もしもあの夜、玲奈を抱いていたら【R18完結】番外編

月村 未来(つきむら みらい)

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第三章 余韻が消えるまで

最終話 届かないまま、好きだった

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仕事から帰り、食事もシャワーも済ませて、部屋の明かりをひとつだけ残していた。

パジャマ姿でベッドに腰をおろした玲奈は、ふとスマホを手に取る。

連絡先をスクロールし、指が止まったのは“遥香”の名前。

──話そうと思えるまで、数日かかった。

けれど、ずっとひとりで抱えているのも、そろそろしんどくなってきていた。

軽く深呼吸をして、通話ボタンを押す。

数コールのあと、変わらない声が電話口から響いた。

「もしもし?……玲奈?
もしかして……例の話?」

「うん……今、大丈夫かな」

「もちろん。
かけてきてくれるの、ちょっと嬉しいかも」

玲奈は少しだけ笑って、けれどすぐに、声が静まる。

「……その話なんだけどね」

「うん。あれからどうなった?返事、来た?」

少しの沈黙のあと、玲奈は頷くように言った。

「うん。来た。……すっごく、丁寧で優しかった」

「……そっか。でも、過去形ってことは……」

「そう」

声のトーンが、ほんの少しだけ落ちる。

「“水島先輩”って、呼び方に戻ってたの。
あの日、玲奈って呼ばれたの……嬉しかったんだよ。
バカみたいだよね、そんなことで期待して」

受話器越しの遥香が、優しいため息を漏らす。

「バカじゃないよ。
それだけ大事だったってことでしょ、その夜が」

「ううん、わかってたの。
あの人、別の人を見てるんだって……なんとなく。
でもさ、やっぱり、可能性に触れたくなっちゃって。
一瞬でも、自分に向いてた視線、忘れられなかった」

まぶたを閉じると、ケイの指先が、髪を払った瞬間が蘇る。

「名前を戻された瞬間に、これはもう"なかったこと”にされるんだって……分かった」

遥香はしばらく黙っていた。
その沈黙が、玲奈にはありがたかった。

「……でも、ちゃんと終われそうだね、玲奈」

「……うん。たぶんね」
「それにね、今日、生理きたの」

唐突に、けれどぽつりと、玲奈が言った。

「身体って、ちゃんとわかってるんだね。
なんか、ちゃんと“終わった”って、合図された気がした」

遥香が、少し笑う。

「わかるかも。リセット、だね」

「うん。そんな感じ」


もう涙は出なかった。
感情は静かに整理されて、代わりに胸の奥が、じんわりと空いた気がした。

「ありがとう。……聞いてくれて」

「当たり前でしょ。
そういう話、玲奈からじゃなきゃ聞けないもん」

笑いながらそう言う遥香に、玲奈もふっと力を抜いた笑みを漏らす。

「今度さ、またちゃんと、飲もうよ。
あの頃みたいに、バカみたいな話してさ」

「お。じゃあ久しぶりに予約しとくわ、うちの近所の例の焼き鳥屋」

「ふふ、お願い」


通話を終えたあと、玲奈はスマホを伏せて、天井を見上げた。


あの夜と同じ天井。
でも、少しだけ見え方が変わっていた。



電話を切ったあと、玲奈はしばらくベッドに背を預けたまま、窓の外ににじむ夜の灯を、ぼんやりと見つめていた。

あのLINEの返事を受け取った日から、数日。
今日ようやく、それを人に話す気持ちになれた。

自分でも、あんなふうに泣くなんて思わなかった。
玲奈って呼ばれたとき、ほんの少し期待していたんだ。

"水島先輩"

たったそれだけの言葉が、彼との距離を思い出させて、一瞬で現実に引き戻された。

でも、それでよかった。
ちゃんと終われた。
そう思える夜だった。






──そのころ、街のどこかで。

怖くて、声も出せないほどに震えていた女の子が、誰かの腕の中で、静かに涙を流していた。


「……好きだ。あやちゃんが、怖いときも、笑ってるときも。全部、守りたいと思った」


その声は、もう過去には向けられていなかった。

玲奈は、そのことを知らない。

ただ、自分の想いに、最後まで名前をつけて、
今夜そっと、それを胸の奥にしまっただけだった。





――――――――――――――――――

ねぇ、風間くん。
いつか、ちゃんと笑って会えるかな。
そのとき私は、また“強い水島先輩”で
いられるようにするから。

――――――――――――――――――






        ~ 完 ~





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