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1.運命を知った六歳
前世の記憶はまどろみの中で、ゆっくりと染み出すように彼女の脳裏に呼び起こされた。
赤茶色の髪に、瞳が透けない程の分厚い眼鏡を掛けた少女。
その姿は、小さく奥に映り込んだだけの挿絵一枚でのみ知れる。
名をミア・コレットというが、そう何度も綴られることもなく物語の中盤にも満たないうちに命を落とす、所謂脇役。
もっと分かり易い言葉を使うのであれば、モブ。
ヒロインのクラスメイトであり(名前よりもこちらで称されることの方が多かった)、学園で起きた魔物の襲撃事件の被害者。
一応ヒロインの内なる力を引き出すきっかけ、という役割はあれど、言い換えれば危機的状況を演出するためのただの舞台装置。
そんな舞台装置たちの尊い犠牲に涙するヒロインに寄り添うヒーロー。そうして二人の仲は進展し──
なんて小説を、死ぬ直前まで読んでいたからこうもよく覚えている。
「──ッ………!!!」
少女は飛び起きるようにして上体を起こした。
震えるほどの悪寒、しかし全身にじっとりと汗が滲んでいた。
シーツを握りしめる小さな手の内にも。
「はぁ……はぁ………さっきの、ゆめ、は………」
呟いた言葉は嫌にたどたどしく、少女──ミアは自分の口元を抑えた。
幼児特有のふっくらとした肌の感触。
そのままペタペタと体中を確認するように触れ回って、自分が六歳児であることをやっと思い出した。
(わたしは、ミア・コレット……コレット男爵家の一人娘……まだ六歳で、良くも悪くも特出する点のない、ただの子ども……)
それがまごうことなき自分自身であるということに加え、ミアは前世の記憶を曖昧にだが思い出した。
(長いこと乗り物に乗っていて……そこでわたしは、ずっと小説を読んでいて……でも、突然大きな音と衝撃が……)
──いくら頭の中を掻き回しても、思い出せるのはそれだけだった。
しかし、ミアにとってはそれで十分だった。
彼女にとって重要なのは、その時に読んでいた小説の内容だ。
「ミア……? どうしたの? 怖い夢でも見たのかしら?」
ふいに掛けられた声にびくりと肩を揺らす。
「ほら、もっとこっちへ。もう一度眠れるようにトントン、してあげましょうね」
手を引かれ、ミアはぽふんと軽い音を立てて再びベッドに横たわった。
母が優しく包み込むように抱き締めて、背を心地の良い力で叩いてくれる。
鼻の奥がツンとして、生まれた時から悪い視界が更に揺らいだ。
あたたかい家族に、穏やかな日々。
なのに知ってしまった未来は酷く残酷なものだった。
ただの夢だとあしらえない程に、得た記憶の内容と自分の生きる現実は一致している。
魔法という神秘の存在する世界。
名前、容姿も一致していて、何より生まれ持っての筋金入りの目の悪さで、ミアは本当に瓶の底のような眼鏡を愛用しているのだ。
(瓶底眼鏡のミア・コレット男爵令嬢。そんなのわたし以外他にいないわ)
自分は物語の脇役で、これから死ぬ運命にある。
ヒロインとヒーローとの仲を進展させるための舞台装置。
「──そんなの………そんなの、あんまりだわぁぁぁ!!!」
「よしよし、夜泣きなんて久しぶりね」
ぁぁーーー、とそのままミアは母の腕の中で大泣きし、いつの間にか泣きつかれて眠ってしまった。
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