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10.あたたかい手
しおりを挟む国一の聖女に代わると言われてしまったのだから、教会に行っても私の仕事はない。
完全な不用品となった私が部屋に閉じこもってどのくらい経ったか。
もうしれっと実家に帰ってしまってもバレなさそうだ、なんて考えたりもしたけれど、そもそも実家にだって私の居場所はない。
生まれた時からどこかぼんやりしていた私は、両親に出来損ないだと放置されていて、よく言えば放任され、自由気ままな幼少期を過ごしていた。
だから王太子とのご縁にはそれはもう喜ばれたものだ。
今更のこのこと手ぶらで帰った暁には軽蔑の眼差しだけでは済まないかもしれない。
そんな帰る場所もない私は、確かに王宮に縋っているも同然なのかもしれない。
溜め息と共に立ち上がって、気持ちの赴くまま中庭へと向かう。あの場所の、優しい緑の香りを嗅ぎたいと思った。
月の光が照らす庭は美しい。
ただでさえ人の出入りの少ない離宮で、深い夜ともなると更に辺りは静謐に包まれていた。
しかし、思い掛けない人影があり目を丸める。
「ウィル?」
「っ! ……レ、レネ様…?」
「こんな時間に何をしているんですか?」
背後から声を掛けたのが悪かったようで、花壇を覗き込んでいたウィルはびくりと脅かされたように肩を揺らして振り返った。
ここで初めて会った時とまるで逆のようだ。
「びっくりしたぁ…僕はシトゥの花の調子を見に─えっと、この花なんですけど昼間は蕾として飾られるんですが夜に花が開くので…」
「へぇ、可愛らしい蕾だと思っていましたが、夜はこうして開いて花弁は薄く輝くのですね」
「そうなんです。綺麗ですよね…って、じゃなくて! レネ様、随分とご無沙汰じゃないですか!」
「あはは…そうですね。お元気でしたか?」
「それはこっちの台詞ですよ…貴女が教会に顔を出さなくなって、代わりに王太子妃が来るようになったと聞きました。セレナがどれだけ落ち込んでいるか、貴女に見せたいくらいです」
「ご、ごめんなさい…ですが私も、行きたくても行けないというか…」
もごもごと口籠る私を見て、ウィルは「まぁ大方の予想は付きますよ」と溜め息交じりに言った。
「セレナ曰く、レネ様がいなくても回ってるらしいです」
グサッと胸を刺されたような気分でいれば、ウィルはカラカラと笑いながら、
「クリスティナ様の大雑把な魔法は傷より痛む治療だそうで、おかげで教会を当てにする怪我人が減って、暇なんだとか」
なんて呆れ返った調子で続けた。
ぽかんと呆ける私に向けて、「レネ様みたいな優しくて優秀な方をこんなところに放っておいて、あんな人に好きにやらせてるなんて、この城って見る目が無い奴らが多いですよね」そういって悪戯に笑ってみせる。
彼が励ますつもりで言葉を掛けてくれていることに気付いて、鼻の奥がツンとなった。
「でもこれまであの人は頑張りすぎてたから、これを機にゆっくり堂々と休暇を取るべきだ、ってセレナが言ってましたよ。僕もそう思います。もう周りなんて気になさらず、悠々自適に王宮暮らしを満喫してやればいいじゃないですか」
だから、
ウィルは一歩、私との距離を縮めた。
「庭にも、時々でいいから顔を出してください。そうでないと塞ぎ込んでるんじゃないかって心配になります」
少し怒ったようにしながらも、その視線は優しい。
こんな風に心がぬくもるような心地になったのは、久しぶりな気がする。
彼の言葉が嬉しくて、お礼を告げて笑いかけたつもりだったのに結局涙が溢れてしまった。
ちぐはぐで見苦しい姿を晒す私に呆れることもなく、ウィルはためらいがちにもそっと背を撫でてくれる。
手袋の外された皮の厚い手のぬくもりが、じんわりと体に沁みるように感じた。
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