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「ヴヴヴーー」

 棺からでてきたゾンビは、ボロボロの魔術師ローブをきて、苦しそうな声で呻いている。

目に生気はなく、虚ろにたたずんでいるだけで、自我を持っているようには思えない。あーとか、うーとか言うだけで、死者蘇生というにはあまりにもお粗末なものだった。

「・・・・・僕には普通にゾンビにしかみえないけど?」

明らかに死んだ者の亡骸を動かしているだけだ。
この異世界にはネクロマンサーといわれる、死者を操り戦う魔術師がいると聞く。どう見てもこれはその類のもので、不可能とされている死者蘇生を行ったようには見えない。


「ええ、これはただの屍。けれど私の術はまだ終わっていないわ」


僕は機嫌よさそうに喋るエミリアを見ると、彼女の右手には青白く輝くもやもやとした球体に近い何かがあった。

「それはなんだ?」

「これは魂魄、しんだ者の魂よ」

えっ!? と僕は驚いてマジマジとその不思議な物体に見入ってしまう。まさか、魂なんてスピリチュアルな物を見れる日がくるとは思ってなかった。

前の世界では、夏になるとTVでよく心霊現象を撮影したビデオだとか、幽霊が見えると自称する人をみて、胡散臭いなーと思っていたが、まさか本当にあるとは・・・・

僕はちょっと感動してほえーと眺めていると、エミリアは自慢げに語りはじめる。


「魂の存在自体は既に研究で証明れていたわ。人は死んだときに体重が僅かに軽くなる事に気が付いた、かつての学者が、特殊な結界を張りその中で人を殺して魂の存在を突き止めた。やがて研究は進み長い時を得て、魂の物質化まで可能にした」



 「そこまで出来るなら何故、死者蘇生が不可能な術だと言われているんだ?」


僕には専門的な知識は全く分からないけど、魂なんて物まで発見して、物質化まで出来たのなら、あとは生前のからだにぶッ込めばいいんじゃないのかと思ってしまう。

「ふふふ、この魔術には大きな欠点があったのよ」

「欠点?」

「物質化された魂はどうやっても数日で消滅してしまうの」

「なら、その前に肉体に戻して蘇生すればいいじゃないか」

寿命で死んだのなら無理かもしれないが、この世界には回復魔法という便利なものがあるのだから、欠損した肉体をもとに戻す方法だってあるはずだ。

心臓をさされて死んだ者の魂を保管して、肉体を再生後蘇生すればいい。


「それが出来なかったのよ。魂を元の肉体にいれようとすると、理由は分からないけど必ず弾かれてしまう」

「じゃ、やっぱり死者蘇生なんてむりじゃないか」

「ええ、皆が望む形ではね。けれど私は発見したの」

エミリアはそう言って、虚ろなゾンビにゆっくりと歩いて近づいていく。

「魂はある条件を満たした他者の肉体には拒否反応を引き起こさない事にね。それは生前に膨大な魔力を持っていた魔族よ」

そこで、ハッとして僕はゾンビの姿を良く確認してみた。
朽ちていて、とても分かりずらかったが、ゾンビの皮膚には小さな鱗が付いていた。

エミリアがゾンビの体に左手で触れる。

「ただ一つ問題があってね、死者の体に魂を定着させるには、魂になる前、つまり生きているうちに死後死者の体に入ってもらうのを契約してもらう必要があった。でないと条件を満たしていても成功しない」

「死んだ後に、他人の死体に入るのを許可する奴なんているのか?」


僕だったら絶対にいやだ。死んだ後に、朽ちたゾンビになってやりたい事なんてないし、本当に自我が保てているのかも怪しい。 ましてや種族まで変わるとなるとなおさらだ。


「ええ、いないわね。さらに魂は肉体にいれた所で数時間で消滅する。本来なら物質化されてない魂は死後、自然と空に向かって飛んでいくもの。それが消滅した時の影響は誰にも分かっていない」


「なら尚更協力するわけないだろ」


「そう、だから私達はとある方法を使って、人を集めて洗脳したのだけれど、そこまであなたに説明する義理はないわね。私も研究成果を自慢したくて喋りすぎてしまったわ。遊びはここまでにしましょう」


エミリアが持っていた魂をゾンビの体に押し当てた。
すると、虚ろな表情をしていたゾンビの目に生気が戻っていく。そして、確認をするように体を動かしたあと、突然猛獣のような雄たけびをあげた。


