壊獄の浄祓師

はといるか

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第3話 選択と平和

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 要するに、
 浄祓師とやらになって命懸けで戦うか。
 要注意の人物としてその生涯を監視され続けて生きるか。

 「急に決めろったってそんなの…」

 不可能だ。というか理不尽すぎる。
 
 ついさっきまで普通に高校生らしく遊んでいた。別に就きたい職業や叶えたい夢があったわけじゃない。ただ平和に生きられてそれなりの幸せがあればそれで良かった。

 さっきの恐怖だってまだ消えたわけじゃない。多分これからもあの光景を、あの恐怖を忘れることはできない。浄祓師として生きる道を選んだのならばそれ以上に怖い体験だってきっとするはずだ。
 それなら…僕は…

 「…なりません」

 不幸な自分への憐れみ、理不尽に対する怒り、底なしの不安。そんな感情が止まらない中で精一杯捻り出した言葉だった。

 「…そうか」

 それだけを言ってお姉さんは立ち去ってしまった。






 あの後覚えてるのは佐竹を叩き起こして家に帰ったこと。夜ご飯を食べずに自分の部屋で声を押し殺して泣いていたこと。

 佐竹の行動は何も悪くない。普通の高校生の普通のノリだった。
 それでもどこか

 「あいつが変なものを見つけなければ」

と思ってしまう自分と、それを否定するたびに自己嫌悪に陥ってしまう繰り返しが無限に続いた。
 そんな考えがぐるぐると渦巻く中でいつしか眠りについてしまった。


 そこから僕は学校を三日休んだ。
 どうしても行く気になれず、中学生以来の仮病を使った。


 あの一件から四日後。
 流石に仮病も使えないため、行かざるを得なくなった僕は学校に向かっている。

 佐竹は心配しているだろうか。とりあえず普通に接しようと思う。あの日のことはなかった。それでいい。

 それでいいんだ。


 ところが佐竹は僕が教室に入ってもこちらには向かってこず、会話のないまま帰りのHRが終わった。佐竹はHRが終わると同時に帰ってしまった。
 佐竹は僕が怒っていると思っているのだろうか。そう思うと少し気持ちがもやっとする。なんだかんだ佐竹と話しているのは退屈しなかったし、今回の件だって楽しいイベントを共有したいとの思いで誘ってくれたのだろう。

 「……みやくん。坂宮君!」

 落ち込むことに集中していたためか呼ばれていることに気づかなかった。

 「ごめん花守。どうかした?」

 呼んでいたのは同じクラスの花守玲那はなもりれいな。もともと佐竹の友人だったのだが、佐竹繋がりで話すようになった。

 「佐竹君が家に来て欲しいって言ってたよ。何かあったの?」


 正直言って予想外の展開だった。佐竹は本来そんな繊細なことをする奴じゃない。伝えたいことは最短距離で伝えるタイプだ。
 花守もそれを心配したから僕に聞いてきたのだろう。まさか化け物、穢者が関係しているかも、なんて言えるわけない。

 「僕もあんまり分かってないんだ。言える範囲でならあとで教えるよ」

 「おっけー。ちなみに私今日は委員会あるから…」

 花守の言葉を聞き終える前に僕は教室を飛び出した。

 「あーーもう!また明日ね!」
 
 ごめん花守さん。急がなきゃいけないんだ。



 学校から佐竹の家まではチャリで5分ほどで着く。だけど今日は雨の予報が出ていたので徒歩だった。それでも佐竹と話さなければとの思いで全力で走った。

 家に着くと佐竹は玄関で待っていたようで、チャイムを押す前にドアを開けてくれた。ただ、終始無言なのに加えて顔がいつもより緊張しているように見えたため、こちらまで暗い雰囲気になってしまう。

