壊獄の浄祓師

はといるか

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第4話 浄術

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 人間は賢い生き物だ。あらゆる困難に直面しようとも、学習し、慣れ、克服していくことができる。
 しかし同時に、全ての人間は賢さゆえに備わっている厄介な特性とも向き合わなくてはならない。

 油断、慢心。
 


 「……油断した」
 僕は花守を助けにきた。助ける力があると思ったからだ。浄力を使って救出する。

 そのはずだった……




 30分ほど前。

 警察に見つかれば一発アウトになるスピードでチャリを飛ばす。目的地は学校。目標は心霊スポットとなった学校にいるかもしれない花守の救出。

 「なんだよこの暗さ…」

 大体学校が閉まるのは20:30ごろ。
 現在時刻は19:30。
 夜なので暗いのは当たり前なのだが、それにしても暗すぎる。見えるはずの距離が見えない。浄力に目覚めたからなのか、心霊スポットという環境から生まれる気のせいなのか。とにかく、ここに入るのはほとんどの人が躊躇うだろう。正気ならまず入ることはしない。自然と図書館裏の林で見たあの化け物の姿が脳裏に浮かぶ。

 だが立ち止まっている時間はない。吐きそうな恐怖を堪えながら向かう先は女子側の昇降口。
 もしかしたらすでに下校しているかもしれない。そんな淡い期待を込めながら下駄箱の扉を開く。革靴が一足残っている。
 
 花守はまだここにいる。

 彼女は確か図書委員だった。居るとすれば図書館だろう。

 図書館へ向かうべく、昇降口を後にする。図書館は3階まで階段を上り、廊下を進んだ先にある。
 
 
 階段を上る。足音を立てないように、一段一段慎重に。鉢合わせにならないように階段の外側を上る。
 花守を助けるために自分が死ぬわけにはいかない。そんな考えが慎重さに拍車をかけていた。

 特に問題も起こらないまま三階に着いた。本来なら一瞬で上り終わるのだが、永遠に登っているように感じた。

 ムッと嫌な空気がする。一階とは比べ物にならない。その原因はあっさりと見つかった。

 いる。穢者なのだろうか。しかも三体。この前の奴とは形が違う。しかし――

 怖くない。あまりにも怖くないのだ。

 全長は自分の腰よりも低く、大きな顔から手足が生えている。

 生じた感想は

 「弱そう」

 気づけば拳を握っていた。多分、いや、絶対勝てる。

 あちらも僕に気づいたようだ。ケタケタ笑いながらこちらへ向かってくる。

 以前の僕なら逃げの一択だっただろう。 
 だが今は戦う手段がある。
 

 思い出せ。初めて浄力を使ったあの時の拳の感覚を。

 「おあぁぁ!」

 暗い廊下に響いた声にならない声と微かな光はどちらも幽斗から発せられていた。
 相対した穢者の一体は鈍いうめき声を上げながら消えていった。

 「よし!」

 やっぱりだ。
 浄力はプラスの意志から生まれてくるのだろう。今回は勇気と助けたいって気持ちがあったから使えたんだ。

 残りあと2体。

 今の一撃で勇気を得た。あとは簡単だ。

 「倒す!」
 
 穢者はすでに逃げの体制に入っていたが遅かった。

 「はぁ!」

 気合いを入れて再び拳を振るう。
 
 あっという間に2体を殲滅し、幽斗のボルテージは最高付近まで到達していた。

 辺りを見回す。残る一体は姿をくらましてしまった。
 どうやって逃げたのだろう。そんな疑問はすぐに吹き飛んでいく。
 なぜなら、高まる気持ちとは裏腹に幽斗は冷静でいたからだ。

 「花守を助けてここを出なきゃ」

 目的であった図書館へ入り、花守の姿を探す。

 「花守ー!いるか?」

 反応がない。いないのか?
 そんな風に考えたその時。

 ゴソゴソとカウンターの方から物音がした。
 警戒を解かずにゆっくりと歩み寄る。しかし、先ほどよりも緊張はない。勝利によってもたらされた自信が頼もしい支えとなっていた。

 カウンターまで近寄った時。

 「わぁぁぁぁぁ!」

 と、何かが飛び出してきた。

 「うわぁぁぁあ」

 思わず悲鳴をあげる。拳を振りかぶった瞬間、

 「あれ?坂宮君?」

 聞き覚えのある声がした。

 「花守?」
 「花守だよ!」

 危ない。ぶん殴るとこだった。

 「なんで脅かしてくるんだよ」
 「ごめんごめん。だって、もし敵だったらこっちを強く見せないといけないでしょ?」
 「敵って…状況分かってるのか?」
 「もちろん。お化けがたくさんいたからこうやって隠れてたんだよ」
 
 前回穢者に怯えていた自分が恥ずかしくなる。なんだこのメンタルお化けは。

 ただなんにせよ、

 「無事でよかった。早く逃げよう」
 「でも外にはお化けがたくさんいたよ?ここでじっとしてるのが安全なんじゃないかな?」
 「それは倒したから大丈夫。お化けなんて大したことないよ」

