もしもあの夜、玲奈を抱いていたら【R18完結】番外編

月村 未来(つきむら みらい)

文字の大きさ
18 / 19
第三章 余韻が消えるまで

最終話 届かないまま、好きだった

しおりを挟む




仕事から帰り、食事もシャワーも済ませて、部屋の明かりをひとつだけ残していた。

パジャマ姿でベッドに腰をおろした玲奈は、ふとスマホを手に取る。

連絡先をスクロールし、指が止まったのは“遥香”の名前。

──話そうと思えるまで、数日かかった。

けれど、ずっとひとりで抱えているのも、そろそろしんどくなってきていた。

軽く深呼吸をして、通話ボタンを押す。

数コールのあと、変わらない声が電話口から響いた。

「もしもし?……玲奈?
もしかして……例の話?」

「うん……今、大丈夫かな」

「もちろん。
かけてきてくれるの、ちょっと嬉しいかも」

玲奈は少しだけ笑って、けれどすぐに、声が静まる。

「……その話なんだけどね」

「うん。あれからどうなった?返事、来た?」

少しの沈黙のあと、玲奈は頷くように言った。

「うん。来た。……すっごく、丁寧で優しかった」

「……そっか。でも、過去形ってことは……」

「そう」

声のトーンが、ほんの少しだけ落ちる。

「“水島先輩”って、呼び方に戻ってたの。
あの日、玲奈って呼ばれたの……嬉しかったんだよ。
バカみたいだよね、そんなことで期待して」

受話器越しの遥香が、優しいため息を漏らす。

「バカじゃないよ。
それだけ大事だったってことでしょ、その夜が」

「ううん、わかってたの。
あの人、別の人を見てるんだって……なんとなく。
でもさ、やっぱり、可能性に触れたくなっちゃって。
一瞬でも、自分に向いてた視線、忘れられなかった」

まぶたを閉じると、ケイの指先が、髪を払った瞬間が蘇る。

「名前を戻された瞬間に、これはもう"なかったこと”にされるんだって……分かった」

遥香はしばらく黙っていた。
その沈黙が、玲奈にはありがたかった。

「……でも、ちゃんと終われそうだね、玲奈」

「……うん。たぶんね」
「それにね、今日、生理きたの」

唐突に、けれどぽつりと、玲奈が言った。

「身体って、ちゃんとわかってるんだね。
なんか、ちゃんと“終わった”って、合図された気がした」

遥香が、少し笑う。

「わかるかも。リセット、だね」

「うん。そんな感じ」


もう涙は出なかった。
感情は静かに整理されて、代わりに胸の奥が、じんわりと空いた気がした。

「ありがとう。……聞いてくれて」

「当たり前でしょ。
そういう話、玲奈からじゃなきゃ聞けないもん」

笑いながらそう言う遥香に、玲奈もふっと力を抜いた笑みを漏らす。

「今度さ、またちゃんと、飲もうよ。
あの頃みたいに、バカみたいな話してさ」

「お。じゃあ久しぶりに予約しとくわ、うちの近所の例の焼き鳥屋」

「ふふ、お願い」


通話を終えたあと、玲奈はスマホを伏せて、天井を見上げた。


あの夜と同じ天井。
でも、少しだけ見え方が変わっていた。



電話を切ったあと、玲奈はしばらくベッドに背を預けたまま、窓の外ににじむ夜の灯を、ぼんやりと見つめていた。

あのLINEの返事を受け取った日から、数日。
今日ようやく、それを人に話す気持ちになれた。

自分でも、あんなふうに泣くなんて思わなかった。
玲奈って呼ばれたとき、ほんの少し期待していたんだ。

"水島先輩"

たったそれだけの言葉が、彼との距離を思い出させて、一瞬で現実に引き戻された。

でも、それでよかった。
ちゃんと終われた。
そう思える夜だった。






──そのころ、街のどこかで。

怖くて、声も出せないほどに震えていた女の子が、誰かの腕の中で、静かに涙を流していた。


「……好きだ。あやちゃんが、怖いときも、笑ってるときも。全部、守りたいと思った」


その声は、もう過去には向けられていなかった。

玲奈は、そのことを知らない。

ただ、自分の想いに、最後まで名前をつけて、
今夜そっと、それを胸の奥にしまっただけだった。





――――――――――――――――――

ねぇ、風間くん。
いつか、ちゃんと笑って会えるかな。
そのとき私は、また“強い水島先輩”で
いられるようにするから。

――――――――――――――――――






        ~ 完 ~





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...