たんぽぽ 信一・維士

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信一 プロ・シンガー

2006年 信一

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「信一、遅れないでね」「しゃべらないでね」
事務所の社長からだった。

「わかった」とおれは言った。ブログの人気者との飲み会だった。

一緒に飲んで食べて、写真を撮ってブログに載せて貰う。全くブログとか興味無いが仕事だ、しかたがない。

 20歳になってグッーと年とった気分だった。
 最近わかった事は、おれは商品だという事だ。
 高校卒業と同時にデビューして最初の一曲目から売って貰って新人ながら武道館3日間連続満員御礼コンサートもした。裏では、やればやる程赤字だと聞こえたが、おれには関係無いと思った。
 

 前は曲作り好きだったが、好きな音と売れる音は違うとか考えると良い曲が出来ないくなった、音楽や楽器が好きなヤツらは、音を良く知っているので、音を上下左右並べて、人の感情を揺さぶれる曲に仕上げる。
 パソコンからの音作りしか出来ないおれは、楽器の幅の広さが足りてない、プロの編曲に頼ってコレおれの曲と思う事があるが何も言わない。
 
 歌詞も酷い、言葉をしらない、感情も乏しい薄っぺらいおれは、「面倒くさい」「ウンザリ」「花」を無意識に何回も入れている。
 花なんて、綺麗だと思った事もないのに、(花は綺麗だ)と入れている自分にウンザリしている。
 定番の「愛」「恋」は宇宙の果てより遠い言葉だが、おれの側には中学の時から女も男も誰かいる。
 勝手に好きと言って勝手に嫌いになるらしい、ドアを開けてドアを閉めて出て行くが、面倒なので考えない、どうでもいい事だと思っている。
 おれには関係ない言葉だが、定番なのでこれもウンザリする程入れている。

 最近「昔は良かった」って入れたくなるが、20歳で「昔は良かった」は無いよねなぁと思う。

 ヴォーカルも酷い、一曲目のデモテープ作る時ミキサーの人が頭抱えた。
 全く倍音がないらしい、簡単に言うと音痴だ。
 でもプロのミキサー達がなんとかしてくれる、生で歌うTVには出られないが、色々なプロジェクトが進行しているらしい、魔法を掛けるプロ達が、商品としてのおれを高く見せて売る、磨けば光る石ならまだ良いが、光らない石を光っている様に見せるプロ達は凄い。
 商品があれば売る、プロ達の、邪魔にならないようにするのが、おれのプロの商品としての仕事だ。
 換えの商品はいくらでもあるからだ。
 
 大きな会場で大勢に囲まれ歌っても、
達成感も高揚感も何もない。
 おれじゃぁなくても、誰でも光らせるプロ集団の仕事だ。

 全てに興味がない、プロ集団に言われた事だけはやる。
 薄っぺらなおれはプロの商品という仕事をする、。

 感情なしで、言われた事だけやるのは1番楽だ、20歳のおれがそれで良いのかと、別のおれが聞くが、しっかり鍵をかける。面倒な事は考えない。

 最近は鍵が壊れる頻度が早い気がするが、全て面倒なので楽に生きようと思う。

「信ちゃん、カッコいいね、生、生、信ちゃん」と言って、おれにベタベタ触ってくるブログの人気者に、

 (何なんだコイツは)と心で思ったが、笑顔を絶やさなかった。

次の日事務所に行くと社長が、
「もう載っている」と、パソコンでブログを見せられた。ブログの人気者とおれが笑顔で載っていた。

 (いくら払ったんだ、たぶん車1台分くらいかなぁ)と頭を過ぎったが、直ぐおれには関係ないと思った。

 事務所の社長とは1年間一緒に暮らした。
 20歳を機に出て行ってもらった。
 (CD出しましょう)と最初に声をかけてきた人だ。なんでそうなったかは、勝手にドアを開けて入ってきた。
 いつもと違うのは出て行くドアをおれが開けてやった「愛しているのに」って、社長が言ってきたが、

 (はぁ、1年間暮らしてトータル1時間も会話してないのに、おれの何を知っている)って、言いたかったが、面倒なので何も言わなかった。 

「信一、忘れてないでしょう、後1週間以内に絵をお願いね」と社長が言った。

 シングル特典におれの絵かぁ 面倒くさせぇと思った。

「明日の休み、岩手に行ってくる」おれが言うと「えっ、」と社長は驚いたようだが、

「絵のインスピレーションの為だよ」っておれが言うと

「絶対、日帰りね、わかった」と念を押してきた。

 ひと月前から絵は言われていた、デビューの時からセットの絵だ。
 今まで何とかパソコンでそれらしく描いていた。おれの嫌いな芸術家気取りのそれらしい。
 今回も本屋に行ったりしてヒントを探していたが中々見つけることが出来なかった。

 オークションの絵ってどんなの出してんだって、急に思い立ち、パソコンを開けた。
 
 1枚の絵から目が離せなくなった。
 全体的に暗い色彩で無数の椅子が遠近法で描かれ、その上に無数の曲線が描かれいる右下にドクと、その側に米粒に見えるが違うなにかがある。
 椅子は最初ビルだと思った四角い窓が2つあるように見えた、よく見ると椅子の背に四角い穴が2つ空いていたこれはたぶん人の目の奥か、曲線は最初は風の流れかと思ったが、たぶん血管だ、角の米粒は人だ、全て想像だが感じ考えずにはいられない凄い絵だった。

