【完結】脇役令嬢だって死にたくない

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16.「買い物!」「デート」


 街は賑わっていた。
 人波に流されるように歩きながらミアは悟る。
 自分は街を歩くのが得意ではないらしいと。
 そう半ば諦めがちに人波に溺れていれば、どこからともなく伸びてきた手に腕を掴まれた。

「ふぁ!?」

 そのままグイグイと引かれて人波から引っ張り出される。
 勢いのまま手を引く相手の胸へと飛び込んでしまうが、好都合と言わんばかりに抱き込まれて、通りの端に押しやられた。

 ミアはやっと息が吸えるような心地になって、嘆くように自分を救出した相手を見上げた。

「うぅ……グレン、ありがとう…」

「だから言っただろ」

 呆れた声が降ってくる。
 しかも少しお怒り気味だ。
「道もわからないくせにふらふら歩き回るな」聞き分けの無い子どもを叱るように言う。
 ミアはぐぅの音も出ない。

 外出届を出している最中を目撃され、有無を言わさぬ勢いで付いてきたこの男の世話焼きぶりを、はじめは少々疎ましく思った。
 しかし実際街へ出てみればミアは右も左もわからない子どもだった。

 思えば買い物なんて、田舎町が誇るそこそこの賑わいに母親と共に何度か訪れたくらいだった。
 自然豊かな田舎育ちかつ鍛錬ばかりの日々を送ってきたミアが、本物の街へと出向いて目を回すことをグレンは簡単に想像できていたらしい。

 そうして幼馴染のよしみで子守りよろしく付いて来てくれた彼の忠告も聞かず、繋がなくたってはぐれたりしないと差し伸べられた手を払い、間もなく見事に人波に攫われた。
 今回ばかりはグレンに頭が上がらないミアである。

「人の少ない通りを歩こう。そっちにも質のいい店はあるから」

 何を見に来たんだったか、そんな問いにお菓子だと返すミアの声は弱々しかった。

「何をそんなに落ち込んでる?」

「田舎者を痛感させられたの。だって今日は何でもない日なんでしょ? なのにリンセン通りのお祭りよりも人が多いんだもの…動体視力には自信があったはずなのに、目が回っちゃった」

 リンセン通りとはミアの実家の近所の通りのことであるが、地元民しかしらないそれをグレンが知る由もない。
 ただ何やら妙なことで落ち込んでいるミアが可笑しくて、可愛らしいと感じた。

「慣れない土地なんて最初は皆そんなものだ。気落ちする必要は無いし、別に慣れなくたって僕がいれば問題ないだろ」

 ミアの手を覆う手のひらにきゅっと力が籠る。
 今度は払う気になんてなれず大人しくしていれば、グレンは小さく微笑んでからミアを連れて近場のカフェに入った。

 ぼんやりしている間に目の前にココアが運ばれる。
 ホイップクリームがたっぷり乗った温かいそれに口を付ければ、体が和らいだ気がした。
「美味しい?」目の前の男は何だかむず痒くなるような視線をこちらに向けて言う。

「うん」

 素直に頷けばグレンは満足そうにしてコーヒーを傾けた。

 そこからは他愛ない話が続いた。
 件の田舎祭りについてグレンは案外興味深そうにしていて「じゃあその時は君が案内してくれ」といつの間にやら約束を取り付けられたり。
 いつかの森を懐かしんだり、最近の鍛錬はどうだとか、あの授業はこうだとか、取り留めのない会話が心地の良いベースで続く。

 丁度お互いのカップが空いたところで、グレンが立ち上がった。
 追うように店を出れば、自然な調子で手を繋がれる。
 しれっとドリンクも奢られてしまった。
 これでは『クソガキ様』などと罵れたものじゃない。

「今度は勝手に離れないように」

「……あのね、確かに貴方から見たらよちよち歩きの子どもに見えるんでしょうけど、別に本当に子どもじゃないんだから」

「子ども扱いしてるわけじゃないけど、そうやってむくれてる顔は子どもっぽくて可愛いよ」

 ミアはあんぐりと口を開けた。
 コイツはまた性懲りもなく、と内心では毒づいているが、もはやツッコむ気にもなれずスルーすることにした。

 その後、グレンの薦めてくれた店でお土産を購入し帰路に付いた。
 誰宛か、それを問うグレンの目が例に漏れずジト目だったため(こういう時のグレンは面倒くさい)、ミアは自分用だと答えておく。
 ラルフの準備室に転がり込むため──などと考えつつ、そう期待はしていないのだ。
 自分の腹に収まることになると目に見えている。
 結局のところ気分転換が主な目的になっていることには、計画を閃いた時点で自分でわかっていた。
 そして結果は百点だ。
 グレンの手を煩わせる失態がなければ百二十点だった。
 
 今日は自分の運命についてなんて忘れて楽しく過ごせたが、その反動か明日からの日々が少し憂鬱だ。
 だから列車に乗り込んだ後も握られたままの手を解く気にもなれないまま、ミアはグレンにだらんと体を預けて眠りに付いた。
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