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8.飲まずにはいられない
呆然としながら堀田の待つテーブルに戻った私は、椅子にすとんと腰を下ろし、肩を落とした。
私の様子を怪訝に思った堀田が身を乗り出す。
「遠野、どうかした?気分でも悪い?」
私はのろのろと顔を上げて、ぽつんとつぶやいた。
「失恋した……」
「え?」
私の言葉に堀田は眉をひそめた。
「いきなり何?どういうこと?」
先を促す堀田に、私は両手で顔を覆いながら答える。
「ずっと好きだった人がいたんだけど、彼女がいたみたいなの」
「もしかして、さっき挨拶に行った人のこと?」
「……うん」
私は力なく頬杖をついた。
「今まで、全然そういう気配を感じなかったのよ。だから安心していたの。いい加減そろそろ告白しなきゃって、最近決心したばかりだったのに、こんなにあっけなく失恋するなんて。これまで思い続けてきた十七年分の気持ち、行き場がなくなっちゃった……」
「そんなに長い間、ずっと同じ人を好きだったんだ?」
「そう。中学一年の時からずっと」
「それはそれは……」
堀田は感心したようにため息をつく。
「その間、相手の人に、一度も好きだって言ったことはなかったわけ?」
「会うたびに、好きだっていうアピールはしてたのよ。クリスマスだとかバレンタインデイ、彼の誕生日なんかのイベントにはプレゼントを渡して、大好きって言ったりしてた。その度に、嬉しそうにありがとうって言ってくれてたけど、今思うとあれは、私の言葉を本気にはしていなかったような気がする。あんまり好き好き言いすぎて、かえって信じてもらえなかったのかしら。そう言えば最近も、私のことは大事な妹みたいなものだ、なんて言ってたっけ。おまけに中学生の時から知っているせいで、私のことはいまだに子供扱いだったりして……」
「さすがにそれはないんじゃないの?ただ、言いすぎてっていうのは、なくはないかもね。それで、大人になってからはどうなの。好きだっていうアピールは、やっぱり相変わらずしていたの?」
「大人になってからねぇ……。逆に意識しちゃって、昔のように『好き』っていう言葉を口にできなくなったかな。重く受け止められて距離を置かれたくなかったっていうか。だけどもう少し早く、改めて告白をしていたら、また違った展開があったのかな……」
ぐちぐちと語る私の話に、堀田は黙って耳を傾けてくれていた。しかし話が切れたところで、自分のワイングラスを私の前に掲げ持つ。
「今日はさ。とりあえず飲みなよ。彼との思い出話、愚痴、特別になんでも聞いてあげる。全部吐き出して、それでもう次に進もうよ」
「うぅ。堀田ぁ……」
私は目尻を濡らす雫を払った。ワイングラスを堀田のグラスに触れ合わせた後、中身をぐいっと飲み干す。
堀田が慌てた声を出す。
「えっ!いきなり飲んじゃって大丈夫?」
私は空になったグラスをテーブルにことりと置く。
「大丈夫よ。それに今、堀田、飲め飲めって言ったじゃない」
「それはそうだけど。まだ何も胃に入れてないでしょ。悪酔いしちゃうわ」
私は堀田の心配顔を軽く流す。
「平気だってば。ねぇ、もうさ、ボトルで頼んじゃおうか。堀田もほんとはグラスでなんて物足りないでしょ」
「それはまぁ、そうだけど……」
「じゃ、頼もう。まずは白ね」
「まずはって、何種類飲む気でいるのよ」
堀田の呆れ声を聞き流し、私は店員に向かって手を挙げた。すぐさまやって来た彼にメニューを指差して告げる。
「この白をフルボトルでお願いします」
少しして別の店員がやってきて、注文したワインのボトルをテーブルに置いて行った。
それを早速手に取った私は、堀田と自分のグラスにワインを注ぐ。
「じゃあ、乾杯ね」
征也への想いを飲み下すかのように、私はくいっとワイングラスを傾けた。泣きたくなっていた気持ちが、喉を落ちていくワインの冷たい感触のおかげで少しだけ落ち着く。頭を酔わせ、お腹を満たすことで、とりあえずは今のこの切なくやりきれない気持ちを紛らわせようと思った。さてどの料理に手を着けようかとカトラリーに手を伸ばした時、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
「もしかして遠野さん?」
「え?」
私はのろのろと顔を上げた。その人物を目にした途端、はあっと大きなため息をつく。
「またあなたですか……」
私の迷惑そうな顔など気にした様子もなく、塚本は嬉しそうに笑う。
「また会えるなんてね。これだけ偶然が重なるってことは、俺たち相当縁があるんだな」
前向きな彼の様子に苛立って、私はしかめっ面を作る。
「そんなわけないでしょう。どうぞ早くお友達の所に行ってください」
「俺、一人で来てるんだ」
「はぁ、そうですか」
私は塚本をすげなくあしらった。
ところが脇から堀田が彼に話しかける。
「あのぉ、確か遠野のお知り合いの人でしたよね?もし良かったらですけど、一緒に飲みませんか?お一人なんですよね?」
「え?いいんですか」
塚本の顔にぱっと笑顔が広がった。堀田が空けた椅子にいそいそと腰を下ろした。
私は慌てた。
「そんなの勝手に決めないでよ」