 生まれて初めて、絵に吸い込まれて引き込まれている。
 体中、特に頭蓋骨が壊れそうなくらいの衝撃だった、パソコンでこれだけの表現が出来る人がいるんだと思った。

 おれの絵は緻密に描いて、それらしく誤魔化している絵だなと思った。
少し冷静になった、その絵には120万円の値段になっていて後30分で終了時刻だった。
 どうしても欲しくて150万円で落札した。
生まれて初めての達成感だった。
殆ど使う事がないので20歳の割には金があるので、安い買い物だと思った。

 もし、おれの全財産で絵を売ると言われても、全財産出しておれは買う、そのくらい絵に惹かれてしまった。

 1週間後、偶然休みの日の朝早く、絵が礼状と共に届いた。画面を通さない絵は凄い、4時間くらい目が釘付けになっていたようだ。
 我に返ったらもう昼を過ぎていた。
 さっそくシンプルな額縁を買ってTV の前に置いた、(どうせTV見ないからここだな)って独り言を言った。1番目に付く場所にした。

 自分のメールアドレスを入れて返礼の手紙をオークション代行に送った。

(お買い上げに感謝致します。また機会がありましたら宜しくお願い致します。  ドク)
オークション代行を通さない本人から直接メールがきた。
 今まで感じた事のない喜びが湧き上がってきた。

 何とか繋がりたいと思いメールを返した、何回めかのやり取りの後、

(ドクさんの近くまで仕事行きます。10分でもお会いしたい、、、)と、強引に何回もしつこいメールで会える事になった。

 無理矢理承諾させた感じになってしまったが、あの絵を描ける人にどうしても会いたかった。
 明日17時盛岡駅マックで会う事になった、マックがあるのか不安だったがドクが了承したのであるのだろう。
 会う前日の夜は高揚感で寝れなかった、
どんな人が来るのか色々想像した、ばあちゃんの男版で、人生全て見てきました感を綺麗に畳んで閉まっている様な人か、80歳くらいで髭を生やしていて画家って感じの人か、パソコンで描けく絵は違った意味で奥が深いとか言う人かなぁとか 次から次と浮かんだ。
 あの絵を描ける人だ、只者ではないはずだと思った。

 新幹線の3時間はあっという間だった。
 どんな格好が良いのか、わからなかったが騒ぎを起こすとドクさんに会えなくなるので、いつも半分下ろしいる前髪を全部上げてメガネをかけた。おれはドキドキしながらマックに向かった。

 
 強引に取り付けた約束の17時に、おれが来た時には、異次元の容姿の制服姿の男子高校生はもう座っていた。
 とても目を引く容姿で、昔何かの絵で見た天使が大きくなると、こうなるのかと勝手に想像したが、おれは天使に会いにきたわけでないと、頭を切り替えてドクさんを待った。あの絵を描いたドクさんに早く会いたかった。

 5分、10分と時間が経つ。

メールがドクさんから来てないかと携帯を開けると直ぐに、

(来られないようですので、帰ります ドク)とメールがきた。

おれは、慌てて周りを見渡した。

あの天使が立ち上がった。

 
 おれの体中から、嫌な汗が噴き出てきたが、
(来てたんだ、)(失敗した、)(待たせてた、)頭によぎった。
 
 直ぐ側に行って「ドクくんだよね、来てくれてありがとう」と頭を下げた。

 頭を上げた時、目と目が合った、
(まずい)と思ったが一瞬引き込まれた。 

 心臓がバクバクしだした。
 初めての事で何が起こったのかわからなくなった。
 心臓がバクバクしたままなので、静かなところに移動したかったが、そのまま座ってもらった、

「素晴らしい絵を売ってくれてありがとう、わざわざ来てくれてありがとう」(ありがとう)と、おれは何度も言った。
他の言葉を探す余裕が全くなかった。

 年長者だけを想像していたおれは、高校生相手にどう会話を続けたら良いのかわからなくなっていて「高校何年生」「3年」「あの絵はいつ頃描いたの」「中学」「食べ物何が好き」「特にない」
まるでインタビューだ。

 会話が出来ない、目を見て話を心掛けたが、油断すると引き込まれそうになる。

 わざとらしくならない様に何度も首元の校章に目を移した。おれは焦った、仲良くなりたい、離れたくない、どうしたら良いんだ、

「僕、電車の時間ですので帰ります」とドクが言っきた。

 時計を見ると18時だ、一緒について行こうかと思った。
 まさかなぁ変な奴と思われるよなぁ、焦った、もう会えない、一生後悔する、時間がない、短時間に頭の中で想いが騒ぎ出している、

「仕事で盛岡に頻繁に来るんだ、電車までの時間潰し感覚で、話し相手になってもらえたら嬉しいけど、どうかなぁ」とおれの口から急に出てきた、

「僕でよかったら、盛岡にくる時メールください 失礼します」と言って帰って行った。

 おれはおれを褒めた。
 よく嘘の会話がすらすら出た。
 繋がった、また会える、帰りの新幹線はドクの事考えてたら、3時間が5分くらいに感じた。

 そのまま事務所に寄って、
「毎週金曜日休みたい」と社長に言ったら、
(ぎょ)とした顔をしたが、昨日寝てないせいで顔色の悪いおれの顔を見て、
「10月までね、後はまた考えましょ」と言った。

 まず家に帰って直ぐパソコンで首元にあった校章を頼りにドクが通っている高校を探した。見つけた時はドクを身近に感じた。毎週金曜日ドクに会いたいと願った。

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