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36.これからも二人で
とある日、大きな包みが一つコレット家に届いた。
「ミ、ミア、これってもしかして…!!」
ミアは一見して差出人を悟り、添えられたメッセージカードを見て確信を得るが、それを覗き込んだ両親は飛び上がった。
グレンの名と日時が綴られたカード、包みの中にはドレスが入っていた。
「「キャー!」」と、母だけでなく父まで手を合わせてミーハーにはしゃいでいるが、恐らく自分にピッタリなのだろう質のいいドレスを眺め、ミアは数々の接触の中で体の寸法が測られたのだろうかと思うと、何とも言えない気持ちになった。
件の騒動のあと自宅療養となったミアだが、そのまま学園がバケーションの期間に入ったため、引き続き帰省の日々を過ごしているところだ。
その間グレンとはすっかり顔を合わせていない──なんてことはなく、ミアが全快するまでの間にグレンが幾度もコレット家を訪れたこともあって、すっかり両親はグレンのファンと化していた。
お見舞いという体で来ているからなのかグレンは確信めいたことは語らないが、ミアを想っているということは明け透けに表現するため、二人の関係についてはもう伝わっている。
当初は開いた口が塞がらなかった両親だが、足繁く訪れるイケメン次期公爵様にコロッと落とされ、今では「次はいつ来てくれるだろう」とミアを差し置いてウッキウキである。
流石の社交性というか、気遣いの塊かのようなグレンが爽やかな笑みを浮かべて両親と談笑する中、当事者であるはずが蚊帳の外に追いやられたようなミアは、もうどうとでもなれという気でいた。
そして丁度、魔力の調子なども戻ったため森へ鍛錬にでも出掛けようと思った矢先にこれである。
タイミングが良すぎて、何もかも把握されているのではないかと若干恐怖すら感じるが、
「…まぁ、今に始まったことじゃないし」
グレンならいいか、と思ってしまう辺り、文句の良いようもない。
カードの内容を見るに、今夜いつもの場所に来てほしいとのことだ。
二人の間で使われる『いつもの場所』とは、森の湖畔のこと。
なんで夜? なんでドレス?
そう首を傾げているミアを他所に、母や侍女は鼻息荒く彼女のドレスアップの準備を始めた。
そうして約束の時間通りに訪れれば、まるで夜空が二つになったかのように星々を映して美しく輝く水面を背に、彼が待っていた。
「やっぱり僕の見立ては間違ってなかった。よく似合ってる、綺麗だよミア」
そう言って頬にキスが落とされる。
ここのところ、こういったふれあいは一切なく、そもそも思いを通じ合わせたからといって慣れるほど恋人らしいことをしてきたわけでもないので、当然ミアは戦慄いた。
「な、ななな、なにをとつぜん、」
「突然ということもないだろ。君はまたドレス姿で剣を振り回すつもりでここに来たのか?」
そんなわけないでしょ、と剥れていれば、グレンは小さく笑ってから手を差し伸べてきた。
駄目になってしまったプロムの代わりに、二人だけで踊ろうという誘いだった。
ミアが頬を染めつつ手を取れば、腰を引かれてステップが始まる。
自然界に漂う微小な魔力が、微かな光を放ちながら空中を漂っている。
月明りが煌々と降り注ぎ、森は昼間とは全く違った顔をしていた。
思えば夜の森に入るのはこれが初めてだと、ミアは思う。
恐らくこの美しい風景をグレンは知っていて指定したのだろう。
そして何より、懐かしさが胸を擽る。
あの日ここで初めて会った少年は、あんなにも小さくて可愛らしかったというのに、まさかこんなに大きく成長した彼と、時を経てもこうして共にいるなんて考えもしなかった。
「君に低身長を馬鹿にされていた頃が懐かしいな」
心の中を見透かされたのかとギクリと肩を震わせたミアに、グレンは生暖かい視線を向ける。
「わ、わたしってもしかして、透けてたりするの…?」