 心配する花守とは対照的に自信満々な幽斗。
 そう。調子に乗っている。調子に乗っている人間に怖いものなどないのだ。

 先ほど来た廊下をまっすぐ戻り、階段を堂々と降りる。先ほどの慎重さは見る影もない。まっすぐ一階に降りて昇降口へと向かう。
 あとは花守が靴を履き替えて外に出るだけだ。この心霊スポットの嫌な雰囲気もだいぶ薄れている。さっき逃した一体のせいかな。まぁこの前のお姉さんの仲間が倒してくれるよな。

 「花守。早く靴履き替えて帰ろう」

 下駄箱に向かった花守に向かって呑気に声をかける。

 「待ってよー。暗くてよく見えない」

 遅いぞー。

 そんな軽口を吐こうとした瞬間だった。

 ゾワっと血の気が引くような空気が背後に広がった。喩えるなら…いや、喩えることが出来ない。なぜなら、これと同列のものを僕は知らない。あの日感じた恐怖や死ですら生ぬるいような…

 ぱっと振り向いて姿を見ようとする。
 と同時に左腕に激痛が走り、体が宙を舞った。いや、吹き飛んだのだろう。気づけば昇降口横の壁に激突していた。

 痛い。苦しい。息ができない。

 「がぁぁ」

 息を吸おうとするがうめき声が漏れるのみで、喉が詰まってしまったかのように空気が入らない。

 内臓が潰れた。マジで死ぬ。

 そう感じる程の苦痛。

 落ち着いて息を吸うんだ。全力で命を繋げ。。
 花守は無事か?敵はどこにいる?

 先ほど自分が立っていた場所に目を向ける。

 ボコボコといびつに発達した巨大な両腕。
 下半身はムカデのようになっているが足があるはずの部分はすべて人間の腕に置き換わっている。そして上半身は人型。
 大きな頭に大きな単眼。
 ムカデのケンタウロスに巨大な両腕をくっ付けたような風貌。

 穢者。それも、前に図書館裏の林で戦った奴よりも圧倒的に強い。そう感じる程のオーラがあった。浄力があるからそう感じるのか。それとも本能的なものなのか。
 どちらにせよ、先ほどの苦痛が、今も痛む左腕が、その穢者の圧倒的な強者感を示していた。

 無理だ。あれは。
 戦う方法を知っているだとか、手段があるだとか、そういった次元じゃない。

 「……油断した」
 
 声を出さなければ良かった。靴など取らずに逃げていれば。そもそも花守が言ったように図書館に隠れていれば……

 ズキズキ痛む腕を庇いながら後悔する。だが現状は変わらない。
 あのムカデ型穢者はキョロキョロと辺りを見回している。

 「僕はまだ生きてるぞ!気持ち悪い化け物!!」

 花守を探しているのだろう。そう思った時には声を張っていた。

 途端にビクッとこちらに体を向ける穢者。そして両腕を引きずるようにこちらへ向かってくる。

 これでいい。僕は死ぬかもだけど花守は助けられる。ただ、

 「黙ってやられるもんか…」

 すでに動かない左手。軋む全身。それでもまだ体は動く。

 右腕に浄力を集中。多分あいつのゴツさじゃ僕のパンチは効かないかもしれない。ならば。

 ムカデ穢者がすぐそこまで迫る。それに合わせるかのように心臓の鼓動が早くなっていく。

 先手は不利。
 カウンターに徹する。
 右腕か左腕かどちらが飛んでくる?
 確率は2分の1。十分だ。

 穢者の左腕が振り下ろされる。それを飛んで避ける幽斗。そして腕に飛び乗り、再び飛ぶ。狙うは一点。

 「おらぁ!!!」

 大きな眼球に力一杯拳と浄力を叩き込む。

 …………


 ……あれ?僕は?
 あいつ殴って。それで。
 意識飛んでた?ていうか生きてる?

 

 幽斗の読み、狙い、動き。それら全ては完璧だった。
 一点。穢者の眼球が石のような硬度であった点を除いて…

 即座にカウンターを喰らい、今度は廊下の奥まで殴り飛ばされた。
 空中にいたこと。腕を挟み込めたこと。激突する壁が無かったこと。
 これらが重なったことで死を免れた。
 だが。

 もう体が動かせない…
 時間は十分稼げたはず。
 ああ。もう少し生きていたかったなぁ。

 その時だった。

 「まったく君は。浄祓師になるのを拒んでおきながら穢者と戦うなんて。何を考えてるんだ」
 
 聞き覚えのある、少し呆れるような声が聞こえた。閉じかけていた目を開く。起き上がらない体を必死に動かしながら声の方に視線を向ける。

 あの日と同じだ。
 浄祓師を名乗っていたあのお姉さんが立っていた。

 「なんで…」
 「言ったでしょ?穢者と戦うのが浄祓師のお仕事だって」

 そしてお姉さんはあのムカデ穢者に向かって腕を突き出す。

 「君は結構タフだけど、知識も訓練も無しにあれと戦うのは無謀だよ」

 突き出した腕から魔法陣のようなものが展開される。

 「特別に教えてあげる。私ら浄祓師のような浄力使いの戦い方。その基本中の基本」

 魔法陣に光が灯る。

 「ってのをね」

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