【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎

文字の大きさ
34 / 36

34.再会


 木に背を預けてぴくりとも動かないミアの前で、グレンは膝を付いた。

 いつもの血色の良さを失った頬をそっと撫で、そのまま脈を測るため指を滑らせようとするが、気が遠くなりそうだった。
 受け入れがたい現実がすぐそこにある気がする。

 そう指先が躊躇していた時、

「…ん…………あれ、グレン…?」

「………………ぇ」

 パチリと瞼を持ち上げ、蒼の瞳が顔を出した。

「な、ななななんでいるの!? げ、幻覚ぅわぁっ!!」

 堪らず抱き締めれば、人の気も知らない間の抜けた声を上げる。

「ミア、ミア、生きてる…ちゃんと、生きてるんだな…?」

「い、生きてる生きてる! 見てわかるでしょ! ちょっと休憩してただけで、」

「ああ、そうだった…君は疲れている時、極端に静かに眠るんだったな…」

 グレンは心底安堵したらしい息を吐いて、またぎゅうとミアを抱き締める腕に力を込めた。

「よかった、本当に」

 ミア、ミアと、何度も名前を呼びながら自分の肩に顔を埋めているグレンを、ミアは子どものようで可愛いと思うが、

「ぅぅ…」

 呻いたミアに、グレンはハッとなって体を離した。

「…! そうだ、怪我は!?」

 安心したり慌てたりと忙しないグレンが少し可笑しくて、

「貴方の馬鹿力が苦しい以外は、大した怪我はないわよ」

 そう小さく笑ったミアだが、どう見たって血塗れである。

「刺されたところは彼女がペラペラと喋ってくれていたおかげで、応急処置の魔法が使えたし、そもそも急所は避けられていたから、」

「刺っ……!?」

「毒もまだちょっとピリッとするくらいで、ほとんど抜けたわ」

「どっ……!?!?」

 グレンは眩暈を覚える頭を押さえた。
 目の前でカラッとしている彼女と違い、ミアの身に起きたそれらを想像しただけでグレンは胃が痛くなる。

 今度は悩まし気な息を肺の底から吐き出した。
 正直、溜め息を百回ついても足りない気分だった。
 それからじっとりと遠慮なくミアを睨んで、

「どうして僕を呼ばなかった」

「え? あー…えっと…それは、魔物との戦闘に必死で……」

 すいすいと目線を逸らすミア。
 確かに冷静になって辺りを見回せば、魔物の死体がゴロゴロと転がっていた。
 どうやら彼女の調子を見るに、体を染めているのは返り血らしい。

「だとしても呼ぶくらいはできただろ。それに僕の声は聞こえていたはずだ」

「あ、ああっ! そうそうっ! グレンが呼び掛けてくれたから目が覚めて、とても助かったわ! もう少しで気を失っている間に食べられちゃうところだったの。いやぁ本当に魔道具様様というか、ありがとうねグレン!」

「だからなんでそれに返事をしなかったのかと聞いているんだが?」

 一度微かに反応したくらいで、その後は音沙汰無しだ。
 さっきまではあんなに熱烈だったというのに、グレンの目が一瞬にして氷点下にまで下がってしまい、ミアは「ぅ゛」と苦し気な声を溢した。

 顔ごと逸らそうとしたため、グレンはミアの顎を鷲掴みにして正面を向かせようとする。
 抗うミアと、ギリギリと静かな攻防戦が続くが、グレンが袖で顔に付いた血をグイと拭ってやれば、「ぁぅ…」と顔を顰めつつも大人しくなった。

 その後言いづらそうに、

「……戦闘に必死だったのは嘘じゃない……でも一番の理由は、こんな危険な場所に貴方を呼びたくなかったから……」

 結局こうして来てくれちゃったけど…としょぼしょぼと言うミアに、グレンは眉を顰める。

「何のためにそれを渡したと思ってる、これでは持ち腐れだ。君は勉強はできるが頭が少し緩い自覚を持った方がいい、死んでからでは遅いんだぞ」

 そう強く言えば、ミアはぎゅっと顔を強張らせた。
 泣きそうになっている時の顔だと知っているが、ここで甘やかすわけにはいかないとグレンは心を鬼にする。

「ちゃ、ちゃんと役に立った! さっきも言った通り、目を覚まさせてくれたし、本当はもーっと向こうの方に飛ばされてたけど、貴方の声を頼りにここまで走って来れたんだから」

「そういう問題じゃないと、自分でもわかってるだろ」

「でも……大好きな人を危険に晒したくないと思うのは普通のことでしょ」

 ミアがそんな風に返すので、グレンは目元を抑えて空を仰いだ。
 スゥ…と息を吸って、吐いて、向き直る。

「……だったら君も、僕の気持ちがわかるだろ。君が目を開けてくれるまで生きている心地がしなかった。僕を思ってくれるなら、どうか僕の心の安寧を優先してほしい。これが一番キツイんだ」

 頼むから、と力無く肩に額を預けてくるグレンは、どうやらかなり参っているようで、

「自分の身に起きる事が僕にも影響するという自覚を持ってくれ、例えばミアが小指の骨を折ってしまったとして僕は全身複雑骨折並みの衝撃を受けることになるんだわかってくれるか」

「あ、貴方がとても疲れているということはよくわかったわ……」

「いいや、君ほどじゃないさ。本当に勇ましい限りだ僕の恋人は」

 嫌味が十二分に込められた言い方をするグレンに、ミアは「き、嫌いになった?」と怯えながら伺う。

 前までは『縁が切れようが気になりません」といった風だった彼女が、こうして不安げに自分の袖を引いてくるようになるとは、感慨深さにこっそりグッときてしまったグレンである。

「……困ったことに益々好きになった」

 気持ちの赴くまま唇を重ねれば、案の定ミアは「こんな時に何!?」と湧いたポットのようになる。

「帰ったら説教だからな、今くらいいいだろ」

「えっ!? わたしまだ怒られるの!?」

「さて、いつまでも悠長にはしていられない。帰ろう」

「それはこっちの台詞なんだけど!!」

「なんでまだ生きてるんですか???」

 突如割り込んできた第三者の声に二人はバッと目を向けた。

 木々の間から姿を現したクロエは、

「しかもなに私の前でいちゃついてくれてんですか??」

 そう怒りの籠った声で呟きながら、覚束ない足取りで近付いてくる。
 異常に充血した目の焦点は合っていない。

「なんでまだ生きてんの? あの時芋虫みたいに転がってたじゃん、なのになんでケロッとしてんの? なんで私じゃなくてお前が愛されてんの? ねぇマジでお願いだから死んでくれないかなぁ? ねぇねぇねぇねぇお前ェ!! お前さァ!!!!!」

 クロエはミアを見据え、ナイフを構えて真っ直ぐに向かってきた。

「このゴキブリ女がぁ゛ぁぁああ゛!!!!!!!」

 グレンがすかさず前へと出るが、

 ゴッ──

 っと、鳴ったのは、恐らくクロエの骨の音で。
 制するグレンよりも前へと踏み出したミアの拳が、クロエの顔面を殴りぬいた。

 そのまま吹き飛んでいくクロエに、グレンはギョッと固まり、ミアは「ふぅ」と息を吐いた。
感想 110

あなたにおすすめの小説

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――