今日も今日とて

滝川永茉

文字の大きさ
8 / 9
学校に行きたくない私と、来未(くるみ)の九月の話。

九月十五日(月・祝)楽しさの後の寂しさ。

しおりを挟む
 初めての待ち合わせ。11:15に駅に着いた。
「ちょっと早すぎた……」
 まだ残暑厳しい今日、駅の改札の冷房は効いていない。額にじわっと滲んだ汗を、ハンカチで押さえた。
 11:20すぎ、改札の中にクルミの姿を見つけた。
 クルミは私に気づくと大きく手を振った。私も小さく降り返した。
「ごめんね、待った?」
 クルミは私に走り寄った。
「ううん、さっき来たとこ」
「ゆかり、何食べたい!?」
 クルミはお腹ペコペコといった様子だった。
「うーん、何がいいだろ。クルミは?」
「私はー……」
 ぐるっと辺りを見回したクルミの視線がファストフードの看板を捉えた。
「お月見バーガー出てる!」
 瞳がキラキラ輝いていた。
「いいね、食べよっか」
 初めての外食は、ハンバーガーに決まった。
 くだらないおしゃべりをしながらハンバーガーを食べたら、目的の百均を目指した。その途中にパン屋を見つけた。
「パン屋だ……!」
 クルミは「入ろう」というと同時に店に入った。
「え、まだ食べるの?」
「見学、見学」
 クルミはそう言いながらトングを手にし、フルーツの乗ったデニッシュをトレーに乗せた。
「買ってるじゃねーか」
「おやつ、おやつ」

 その後、無事に百均で材料を買い、いつも通り家に戻って二人で作業をした。
「動画で何でもわかるから助かるよねー」
「ほんと、それね」
 今日、買い足したのは、一番細い筆。それをさらに、眉毛カット用ハサミで切って、極細筆を作る。これでもっと細かい焼き色が付けられる。そして、いい感じの木箱と端切れも買った。
 買うものは全てお小遣いの範囲内で。それも私なりに決めたルールだ。
 木箱に敷く布を端切れセットから選ぶ。しばらく二人であれやこれやと言いながら、結局オーソドックスな赤いチェックを選んだ。小さな木箱を小型のこぎりでさらに小さく二分割し、断面をやすりで削る。中に、折った端切れを敷き、その上にパンを並べる。小さな籠にも端切れを敷き、バゲットを二本差す。
「すっごい、パン屋っぽい」
「だね」
 クルミが先日作った、へたっぴなクロワッサンもどきの前には、赤色の極細ペンで『sale』と書いたミリサイズの紙を置いた。ただのミニチュアパンの集合体は、少しずつパン屋へと変貌を遂げた。
「やったー、できた! めっちゃ可愛い」
 クルミは私より喜んでいた。
「名前つけよう。ゆかりパンにする?」
「クルミの方がパン屋っぽいな。ゆかりパンはなんか、紫蘇が入ってそうじゃない?」
「でもクルミパンだと専門店みたいだよ。しかもクルミパンあったっけ?」
「ない」
「ないんかい」
 クルミがあははと笑った。

 楽しい時間はあっという間に過ぎた。
 帰り間際、クルミがイヤそうに言った。
「明日から放課後、体育祭全体練習あるんだよねー」
 私は動揺を悟られないよう、努めて冷静に返した。
「そうなんだ……」
「まだ暑いのにさー。めんどくさいよー」
 咄嗟に言葉が出なかった。
「……い、いつまで?」
 クルミのめんどくさい気持ちに共感すればよかったのに、私の口から出たのはクルミが来なくなる心配だった。自分のことばっかりだ。
「金曜まで。この四日間一年は部活も休んで練習だって」
「……そうなんだ」
「応援とダンス、全クラス一緒にやるんだよ。絶対大変だよ」
 クルミはうんざりした口調で言った。
「大変だね……」
 しばしの沈黙が続いた。何か気の利いたこと言わなきゃ、と頭を回転させていると、クルミが口を開いた。
「ゆかりは……」
 クルミがチラリとこちらを窺うように見た。
「?」
「……ゆかりは、体育祭、来る?」
 ハッとした。そうだった。体育祭は十月。私の夏休みは終わっている。
「……わかんない」
 そう答えるしかなかった。
「だよね! わかんないよね」
 クルミは慌てて笑顔を見せた。
「どっちでも、いいと思うよ」
 クルミは続けた。
「もし来るなら、一緒に楽しもうよ。でも、別に無理しなくても……」
 クルミはそこまで言うと、少し焦ったような口調で言った。
「てゆーか、ごめんね! 変なこと訊いて」
 私はぶんぶんと首を振った。
「気にしてくれてありがとう。でも、やっぱり体育祭は行かないかも……」
 正直な気持ちだった。行ける気がしなかった。
 というか、体育祭ムードのクラスを想像すると、登校することすらためらわれた。
「西垣さんどうする?」という微妙なムードを作ってしまうかと思うと、どうにも気持ちが塞いだ。
「練習、大変だと思うけど頑張ってね!」
 私は無理に明るい声を出した。
「私も、今週はパン屋をもっとグレードアップさせようと思って。さっきクルミが買ったみたいな、フルーツが乗ったデニッシュ系とかも、作りたいんだよね」
「あー、だからやたらと写真撮ってたんだ」
 クルミも明るく言った。
「じゃあ……、またね」
 玄関先でクルミを見送る。
「うん、またねー」
 角を曲がる直前、クルミは振り返り、手を振った。私も笑顔で手を振り返した。
 クルミの姿が見えなくなって、私は「はあー」と大きな溜息を吐いた。

 静かなリビングに戻り、力なく椅子に座った。
「体育祭か……」
 そして、何より。
「今週は、来ないのかー」
 テーブルの上には、たくさんの小さなパン。
『YUKARI Bakery』と書かれた看板をそっと摘まんだ。
 縁側からは夕暮れの空が見えた。
「雨が降ればいいのに……」
 そう呟いて、机に突っ伏した。
  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...