「まぁそういった発言も含めて、最近は特に分かりやすい気がするな」
「えぇ~……」
運命を越えられて気が抜けているのだろうか、しかし気ぐらい抜かせてほしいとも思うミアである。
「僕のこと好きなんだなって伝わってくるから嬉しい」
そんなミアにとって特大の爆弾が落とされ「はぁ!?」と素っ頓狂な、裏返った声が上がった。
「ご両親に嫉妬する君も可愛いが、こうして二人きりで、気兼ねなく触れられるのはやはりいいな」
ドバッと汗が噴き出した。
「わけのわからないことを言わないで」という言葉がこれでもかというほど震えていて説得力がない。
「君の構って欲しそうな視線を受けるたびに、いじらしくて堪らなかったな」
「もうやだグレンきらい離して!」
グイグイと胸を押して遠ざければ、屈んだ彼に唇を奪われる。
文句を言ってやろうと思うのに、それが存外深く激しいものだったせいで受け止めるだけで必死になってしまう。
「んぅ…!?」
腰に回った腕に軽く抱き上げられてミアの足が浮く。
わざとらしく立てられるリップ音が耳を刺激してくる。
ふわふわとした心地が体中に染み渡っていく。
唇と唇を合わせるだけでどうしてこんなに気持ちよくなってしまうのだろうと、ミアはぼんやりと霞む頭で考える。
やっぱりこの人を愛しく思う気持ちがそうさせるのだろうか。
「……そんな顔、僕以外の誰にも見せるなよ」
とろんと呆けるミアが「ふぇ?」と間の抜けた返しをするので、グレンはため息を吐きながら彼女を下ろし、濡れた口元を親指で拭った。
「この分じゃ、先が思いやられるな」
「ん…先……?」
蕩けている彼女が愛おしくてまた噛みついてやりたくなるところを堪えて、
「ああ、この先もずっとずっと、僕は君と共に在りたい。──ミア、僕と結婚してくれ」
真っ直ぐにミアへと伝えれば、しばらくの間呆け、そのうちじわじわと赤く染まって、瞳から大粒の涙を零した。
ふんわりとまろい頬を伝って流れていく涙は、掬っても掬っても溢れ出てくる。
「ほ、本当に、わたしでいいの…?」
何を今更と呆れそうになるようなことを不安げに呟く彼女の手を、ぎゅっと握る。
「君がいい。君以外考えられない」
そう告げれば、更に泣き始めるものだからグレンは困ったように笑った。
嬉しい、ありがとう、そんなことをしゃくりを上げながら必死に伝えてくるミアを優しく抱き締める。
そっと背を撫でてやれば、いくらか落ち着いてきたのかぎゅっと抱き締め返される。
「すき」
「さっき嫌いだと言っていたが」
「っ~、嘘だってわかってるでしょ!」
「ああ、でも冗談でも言われたくないんだ」
君はもう僕の性格を知ってるだろ、と耳元に吹き込むように囁かれる。どうやらわりと根に持っているようだ。
ミアは背伸びをしてグレンの首元に腕を回し、自分から触れるだけのキスをした。
ちゅっと可愛らしい音を立てて離れながら「大好き」と照れ笑いを浮かべる。
「わたしももう、グレン以外考えられない」
そんな返事を受けて彼が穏やかでいられるわけもなく、とめどない「愛してる」とキスの雨に、ミアはまた蕩かされてしまうのだった。
「そうと決まれば君のご両親にご挨拶にいかないと」
「お祭り騒ぎになりそう……ていうか、わたしの方こそご挨拶に伺わないと…」
公爵家に…と途方もないような心地で呟く。
正直言って不安しかないが、
「実はもう僕の方は話を通しているから、挨拶なんてそう急がなくてもいい。結婚式の会場、日取り、招待客の厳選から何から、既に決定済みだ」
「は、早すぎない!? わたしたちまだ学生で、あと一年あるのよ!?」
「式は卒業の三日後だ。問題ないか?」
「だから色々と気が早すぎるわっ!!」
と、相変わらずのやり取りだが、何だかんだと言いつつ落ち着くところに落ち着く二人である。
結局彼の予定通りに結婚式から初夜までキッチリ行われることになるのは、また別の話。
fin
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