婚約破棄された王太子妃候補は第一王子に気に入られたようです。

永野水貴

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 エヴェリーナが自分の中を振り返ると、ふいに濃い霧が立ちこめてくるような錯覚があった。
 言葉がうまく見つからない。それでも、第一王子を前にしてその下問に答えないなどということは、許されることではない。

「わたくしは……、ジョナタ殿下にふさわしい者であれと、教育されてまいりました。わたくし自身もそのつもりで、王太子妃として誰からも認められる人間になることが、目標でした。けれど、わたくしでは足りなかったようで……」

 言葉をもつれさせながらも、エヴェリーナの脳裏に二人の姿が浮かんだ。ジョナタとマルタ。
 ――マルタのどこに、自分が及ばなかったのだろう。
 自分の何がいけなかったのか。これまで積み重ねてきたものは、マルタのどこに負けたのか。

 なんの気負いもなく、ただ自由に奔放にジョナタの側に立つマルタを見ると、自分の足元が崩れていくように感じた。
 崩れて、そこにのぞくのは底なしの深い闇だ。闇には絶望という名をしている。

(わたくしが、これまでやってきたことは……)

 果てのない暗い考えにとらわれ、かすかに身震いする。

「――なるほど。これまであなたの目指すべきものであった王太子妃という目標を突如失った、というわけだ。それで?」

 沈みゆこうとする意識を、明瞭な声が切り裂いた。

「まあ、王太子妃ともなれば、やがては国母だ。望みうる最高の地位、権力が得られる。当然の野心ではあるが」
「!」

 エヴェリーナは弾かれたように顔を上げた。
 ジルベルトはかすかに笑っているように見えた。いたって貴人らしい、静かな冷笑的表情がそこにあった。

「完璧な淑女像も、その野心のためならば納得の作り込みだ。なのにそれが報われなければ落ち込みもするか」
「ち……違います!! 無礼な……っ!!」

 エヴェリーナはかあっと頭に血をのぼらせた。とっさにいつもの淑女像を装うことを忘れていた。
 ――野心。権力。
 ジルベルトの言葉で、漠然としたものは低俗な形に押し込められてしまったように感じた。

 突如声を荒らげられても、ジルベルトは冷ややかな微笑を崩さなかった。

「では、何だ?」

 エヴェリーナはぐっと唇を引き結ぶ。ジルベルトを睨む。
 そんなもの、と喉まで言葉が出かかる。
 だが響きの良い低い声が先制した。

「私欲や野心ではない――だが、

 エヴェリーナは大きく目を見開いた。
 返された言葉が胸を貫いて、息が止まる。

 愛ではない。
 その確信に満ちた言葉にとっさに反発したくて、しかしできなかった。
 ――けれど、それなら。

 それなら、自分のこの痛みは。呆然と立ち尽くして、前へ進む気力を失った理由は。

問うている。なぜあなたはそれほど意気消沈しているのか」

 ジルベルトの強い目が、正面から射てくる。
 エヴェリーナは――それに対する明確な答えを持てなかった。
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