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第一章 グラス越しの再会
1話 再会 〜変わらぬ色香〜
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ねぇ、風間くん?
あの日の私は、あなたにはどう見えたのかな。
私も……勢いじゃなかったなんて言えない。
だけど、それは、あなただったから。
あなただったから、私……。
―――――――――――――――――――
あやとの3回目のデート後。
ひとり歩く駅の構内、
ケイの左手には、ずっと温度が残っていた。
あと少しで、彼女の手に触れられた。
でも、あやのほんの小さな迷いを感じて、ケイはそっと指を引いた。
──焦るなよ。
そう自分に言い聞かせるたびに、
その“焦り”がどこかにあることを否定できなかった。
──抱きたい。触れたい。
でも、彼女を怖がらせたくない。
“優しさ”と“欲望”の境目で、ケイの心は揺れていた。
冷静になりたくて、気づけば足はバーへ向かっていた。
初夏の夜。
人の行き交う音と、駅構内に響くアナウンス。
ネクタイを緩めたサラリーマンたちのざわめきが、
ケイの背中を押すようでもあり、引き留めるようでもあった。
繁華街に戻り扉を開けると、薄暗い店内には静かなピアノが流れていた。
壁際にはアンバー色のボトルが並び、
グラスを拭くバーテンダーが一瞬だけ目を上げる。
視界の端に、カウンターの中ほどに座る女性の姿が入った。
グラスを持つ指先まで整った仕草、滑らかな髪の流れ、そして横顔のライン。
――綺麗な人だな。
そう思いながらも、席の間に空いた距離と照明の陰で、その顔まではよく見えない。
ケイは一番端の席に腰を下ろし、バーボンを頼む。
氷がグラスの中で転がり、カラン、と乾いた音を立てた。
その音に、胸の中の張り詰めた糸がほんの少しだけ緩む。
「……まさか、こんなとこで会うとは思わなかった」
すぐ横から声がして、ケイは驚いて振り向く。
さっき視界の端にいた女性がこちらを見て、微笑んでいた。
振り向くと、ロングヘアの女性が微笑んでいた。
「……水島先輩」
「元気そうね、風間くん」
水島 玲奈。
かつて同じチームで働いていた、一つ上の先輩。
社内でも“できる女”として一目置かれていて、自然体の華やかさと、仕事の確かさで目立つ存在だった。
茶色の髪をゆるく巻いて、笑った瞬間に空気を変える美人。
近寄りがたいのに、視線を向けられると妙に柔らかい。
そのギャップに、不意にドキッとしたことがある。
(……どんな男と付き合ってきたんだろう)
ふと、そう思ったこともあった。
自分には関係のない世界――そう言い聞かせながらも。
その雰囲気は今も変わらない。
むしろ、どこか人を飲み込むような余裕が、さらに増している気がする。
一年前、別会社からの引き抜きを受けて転職。
キャリアのステップアップを狙っての判断だったと、当時噂になっていた。
それ以来、顔を合わせることはなくなっていて──
再会は、本当に久しぶりだった。
ケイは、彼女の黒のドレスと華やかな雰囲気に気づき、少し首をかしげる。
「今日は、何かあったんですか?」
「ん?……あぁ、取引先のレセプションがあってね。ドレスコードがあったのよ」
グラスを手に取る仕草も、仕事の顔から少し緩んだ夜の空気をまとっている。
「立食だと落ち着いて飲めなくて……
だから、ここ」
そう言って、玲奈は隣に腰を下ろし、ゆるく笑った。
「ほんと、久しぶりね」
そう言いながら、玲奈は迷いなくケイの隣に座った。
香水の甘さと、グラスの中の氷の音が混ざり合う。
ケイは少し驚いて身を引きかけたが、
真正面から目が合い、自然に背筋が伸びる。
「会社ではなかなか話せなかったけど、
こうして会うのは久しぶりだよね」
ケイは軽く頷いた。
「そうですね、ほんとに久しぶりです」
玲奈はグラスを傾けながら、
視線を逸らさずケイを見つめる。
「覚えてる?
あのプロジェクトの打ち上げのこと」
ケイの脳裏に、
賑やかな店内でグラスを合わせた夜がよみがえる。
笑い声、煙草の匂い、
そして、その夜も今のように近くで見た玲奈の横顔。
「ええ、二年前のことですよね」
「うふふ……あの時、けっこう本気で口説こうかと思ってたんだけど」
ケイは目を瞬かせた。
「え?」
「ほんとに気づいてなかったんだ」
玲奈は少しからかうように唇を弓なりに上げ、
ケイの表情を楽しんでいるようだった。
「優しいけど、距離を取るのがうまい。
自分からは踏み込まない。
……でも、今日は違う」
淡いグラス越しに見える瞳に、微かな熱が宿っていた。
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