続・27歳、処女 〜初めては終わらない〜【完結】R18

月村 未来(つきむら みらい)

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第六章 波乱な夏 〜まい〜

62話 まだ名前のない気持ち





翌週の金曜日。
たけるからのLINEは、夕方18時すぎに届いた。

📱
「今日、早く仕事終わったんだけど」
「オムライス、もう1回食べに行く?」

(え、それって……)

でも、まいの返事はわりとあっさりだった。

📱
「行く。オムライスの口だったから、ちょうどいい」

そうやって始まった、2回目の“なんとなく会う夜”。

 

待ち合わせの駅前で、まいはこっそりリップを塗り直した。
前回みたいに「べつにデートじゃないからね」とかは言わない。
でも、ちょっとだけ髪型を整えてきた自分がいた。


「おう、広瀬。
今日は……なんか雰囲気ちがくね?」

「ん? 仕事帰りでボロボロだけど」

「うそつけ、髪ちゃんとしてる」

「うっさい、気づくな、バカ」

そんな小さなやりとりが、妙に心地いい。

 

店に入ってからは、前回より少し自然に話せた。

「この前、夜中まで仕事した日あってさー」

「お疲れ。そういうとき、ちゃんと食べてんの?」

「食べたよ。カップラーメン」

「……うん、それ“ちゃんと”じゃない」

「うるさい、母親か」

「母親じゃないけど、心配はすんだよ」

(……そういう言い方、ずるい)

まいは笑いながらも、胸の奥が少しだけあったかくなっていた。

 

食事を終えて、ふたりは喫茶店を出た。
夜風は心地よく、街のネオンが川に映っていた。

「ちょっと歩く?」

たけるが言って、まいは黙ってうなずいた。



「あのさ、GWのときさ。偶然会って飯食ったよな」

「うん、覚えてる」

「……あの時はほんと、ただの同僚って感じだったよな」

「そうだね。わたしも、“親戚の兄ちゃん”みたいに思ってたし」

「んだよそれ」

たけるが笑うと、まいも肩をすくめて返す。
そのままふたりは歩き出した。

自然に肩が近づいていくのに、どちらも何も言わない。
言葉にしたら、きっと空気が壊れてしまう気がして。

たけるが、ふと口を開いた。

「……なんかさ」

「ん?」

「広瀬とこうして歩いてるの、変な感じするけど、悪くないっていうか……いや、むしろ好きかも、こういうの」

「……うん、わたしも。
なんか……一緒にいてラクだし、自然だし。
今日、実はちょっと楽しみにしてた」

たけるが横を見ると、まいは前を見たまま、口元だけを少し、照れたように緩めていた。

(……かわいい)

たけるの喉が、わずかに動いた。




帰りの駅のホーム。
電車が来る音が近づいてきた時、たけるは迷った末に、一歩だけ前に出た。

呼びかけの言葉が、口の中でくるくると回る。
気安く呼んでた“広瀬”じゃなくて──
あの夜、たしかに唇からこぼれた名前。

「……なあ、まい」

その一言に、まいの心が、ふっと揺れた。

(……あの時だけの呼び方だったのに)

名前で呼ばれること自体は、初めてじゃない。
けど、それは熱に浮かされた、あの夜だけのこと。
こうして現実の時間の中で、改めて「まい」と呼ばれたのは──初めてだった。

たけるの声が、ちゃんと心を向けて名前を選んでくれた。
まいは、少しだけ目を見開き、でも気づかれないように小さく笑った。

「ん?」

呼び方が変わったことに、自分でも少し戸惑いながら、たけるは視線を外さずに続けた。

「……また来週、会わね?」

「……うん、会おっか」

まいは、ほんの一瞬だけ目を伏せて、頷いた。
そのまま黙って並んで立っていたけど、胸の奥では、やさしく名前を呼ばれた感覚がずっとあたたかく残っていた。

電車の音がホームに流れ込み、ふたりの間にあった「まだ名前のない気持ち」が、そっと、かたちを帯びはじめていた。







──数日後。

オフィス奥のカウンター。
午後の静かなフロアに、コーヒーマシンの低い音だけが響いている。
カップを取り出したあやがふと顔を上げると、そこにいたのはたけるだった。

彼は少し間を置いて、ぽつりと口を開いた。

「……佐伯、広瀬のこと……聞いてるだろ」

突然の声に、あやは小さく瞬きをしてうなずいた。
たけるは少し照れたように目を伏せ、そして真っ直ぐに見据える。

「……心配かけて、ごめんな」

「あ……ううん、そんなの……」

慌てて首を振るあやに、たけるは短く息を吐いた。

「でも俺、もう逃げないからさ」

その言葉は驚くほどあっさりしていたのに、胸にじんと響いた。
まいを支える覚悟を、ちゃんと決めた人の声。

思わず、あやの口からこぼれる。

「……ありがとう」

「なんで、お前がお礼言うんだよ……」

たけるは少し赤くなりながら、頭をかいてそっぽを向く。

「あ、いや……だってなんか……嬉しくて」

「……」

「……まぁ、そーゆーことだから。じゃあな」

照れ隠しのように言い残し、ささっと社内に消えていく背中。

その後ろ姿を見送りながら、あやは小さく微笑んだ。

(……よかった。まい、本当に)




―――


📖第六章終了です!
お読みいただきありがとうございました。


次章に行く前に、番外編を2話挟みます。
なんとまたインタビュー記事です🎤
多分ご想像されてるふたりへのインタビューなので、余韻に浸りつつ寄り道をお楽しみくださいね♡




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