「ヴアアアアアァァァァ!!!!!!!!!!!!!」

ビリビリとその威圧的な声が僕の鼓膜に響く。どう見ても化け物だった。

「おいおい、本当に魂の人の意思が残っているのか?」

とても、理性ある生き物には見えない。

「そこまでは、知らないわ。私が発見したのは死体に魂を入れる方法だけだもの。ただ力だけは本物よ。この魔族は元々膨大な魔力を持つだけの、魔術技術の無いデクノ坊だったけど、私が入れた魂は、魔力はからっきしだけど、魔術のセンスだけは高い不遇な魔術師の魂、さあどうなると思う?」

「・・・・えーと、とてもお強い?」

「正解っ」

と、駄目な生徒が問題に成功したみたいなリアクションでウィンクを飛ばしてきたエミリアが、ゾンビに指示をする。

「死者よ、焼き払え」


すると、ゾンビはすぐさま無詠唱で巨大なファイアーボールをつくり、僕の後方にある壁に撃ち込んだ。
とんでもない威力で、当たってもないのに熱風だけで肌がヒリヒリと焼けるようだった。オーバーキルすぎる。僕なんか小さなファイアーボールで十分なのになんだこの火力は。ちょっと過激すぎじゃない?


ヤバいどうしよ・・・・


「実力の違いがわかったでしょ? さっさとミアを返しなさい」

「そんな事、するわけないだろ!?」

例えこの命捨てることになろうとも、僕は自分の信念に誓いミアちゃんを見捨てたりしないっ!!

「まぁ、そうなるわよね。別にいいけど。死者よミアを取り返しなさい」

「ヴォ!」

「えっ、ちょっと待って!!!」

ゾンビが唸ると、抱き締めていたミアちゃんが腕からすり抜けて宙に浮いた。そしてそのまま、エミリアの手元に吸い込まれるように移動してしまう。

「嘘だ・・・ろ」

決して離すものかと決意をしてばかりなのに、いとも呆気なく奪われてしまう。

「可愛そうなミア。いま治してあげる」

エミリアは回復魔法をミアちゃんにかける。すると、少しだけミアの顔色がよくなった。
どうやら、本当に治すつもりはあったらしい。が、それはこの後レズショタパーティーをするために仕方なくだろう。

どちらにせよ、ここから連れ出して逃げ出さないとミアちゃんの命が危ないことに違いはなかった。

「フローラ、ミアを預かってちょうだい」

「いいぜ、それと一応俺も出しておくか」

ミアを受け取ったフローラが短く呪文を唱えると、地面からボロボロの武具を装備したガイコツが三体あらわれた。

こちらは普通のアンデッドのようで、魔族のゾンビほど強くはなさそうだ。
どうやら彼女達は二人ともネクロマンサーらしい。
ただですら勝ち目のないのに、これ以上敵が増えるとか理不尽すぎる。
僕にはそのガイコツ一体で十分なんだから、余計な事しないで欲しいよ、ほんとにもう。

「さぁ、もう貴方に用はないわ。潔く焼け死んで頂戴」

「ま、待ってくれ、実は僕には三万の援軍がいるかもっ!?」

「そんな嘘に騙されるわけないでしょ。さようなら、死者よ焼き払え」

またゾンビが高速で巨大なファイアーボールを生み出して僕に飛ばそうとしてくる。
終わった・・・・・僕は明確に自分の死を感じ取った。
最弱ゆえに、今まで何度も経験してきた感覚だったが、今回はマジのマジのマジなやつだ。
迫り来る巨大な火球を僕は見るのが怖くてぎゅっと目を瞑った。
異世界にきた時から、いつかこんな最後を迎えるとは思っていたけど、こんなに呆気なく死んでしまうなんて・・・・


まだハードボイルドな探偵としてやり残したことが沢山あったのに悔しかった。
僕はこの世界にきた自分の運命を呪い、最後に腹の底から沸き上がる気持ちにまかせて、叫んだ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

死の瞬間を想像し、怖すぎて気絶しそうになる・・・・・・・・・・・・・・・・・が、待っても何も起こらなかった。
あれ?、思ったより時間が掛かっているようだ。
仕方がないな、仕切り直して僕はもう一度腹の底から声をあげた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」




・・・・・・・・・・・・・・


「うわぁぁぁぁぁぁぁって、攻撃おそくない?」

流石にちょっと、タイミング逃しすぎて恥ずかしくなり、僕は目を開いてツッコミをいれた。

死に際くらい気持ちよくさせて欲しい。

けれど、目の前に転がっていた光景は僕の予想を遥かに上回るものだった。
なんと、フローラもエミリアも、そしてオマケに魔族のゾンビさんも尻餅ついて地面で震えていた。

「テ、テメェ!! なんて魔力してやがる!!?」

「こ、これほどの魔力、見たことがありませんわ!! 桁違いすぎる!! 貴方、何者なのっ!?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?
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