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最終章 はじめての日
最終話 あやと、あやちゃん
ケイの腕の中で、あやは静かに息を整えていた。
お互いの鼓動が、胸の奥でゆっくりと打ち合っている。
あれだけ激しく求め合った直後なのに、身体のどこかにまだ残っている熱が、じんわりと広がっていた。
「……大丈夫?」
低く優しい声が耳元に落ちる。
髪をなでる指が、あたたかくて、優しくて──。
「痛くない?どこか、つらくない?」
「……ううん。
ちょっと、まだどきどきしてるだけ……」
目を閉じると、あの瞬間が身体の奥にゆっくりと波紋のように広がっていく。
自分で触れていたときとは、まるで違う。
ケイの体温も、声も、すべてが溶け合って……。
(……ぜんぶ、ケイくんだった……)
思い出すたび、胸がきゅうっとなる。
なんでこんなに幸せなんだろう。
なんでこんなに、切ないくらい好きなんだろう。
「……あやちゃんが、俺のこと受け止めてくれて、すっごく嬉しかった」
ケイの声が、そっと重なってきた。
ただの優しさじゃない。
この瞬間を大切に想ってくれているんだと、あやは感じた。
(……ほんとに、ちゃんとできて……よかった……)
肩にそっと額を預ける。
鼓動はまだ落ち着かないけれど、それでも包まれているこの静けさが心地よかった。
ふと、ケイの指があやの髪をなでる。
その、なんてことない仕草がたまらなくやさしくて──
あやの胸の奥が、またきゅうっとなった。
「……ほんとに、すごく、かわいかったよ、あやちゃん」
ぽつんと、ケイの声が落ちる。
あやは反射的に、ぎゅっとシーツを握りしめた。
(言わないでよ……そんなの……)
「全部……俺だけのあやちゃんだった。
ほんとに」
肩が震えそうになって、あやはケイの胸のほうへ顔をすり寄せた。
「……だめ……もう、やめて……」
「なんで?」
「……だって、そんなふうに言われたこと、ない、もん……」
声が震えて、涙が出そうになるのをごまかすように、胸に顔を埋めた。
そして、小さな声でこぼれてしまった。
「……ねぇ、ケイくん……ぎゅって、して?」
一瞬きょとんとしたあと、彼は「いいよ」と優しく腕を回してくれた。
強く抱きしめられると、心の奥にこびりついていた冷たいものが、じんわり溶けていくようで――。
しばらくそのまま目を閉じて、彼の体温に包まれていた。
けれど、やがて自分から少しだけ身体を離して、彼を見上げる。
「……あのね」
視線を泳がせながら、唇を噛む。
「ほんとはずっと……コンプレックスだったの」
ケイは腕を緩めずに、真剣な顔でこちらを見ていた。
「……どうしたの?」
まるで続きを促すように、低く優しい声で――。
「高校のときに少しだけ付き合った先輩以来、好きになってもらっても……なかなか進めなくて。
だから彼氏もできなくて……気づけば、27まで……この年まで処女のままなんて思ってなくて……」
声が震え、とうとう涙が頬を伝った。
指で拭うのが間に合わないほど、奥からあふれて止まらない。
「恥ずかしくて、言えなかったし……自分でも見ないふりしてた。
……ずっと、怖かった……」
「でもね、ケイくんに出会って……“好きだ”って言ってくれて、わたしの心に、ちゃんと触れようとしてくれて……」
「今日、ほんとうに……恥ずかしくて、怖くて……でも、嬉しくて……もう、死んじゃうかと思った……」
涙混じりに、すこし笑った。
「……ごめん、泣いたりして。
やっと言えたから、なのかも」
ケイは、何も言わなかった。
けれどその瞳は、あやから逸らさず、痛いほどまっすぐに見てくれていた。
そして、あやの髪に指を滑らせながら──
「……俺は嬉しいよ。あやちゃんが全部、話してくれたことも……俺に任せてくれたことも」
低く落ち着いた声が耳元に落ちる。
胸の奥にじんわりと沁み込んで、涙の余韻がやわらかく溶けていった。
「それに、今日のあやちゃん……全然そんなふうに見えなかったよ」
「……え?」
ケイは視線を逸らさず、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「がんばってくれたのもわかってたけど……
感じてる顔とか、声とか……全部、綺麗だった」
一瞬の沈黙をはさんで、低く掠れた声が続く。
「……惚れ直した」
その言葉が、胸にまっすぐに落ちてきて、息が詰まる。
熱くなった頬を隠すように、あやは小さく目を伏せた。
(……そんなふうに言われたら……)
胸の奥がきゅうっとして、黙っていられなくなる。
指先で涙をぬぐいながら、ふっと笑みがこぼれてしまった。
泣いているのに笑っている――心の氷が溶けていくみたいに。
「……やだ、もう……」
かすかに震える声で、あやは口を開く。
ケイの胸に頬を寄せたまま、しばらく言葉を探して――
ふっと、思い出したように小さくつぶやいた。
「ねぇ、ケイくん……さっきまで“あや”って呼んでたのに……終わったらまた“あやちゃん”に戻ったね」
頬がじんわり熱くなり、胸の奥がくすぐったくなる。
「……ちょっと、ドキッとしちゃった」
ケイが優しく息を吐いて、柔らかい笑みを浮かべた。
「そう?無意識だったけど……でも、“あやちゃん”って呼ぶのが一番落ち着くんだ」
その言葉に、あやの胸はきゅっと締めつけられて、もっともっと甘く包まれたい気持ちが湧き上がった。
「……じゃああの“あや”は、すごく特別な呼び方ってこと?」
小さな声で呟くあやに、ケイはそっと髪を撫でながら囁いた。
「そうだよ。
あの瞬間だけの、あやちゃんだけの呼び方だ」
目を合わせると、ケイの瞳が優しく揺れていて、あやは照れくさくなって顔をうつむける。
「じゃあ……また、次も“あや”って呼んでくれる?」
小さく問いかける声には、期待と少しの恥じらいが混じっていた。
(“また、しようね”っていう意味も、わかって……)
ケイはその言葉に笑みを深めて、甘く答えた。
「もちろんだよ……。
次もちゃんと……“あや”って呼ぶから」
あやの胸が高鳴り、身体の奥からじんわりと温かさが広がっていった。
こんなにも愛されていると感じる瞬間が、何よりの宝物だとあやには感じられた。
――ケイくんとしたことも、わたしの気持ちを受け止めてもらえたことも、抱きしめてくれたことも。
全部、全部……わたしの宝物。
「……これからも……よろしくね、ケイくん」
小さな声でそう告げると、ケイの腕がさらに強く、優しくあやを包み込む。
窓の外に広がる夜は静かで、二人の未来をそっと見守っているようだった。
あやの胸には、確かな温もりと、これからを生きていくための光が宿っていた。
~ 【完】 ~
→あとがきに続く
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