67 / 130
第六章 波乱な夏 〜まい〜
61話 近づく距離
金曜の夜。
ベッドに寝転がったまま、まいはスマホを胸の上に置いていた。
通知も着信もないけど、なんとなく画面を見てしまう。
(……もう、会ってから5日か)
カフェで妊娠のことを話した、あの日。
桐谷はふざけるでもなく、真面目すぎるわけでもなく、ちゃんと受け止めてくれた。
その穏やかな反応に、まいの中の何かが、ほんの少しだけ変わった気がしていた。
からかうでもなく、引くでもなく、「ちゃんと聴いてくれる人」って、こんなに頼もしいんだって。
大袈裟じゃなく、そう思った。
(連絡……してみようかな。でもな……)
指が迷っていると、突然LINEの通知が鳴った。
📱桐谷
「まさかとは思うけど……金曜の夜、1人でチューハイとか飲んでないよな?」
「なにしてんの?」
吹き出しそうになって、まいはすぐに返信する。
📱
「ベッドでゴロゴロしながら、ほんとにチューハイ飲んでますけど」
📱
「1人さみしい金曜ってことでよろしい?」
「よし、慰めてやるから電話出ろ」
(……え、電話!?)
そう思った矢先に、着信が鳴った。
咄嗟に髪を直しかけて、思わず自分で笑ってしまう。
📞
「……もしもし」
「おう、さみしい女」
「は? なんだその入り」
「さみしくてチューハイ飲んでるって言ったのお前だろ」
「……まぁね」
『……この前さ、言ってくれたこと。
なんか、俺の中でけっこうでかくてさ』
「え、なに? いきなりしんみり? 酔ってんの?」
「いや、マジで。
お前ってさ、普段はガサツでテキトーなのに……
ああいう時、ちゃんとしてた。すげぇ」
「ちょっと、ほめてんの? けなしてんの?」
「どっちもだよ。
……でも最近さ、広瀬がちょっとだけかわいく見えるんだけど、どうした?」
電話越しなのに、顔が熱くなるのがわかった。
「……バカじゃないの」
「バカですけど、なにか」
「……うざ」
「うざがるなよ、せっかく素直に言ってんのに」
「……うざいけど、ちょっと嬉しい。
……てか、桐谷が素直なの、レアじゃない?」
「言ってくれたお前が、レアだからだよ」
「……へ?」
一瞬、間が空く。
「広瀬。おまえのこと……さ、
もうちょいだけ、見ててもいい?」
それは、ふざけていない声だった。
まいは、言葉を返せなかった。
でも、無言のままでも──その沈黙ごと、桐谷はちゃんと受け止めてくれた気がした。
「……じゃあ、わたしも。
もうちょっとだけ、見てみようかな」
「……よっしゃ。
じゃ、もうちょっとだけ、期待するわ」
からかい合いの延長みたいな会話。
でも、そこに混じるちょっとだけ真面目な響きが、胸をじんわりあたためていく。
──気づかないうちに、二人の距離はまた少し、近づいていた。
まいからの「明日、ヒマ?」というLINEに、たけるは即既読をつけたくせに、そこから5分以上も、返事を書いては消してを繰り返していた。
(なんなんだよこれ……なんで俺、こんな緊張してんだ)
結局、「ヒマ」の一言を送信したのは、通知が鳴ってから10分後のことだった。
──そして翌日。駅前の喫茶店。
「久しぶりにオムライス食べたかっただけだから。べつにデートとかじゃないし」
「……わかってますけど?」
「なにその“ちょっと残念”みたいな顔」
「いや、別に」
素直になれないまいと、余裕のないたける。
お互い、探るような言葉ばかりが交わされる。
「ねぇ、桐谷って、ちゃんと付き合ったことあんの?」
「おい急にどうした、その質問」
「いや、意外と真面目そうっていうかさ。
あんたの恋愛観、いまいち読めないんだよね」
「……あるにはあるけど。
ちゃんとした恋、してきたかって言われたら……うーん、微妙」
「そっか、まぁそんな感じする」
「お前は?」
「わたしも……似たようなもんかな」
テーブルの下。たけるの指が、膝をトントンと叩いていた。
まいはそれに気づいていたけど、指摘せずに見て見ぬふりをした。
「なぁ」
「なに」
「この前、電話したあと……お前のことばっか考えてたんだけど、それってアウト?」
「なんで“アウト”前提なの」
「だって、お前が……どこまで本気かわかんなくてさ。
からかわれてただけだったら、俺……結構恥ずかしいやつだなって」
まいはストローをくるくる回してから、小さく笑った。
「……バカ」
「は?」
「そっちが不器用なら、わたしは遠回しにしか言えないタイプ。
桐谷のこと、ちょっと気になってるから……連絡したんだけど」
たけるの目が、わかりやすく大きくなった。
「……マジ?」
「マジ。って言わせんな。恥ずかしいでしょ、こっちが」
そのあとは、他愛もない会話ばかりだった。
店のBGMも、外の人の流れも、いつのまにか耳に入らなくなるくらい。
けどたけるは、ちゃんと見ていた。
まいがストローを口に運ぶときの、自然な仕草。
笑ったとき、目元だけがふっとやわらかくなるところ。
そして何より、自分をちゃんと見てくれているという安心感。
(……やばい。普通に、好きかも)
店を出た帰り際。
「じゃあね、桐谷」
そう言って背を向けたまいに、思わず手を伸ばしかけて──
でも、その直前でピタリと止めた。
(まだ、早いか)
けれどまいは、その“ためらい”を背中越しに感じ取っていた。
(……いーよ、桐谷。ちょっとずつで)
髪を耳にかけながら、まいは小さく息を吐いて、ほんの少しだけ、口元を緩めた。
あなたにおすすめの小説
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。