 「麦茶とジュースどっちがいい?」
 部屋に着くと佐竹はようやく口を開いてくれた。
 
 「ジュース」
 
 いつもより言葉の少ない会話ではあったがこれほど会話が嬉しかったのも久しぶりだろう。張り詰めた空気が少し和らいでいくのを感じる。

 とりあえずジュースを一口飲んだあと、佐竹が喋り始めた。

 「お前、この前の件覚えてるか?」

 一瞬言葉に詰まる。それと同時にあの時の記憶が呼び起こされる。忘れようと努めたあの恐ろしい体験が。
 
 「ああ。すごい体験をしたな」

 カタカタ震える口で必死に言葉を紡ぐ。今ジュースを飲もうとすれば確実にこぼしてしまうだろう。

 「やっぱ覚えてるよな…俺はあの時すぐに気を失っちゃったからほんのりとしか残ってないけど、お前はしっかり見ちゃったんだよなきっと。きっとお前が助けてくれなかったら俺は死んでたかもな…」

 「…もうあの化け物はいなくなったから大丈夫だ。もう心霊スポット行きは無しにしよう。他に楽しいことなんていっぱいあるさ」

 あまりにしおれている佐竹を見て見ていられなくなったのか、震えていた僕が気づいたら佐竹を励まそうとしていた。いや、明るい言葉で僕自身を励まそうともしていた。それほどまでにあの夜は二人に傷を負わせていたのだ。

 「その、心霊スポットの件なんだけどな…」

 ものすごく嫌な予感がしてきた。さっきまで温まっていた空気が急激に冷えていくのを感じる。多分この先を聞いてしまったら取り返しがつかなくなるんじゃないか。

 そんなことを思っても体が動かない。心とは裏腹に体は聴く体勢に入っている。

 「俺さ、お前に本を見せただろ?あの本最初は全く知らない地名だったり、黒ずんだりしてて読めない部分が多かったんだ。だけど、いつのまにか知ってる地域になってたり、読めるページが増えていってるんだ」

 やめろ。これ以上聞かせないでくれ。

 佐竹はガタガタと震えている。震える手でページをめくっている。顔は今にも泣きそうで、こっちまでもらい泣きしそうになる。

 「でさ、今日読んでみたらさ…」

 佐竹はもう泣き出している。声にならない声を必死に絞り出しながら伝えようとしている。僕はもう今すぐにでも帰ってしまいたかった。それでも足は動かない。

 「最新のページにさ」

 言葉よりも先にページを見てしまった。吐きそうだ。腹の奥がぎゅっと絞られているような、内臓が締め上げられるような。そんな感覚に陥る。

 「俺らの学校が載ってんだよ」

 佐竹はもう泣き出している。
 込み上げる胃の内容物を必死に押し返しながら現実をどうにか飲み込もうと努力する。あの日見た地獄のような光景と恐怖の感情が脳を支配している。

 「なぁ。これってさ…呪われた本だよな。俺、おれ…これどうしようかなぁ」

 そんなもん僕だって知らない。呪いだとか穢者だとか。そんなことに巻き込まれたくなかったから僕はあの日、あの選択をしたんだ。平和に生きるのはそこまで難しいのか?

 「と、とりあえず明日考えよう。な?今は冷静じゃないから。また明日考えれば…」

 また明日…
 この言葉がひどく引っかかってしまった。そしてその引っかかりは恐ろしい考えに行き着いた。

 「なぁ佐竹。この本って心霊スポットを教えてくれるんだよな」

 「え?ああ。この前はそうだっただろ?昼間は何の変哲もない図書館が心霊スポットになっちゃったんだ。多分学校も夜は心霊スポットになっているってことなんじゃないか?」

 それだったらすでに警備員や遅くまで残った先生が穢者に襲われているはずだ。
 んじゃない。この本に記載されたからんだ。
 そしてもう一つ。

 「…行かなきゃ」

 気づいたらそんなことを口走っていた。

 「は?正気か?もう十分だろあんなの」

 佐竹がありえない、という表情でこちらを見る。
 そうだ。ありえない。そんなの分かってる。だけど今日の帰り際に聞いた言葉が頭に引っかかってしまったのだ。

 今日は委員会があるから

 花守は真面目な生徒だ。委員会では2年生ながら副委員長を務めている。
 前に佐竹と花守と3人で新しく出来たラーメン屋に行こうとなった日、花守が学校が閉まるギリギリまで委員会の仕事をしていたため、長時間待たされたことがあった。

 考えすぎならそれでいい。
 恐ろしいのは知っていて何もしなかったときに最悪が起こることだ。

 「佐竹、チャリ借りるぞ」

 それだけ言って僕は部屋を飛び出した。




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