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第七章 はじめてのトラブル
64話 笑顔の中のざわめき
「ねぇ、デザートも頼まない?」
あやがメニューをのぞき込みながら、嬉しそうに声を弾ませた。
「えーと…あ、この抹茶パフェ、気になる」
「いや、もう食うの?まだごはん、残ってんぞ?」
「食べるよ、でもデザートは別腹ってやつだよ~。……ね、りょうも食べよ、一緒に!」
隣で笑うあやの横顔を、りょうはふと目を逸らしながら見ていた。
湯上がりでほんのり火照った頬、濡れた髪を軽く結んだ後れ毛が、なぜかやけに艶っぽく見えた。
(……なんで、いまそんな顔、すんだよ)
「……じゃあ、ちょっとだけな」
そう言って頷くと、あやが「やった」と満面の笑みを浮かべる。
注文を終えると、あやはテーブルに頬杖をついて、ふと目を細めた。
「……あのさ」
りょうが、少しだけ背筋を伸ばしたのを、あやは気づいていない。
「りょうは?その後なんか、ないの?」
「え?」
「恋愛とかさ。あのGWのとき……わたしが“気になる人いる”って言ったあと、りょう、ちょっとだけ……なんか変な顔してた気がして」
(え、気づいてたの……?)
「べつに、何もないよ」
「うそ。ほんと~?」
「ほんとに。俺は、まじで何もない」
言いながら、視線はつい仕草を追う。
コップに口をつける角度、笑うときの喉の動き、肩の力の抜け方。
(変わった。いい意味で。
……“大事にされてる”顔)
でも、心のどこかでザラリとした違和感が残っていた。
──ほんとは、あの時ちょっとだけ揺れた。
──いまも、こうして話してて、まるで……彼氏のいない頃みたいに笑われると、また揺れる。
でも。
(俺は……見るだけでいいんだよ、あやのこと)
口には出さなかったけれど、そんな言葉が喉の奥でくすぶっていた。
「……そっか」
あやは、それ以上追及しなかった。
パフェが届いたことに「わ~おいしそう!」とはしゃぎながら、スプーンを手に取る。
(それが……なんか、助かるような、寂しいような)
りょうは、あやの笑顔を見ながら、甘さの中にちょっとだけ苦い感情を、そっと噛みしめていた。
ご飯のあとは、二人で館内をふらふらと歩いた。
岩盤浴エリアの受付に並びながら、「汗出るかな~」なんてあやが無邪気に笑う。
そのあとも、冷たいお茶を飲んだり、休憩スペースで漫画を並んで読んだり。
隣に座っているだけなのに、ふいに肩が触れそうになるだけで、りょうの心臓は妙に落ち着かなくなる。
(まるで、カップルみたいだな……)
そう思った瞬間、胸の奥がキュッと音を立てる。
──でも、違う。
この時間は、ただの偶然で。
あやの隣にいるのは、自分じゃない。
本当は。
(朝ごはん、食べてるってことは……)
その先の想像は、あえて頭の中から追い出した。考えたくなかった。
やがて帰り支度をして、ロッカー前で身支度を整えながら、あやが口を開く。
「楽しかったね~。
やっぱスーパー銭湯って最高!」
「だな。こういうゆるさ、ちょっと癖になる」
館内を出ると、夜風が心地よくて、二人とも自然と歩幅を合わせて歩いていた。
駐輪場の前で、あやが自分の自転車にまたがる。
「今日はありがとうね、りょう。
ばったりだったのに、楽しかった」
「こっちこそ」
あやは、ペダルに足をかけながら、ふと顔を上げる。
「またね」
「……ああ。またな」
あやが手を振って走り出す。
その小さな背中が、街灯に照らされながら遠ざかっていった。
りょうは、その姿が見えなくなるまで、ずっと立ち尽くしていた。
(……なんだよ、またね、って。もう……彼氏いるのに)
(……でも、あやは“誰のもん”って感じじゃない。あの日、俺が言ったとおりに)
心に刺さる感情を、ぐっと奥に押し込んで、りょうはゆっくりと歩き出した。
夜風がほんの少しだけ、冷たく感じた。
――その夜。
📱あや
「今日は…びっくりしたけど、会えてよかった」
「久しぶりに色々話せて楽しかった!」
「またね、おやすみ」
その控えめなLINEが、りょうのスマホにふわっと届く。
Tシャツ一枚でベッドに寝転んでいたりょうは、その文字を見て、ほんの少しだけまぶたを閉じた。
(……あやって、やっぱり……)
返信はすぐにはせず、画面を見つめたまま数秒。
そして、ぽつりと短く打ち込む。
📱りょう
「おう、またな」
短いその一言に、全部込めた。
笑わせたかったし、泣かせたくもなかった──
でも、ほんの少しだけ、また近づきたかった。
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