【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎

文字の大きさ
13 / 36

13.筋書き

しおりを挟む

「おかしい……」

 朝の教室は人気がなく凪いでいる。
 早寝早起き健康スケジュールの鬼であるミアは、早朝のトレーニングを終えて誰よりも早く教室に入る。
 そんな彼女は今日も今日とて一人思い悩んでいた。

 入学初日から感じていた微かな違和感が、日を追うごとに確信を持ち始めている。
 その違和感とは、

「ヒーローとヒロイン、いつになったら絡むの…?」

 未だグレンとクロエの間に目立った交流がないのだ。

 出会った当初から、グレンはクロエを気に掛けているはずなのだ。
 庶民の出で苦労があるだろうと初めは同情にも似た感情を向けるが、決して屈さず、柔らかな笑顔を絶やさないクロエに惹かれ、守りたいと感じるようになる。
 そしてクロエも、家柄を気にせず接してくれる彼に思いを寄せるようになる。

 しかしそんなグレンとの関係が、クロエが悪質な嫌がらせを受ける最大の要因となる。

 初めは、避けられたり、無視されたりするくらいで留まっていたが(だからこそクロエの頼れる相手はグレンだけとなり、二人は親密になるのだが)、それによって嫌がらせは少しずつ過激になり、裏庭で女子に囲まれ叩かれる、なんて定番ともいえるシーンもあった。

 とはいえ基本的には何でも上手いことサクサク進む話でもあったので、少しの期間を耐えていればここぞという時にグレンが現れ救ってくれる。
 そう、いじめだって所謂スパイス的なイベントなのだ。
 ミアが死ぬ事件と同じように。

 ──とまぁ、一先ず物語の流れはこんなところ。
 だから、本来であればもう二人は席を隣り合って授業を受けているはずで、女子からはそれを疎む視線が飛び交っているはずで、グレンという心の支えを元に力を発揮し始めたクロエがクラスでも目立った存在になっていて……などなど。
 そのはず、なのに、

(どうして今日も、二人の席はあんなに遠いの!?)

 ミアの違和感など関係なく教室は埋まり、授業が始まった。
 グレンは隣に座るマルセルと組んで、何食わぬ顔で試験管を揺らしている。
 方やクロエは教室の隅の席でじっとしたまま。

 物語の進捗が悪いからなのか、彼女の才能や聡明さは未だ発揮されず、どの教科でも中の下くらいのスコアで目立たず、庶民弄りも早い段階で皆飽きたらしく一々揶揄われることもなくなった。
 幸か不幸かグレンとの交流がないため女子から疎まれることもなく──ヒロインにしては少々存在感に欠ける。

 顔の造りは流石の一言で、淑やかなヒロイン然とした美少女である。
 しかし綴られていた通りの春の木漏れ日のような柔らかな雰囲気は、遠目に見ている分には感じられたことがない。

 ふいに彼女が視線を上げ、グレンを見た。

(──あ、やっぱりそうよね!)

 その瞳には確かに熱が籠っていて、やはりクロエがグレンに惹かれているのは確かだった。
 過去の自分の記憶を疑いそうになっていたミアは、やはり間違いではなかったのだと確信を持って、彼女の視線の先の男のことも盗み見る。

 しかし肝心のグレンはといえば、ごく自然に授業と向き合っているだけだった。

(何だかヤキモキするわね…どうしてグレンは彼女を気に掛けてやらないのかしら。あえて? あえてなの? ツンデレに目覚めてしまったとか? 確かに遠くから美少女に熱のある視線を向けられている状況もいいものだろうけど…それにしたってヒーローとして腑抜けすぎじゃないの? あ、コラ、周りが騒がしいのをいいことにしれっと欠伸してんじゃないわよ!)

 なんて心の中でツッコんでいれば、視線を悟ったのかミアの方を見たグレンと視線がバッチリ交わった。
 悪いことをしていたわけでもないのにギクリと背筋が強張る。
 けれどグレンはどこか嬉しそうに「なに」と、声に出さず口の形だけで問いかけてきた。

 慌てて視線を逸らす。
 大袈裟なほどに顔を明後日の方向に向けたミアにグレンは小さく肩をすくめた後、丁度マルセルが声を掛けてきたため視線を離した。

 ミアは溜め息を吐きたい気分になる。
 何をやっているんだお前はと、見るのはこっちじゃなくてあっちだと、言ってやりたい。
 ちゃんと予定通りのハッピーエンドに向かってほしいと、まがいなりにも幼馴染として心配しているのだ。
 だというのに──

「コ、コレットさん、多分そこまでしなくても大丈夫よ?」

「え」

 隣から声を掛けられて、ミアは自分が魔草を延々とすり潰し続けていたことに気付いた。
 人のことばかり考えていないで自分も授業に集中すべきかと、少し反省。

 それでもやはり、クロエが気になり、

「ねぇ、ハーニッシュさんもお誘いしない?」

 そう先ほどミアの肩を叩いた隣の席の女生徒、カーラ・ハーリーに向けて声を掛けた。
 因みに彼女もモブ仲間である。というか、クラスの大半が物語の中では脇役だ。

「それがね、さっき声を掛けたけど断られたわ」

「え!?」

「『大丈夫です』って。意地悪されるとでも思ったのかしら? ただ気まぐれに誘っただけなのにね」

 教師は数人で協力してもいいと言っただけで、一人でやってはいけないとは言っていない。
 それでもやはり人手がある方が効率はいいし、何より一人で机に向かうクロエの肩は少し沈んでいるように見えた。
 カーラもそれを見かねて声を掛けたのだろう。
 きっとクロエが歩み寄れば、受け入れてくれるクラスメイトはこんな風に少なからずいるのだ。

(物語では初っ端からグレンのフォローがあったものね……)

 それがない現状、彼女は臆病な美少女であるだけだった。

 どうやら少々筋書きとは異なる部分があるらしい。
 自分の存在を思えばそんなこともあるかと納得できる。
 であればこれから待ち受ける死も、都合よく避けられないだろうか。
 そう考えてすぐに被りを振る。
 生死に関わる問題なのだ、決して軽んじてはいけない。

 とりあえず、二人の恋の行方は二人に任せ、ミアはあまり気に留めないことにした。
しおりを挟む
感想 110

あなたにおすすめの小説

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

処理中です...