アンダンテ・メトロノーム

古城乃鸚哥

文字の大きさ
10 / 10

2-4

しおりを挟む
 202教室に訪れた沈黙は、これまでに茉白が感じてきたどれよりも居心地が悪かった。
 きみと仲良くする気はない、ときっぱりと言われて、茉白は返す言葉を失っていた。だが、そう言い放った本人も、それ以上は何も言わず視線を落としている。
 どうしよう。怒らせちゃった……。
 きっと自分の言い方が悪かったのだ。いや、もしかしたら、なにか言葉の選び方が間違っていたのかもしれない。
 嫌われたくなくて、そしてこの空気をなんとかしなければと必死で謝罪の言葉を選んでいたら、瀬尾は黙ったまま教室の外に向かい始める。引き戸を開ける後ろ姿の瀬尾を止める術を、茉白は知らない。
 一人取り残された彼女の脳裏に、先刻の瀬尾の言葉が木霊する。
『おれ、きみと仲良くする気、ないから』
 一片の笑みもなく放たれた言葉だった。
 彼がどこか茉白を歓迎していない様子なのはうすうす気づいていた。それでも、直接それを言動にしてぶつけられたことはなかった。今思えば、黒川や他のパートのメンバーがフォローを入れてくれていたのかもしれない。不用意に近づこうとしたことが、瀬尾の気に障ったのかもしれなかった。
 茉白は、奈摘の言葉を間に受けて勢いで行動したことに後悔していた。黒川の話題で一緒に盛り上がれるかもしれない、などというのは淡い幻想だったようだ。それにしたって唐突だったかもしれない、とも反省した。
 こうなってしまっては、二人きりは気まずい。そう思って瀬尾も出て行ったのかもしれない。
 でも、なにか一言くらい言ってくれても……。
 茉白は少し恨めしく思いながら、さっきまで瀬尾のいた場所を見つめた。まだ教室に来たばかりで、練習の準備は何一つできていない。楽器もケースから出していなかった。
 やはり、声を掛けるタイミングを間違えたかもしれない。今日このまま彼が戻らなければ、自分も彼も練習の時間を無駄にしてしまう。
 自分だけ練習を始める気にもならなかった茉白だが、瀬尾を追いかける勇気も気概もなかった。
 黒川さん、助けて。
 心の中で呼んでみても、もちろん助けなどくるはずなかった。黒川が今日は休みだと瀬尾から聞かされたとき、チャンスだなどと思ったのは間違いだった。今は彼がいないことがただただ悲しい。
 どうすればいいのか途方に暮れていると人の気配がして、瀬尾が帰ってきたのかと茉白は勢いよく顔を向ける。しかし、開けっ放しの出入り口からひょっこりと姿を現した人物は、茉白の待ち人ではなかった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...