようとでもいうの?)
少し考える力が戻ってくると、そんなふうに疑った。あからさまに感情を顔に出すことはすまいと思っても、ジルベルトを見る目に怒りが滲む。
それを察していないのか、あるいはあえて無視しているのか、ジルベルトは薄い微笑で答えた。
「あなたは非の打ち所のない、完璧な令嬢だそうだな――お手並み拝見といこう」
艶のある低い声に、挑発的な響きが漂う。
エヴェリーナは頬に熱を感じた。怒りに似たものがわきあがり、心を乱されそうになる。
――だが、侮蔑されているのとは違うように感じた。
宣戦布告をされているような気がした。
エヴェリーナ自身が不思議に思うほど、むくむくと反発心が首をもたげた。
手を、広い肩に乗せる。
そして、これまでにない、挑み返すような気持ちで微笑した。
「ご期待に添えるよう、精一杯つとめます」
一瞬だけ、ジルベルトの動きが止まった。その唇に佩(は)かれた微笑が深まったように見えた。
重なった手が、エヴェリーナの腰に触れる手が無言の合図を送ってくる。
エヴェリーナはそれに答え、ジルベルトの息に合わせた。ゆるやかに水が流れて行くような自然さで、二人は音楽に乗った。
間もなくエヴェリーナは気づく。
(――嘘つき)
思わず、男に抗議の一つでもしたくなった。
何が久しぶりなのか。いや、それは真実であったとしても、腕が鈍っているなどというのはまったくの嘘だ。
ジルベルトの足運びもリードもまったく完璧で、支える手や触れる指先にまでそつがなかった。引き寄せてくる力は強いのに、不埒さも荒さも感じない。
ジョナタも完璧だったが、ジルベルトのリードは大胆で自信に溢れていた。身を委ねても安心できるような強さがある。
くわえて、強い視線を感じた。エヴェリーナはつとめて目を合わさないようにしていたが、触れあう手も体にまわる腕も熱を感じるほどなのに、視線は更に焼き付くようだ。
――他の女性であったなら、これだけでジルベルトに魅了されていたかもしれない。
リードだけではない――もっと何か大きな主導権まで奪われかねない。
エヴェリーナは頭の隅で緊張を維持しつづけた。ジルベルトの意図はわからないが、この決して無害ともいえぬ相手に、このまま流されたくも屈したくないと思った。
――たとえいまはどれだけ惨めといわれようと、笑われようと、自分は王太子妃候補であった人間なのだ。
そのように育ててくれた両親のために、家名のために、安い女だとは思われたくない。
一つも間違えまいと全身に神経を行き渡らせながら、ジルベルトの動きについていく。
そうしながら、エヴェリーナはここ久しく感じなかった奇妙な充実感を覚えていた。
無気力に苛まれ、弛緩しきっていた体がふいに目覚めさせられたかのようだった。
華やかな舞台。極度の緊張を強いられる場で、望まれうる最高の行動を取る。
――そのために訓練させられてきた。
リードされているという形は保ちつつも、ジルベルトの動きをすべて読み、次の彼の動作のために備える。
相手に神経を研ぎ澄ませ、その動きの一つ一つに応じるのは、どこか静かな決闘のようでもあった。
だから――周囲の視線をいつの間にか浴びていることにも気づかなかった。
「殿下……!」
「一曲付きあってくれ。こういった場は久しぶりでね、多少腕が鈍っているだろうが寛大に見てほしい」
言いながら、ジルベルトはエヴェリーナの腰に手を回し、もう一方の手を重ね合わせた。
腕が鈍っているなどという表現とは裏腹に、ためらいのない強い手だった。――ジョナタとは、まったく違う。
エヴェリーナは混乱した。予想もしなかった不意打ちを受けたようだった。
人目を集めている――しかもよく知りもしない第一王子とかかわった上で。婚約を解消されてから、こんなふうに人目を浴びるようなことなど決してしなかったというのに。
ジルベルトは強引で、ここまで引き出されてしまえば、エヴェリーナは断ることはできない。
(……私を、見世物にしようとでもいうの?)
少し考える力が戻ってくると、そんなふうに疑った。あからさまに感情を顔に出すことはすまいと思っても、ジルベルトを見る目に怒りが滲む。
それを察していないのか、あるいはあえて無視しているのか、ジルベルトは薄い微笑で答えた。
「あなたは非の打ち所のない、完璧な令嬢だそうだな――お手並み拝見といこう」
艶のある低い声に、挑発的な響きが漂う。
エヴェリーナは頬に熱を感じた。怒りに似たものがわきあがり、心を乱されそうになる。
――だが、侮蔑されているのとは違うように感じた。
宣戦布告をされているような気がした。
エヴェリーナ自身が不思議に思うほど、むくむくと反発心が首をもたげた。
手を、広い肩に乗せる。
そして、これまでにない、挑み返すような気持ちで微笑した。
「ご期待に添えるよう、精一杯つとめます」
一瞬だけ、ジルベルトの動きが止まった。その唇に佩(は)かれた微笑が深まったように見えた。
重なった手が、エヴェリーナの腰に触れる手が無言の合図を送ってくる。
エヴェリーナはそれに答え、ジルベルトの息に合わせた。ゆるやかに水が流れて行くような自然さで、二人は音楽に乗った。
間もなくエヴェリーナは気づく。
(――嘘つき)
思わず、男に抗議の一つでもしたくなった。
何が久しぶりなのか。いや、それは真実であったとしても、腕が鈍っているなどというのはまったくの嘘だ。
ジルベルトの足運びもリードもまったく完璧で、支える手や触れる指先にまでそつがなかった。引き寄せてくる力は強いのに、不埒さも荒さも感じない。
ジョナタも完璧だったが、ジルベルトのリードは大胆で自信に溢れていた。身を委ねても安心できるような強さがある。
くわえて、強い視線を感じた。エヴェリーナはつとめて目を合わさないようにしていたが、触れあう手も体にまわる腕も熱を感じるほどなのに、視線は更に焼き付くようだ。
――他の女性であったなら、これだけでジルベルトに魅了されていたかもしれない。
リードだけではない――もっと何か大きな主導権まで奪われかねない。
エヴェリーナは頭の隅で緊張を維持しつづけた。ジルベルトの意図はわからないが、この決して無害ともいえぬ相手に、このまま流されたくも屈したくないと思った。
――たとえいまはどれだけ惨めといわれようと、笑われようと、自分は王太子妃候補であった人間なのだ。
そのように育ててくれた両親のために、家名のために、安い女だとは思われたくない。
一つも間違えまいと全身に神経を行き渡らせながら、ジルベルトの動きについていく。
そうしながら、エヴェリーナはここ久しく感じなかった奇妙な充実感を覚えていた。
無気力に苛まれ、弛緩しきっていた体がふいに目覚めさせられたかのようだった。
華やかな舞台。極度の緊張を強いられる場で、望まれうる最高の行動を取る。
――そのために訓練させられてきた。
リードされているという形は保ちつつも、ジルベルトの動きをすべて読み、次の彼の動作のために備える。
相手に神経を研ぎ澄ませ、その動きの一つ一つに応じるのは、どこか静かな決闘のようでもあった。
だから――周囲の視線をいつの間にか浴びていることにも気づかなかった。
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