「別にいいじゃない。こういう時にこそイケメンさんと話でもしてさ、元気出しなさいよ。失恋した相手以外にも、彼のようにいい男はいくらでもいるんだってことを再認識しないとね」
「ちょ、ちょっと堀田、今の話は……」
塚本は堀田の言葉に興味津々な顔をする。
「誰が失恋したんですって?」
塚本は単なる顔見知りでしかない。友人でも知人でもない。そんな彼に、極めてプライベートなことを知られたくはなかった。私は同僚を恨めしい目つきでにらむ。
私のむっとした視線を受けて、堀田は首をすくめる。
「そんなににらまないでよ。悪かったわ。ごめん」
「もうっ……」
私はふくれっ面でワインを飲んだ。
堀田は苦笑を浮かべて私をちらりと見てから、塚本に訊ねる。
「ところで、注文はどうしますか?」
「え、このままここにいていいんですか?」
「どうぞ。遠野のことはお気になさらず。それで、何を頼みます?あ、これ、メニューです」
「ありがとうございます。えぇと、そうですね……。お二人は何を飲んでるんですか?」
「これです。そうだ。もしこれでもいいなら、一緒に飲みませんか?白、お好きですか?」
「はい、好きです。というか、お酒はなんでも。それじゃあ、お言葉に甘えて、ご相伴に預かります」
「どうぞどうぞ」
「だめよっ」
言いながら私はボトルを自分の方へ引き寄せた。
「これは私と堀田の二人で飲むんだから」
「でも遠野、二人で飲むには少し多いでしょ?だから」
「だめったらだめ」
「まさかもう酔った?」
「酔ってないわよ」
「いや、酔ってるでしょ。目が座ってるよ」
やれやれとでも言うようにた堀田はため息をつく。
「この人、いつもはこんな風にはならないんですけどねぇ。だいぶショックだったのねぇ……」
「堀田、聞こえてる。それから、私は酔っていないからね」
「はいはい。あの、塚本さん、でしたっけ?すいません、一緒にって誘っておいてなんですけど、なんなら席移動してもらって構わないんで。遠野、こんな状態ですから」
「俺は全然構いませんよ。こんな彼女を見られるのも、なかなか貴重ですから」
堀田が吹き出す。
「貴重って、そんな。塚本さん、酔っぱらった女性、嫌じゃないんですか」
「遠野さん限定で」
「どういう意味です?実は以前から、遠野のこと知ってたとか?」
「あぁ、それはですね」
「ちょっと、遠野ってば」
塚本の言葉を遮って、堀田が慌てて私の手からボトルを取り上げた。中身を確かめた彼女が呆れたように言う。
「何よ、これ。もう空っぽなんだけど」
私はふにゃっと笑う。
「だって、美味しいから」
「だからって、ペース早すぎでしょ」
苦笑している堀田に、塚本が言う。
「帰りは俺が送りますから」
「いえいえ、私がタクシーで送ります。だって、塚本さん、でしたっけ。遠野とは特に友達だとかじゃないでしょ?」
「そうですね。友達ではないです。でも、彼女とは知り合いなんですよ」
「え?本当に?」
「ほんとほんと」
塚本は堀田に笑いかけた。さっきから彼女に対しても気さくに話しかけていて、楽しそうにしている。
そんな彼を見ていたら、なぜか急に不愉快な気分になり、私は二人の会話に割り込む。
「塚本さんと私は、ただ何度か偶然に会っただけの、単なる顔見知りでしょ」
「ま、今はそういうことでもいいけどね」
彼は含みのある言葉を口にして、にやりとした笑みを浮かべた。
私の様子を怪訝に思った堀田が身を乗り出す。
「遠野、どうかした?気分でも悪い?」
私はのろのろと顔を上げて、ぽつんとつぶやいた。
「失恋した……」
「え?」
私の言葉に堀田は眉をひそめた。
「いきなり何?どういうこと?」
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「もしかして、さっき挨拶に行った人のこと?」
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「それはそれは……」
堀田は感心したようにため息をつく。
「その間、相手の人に、一度も好きだって言ったことはなかったわけ?」
「会うたびに、好きだっていうアピールはしてたのよ。クリスマスだとかバレンタインデイ、彼の誕生日なんかのイベントにはプレゼントを渡して、大好きって言ったりしてた。その度に、嬉しそうにありがとうって言ってくれてたけど、今思うとあれは、私の言葉を本気にはしていなかったような気がする。あんまり好き好き言いすぎて、かえって信じてもらえなかったのかしら。そう言えば最近も、私のことは大事な妹みたいなものだ、なんて言ってたっけ。おまけに中学生の時から知っているせいで、私のことはいまだに子供扱いだったりして……」
「さすがにそれはないんじゃないの?ただ、言いすぎてっていうのは、なくはないかもね。それで、大人になってからはどうなの。好きだっていうアピールは、やっぱり相変わらずしていたの?」
「大人になってからねぇ……。逆に意識しちゃって、昔のように『好き』っていう言葉を口にできなくなったかな。重く受け止められて距離を置かれたくなかったっていうか。だけどもう少し早く、改めて告白をしていたら、また違った展開があったのかな……」
ぐちぐちと語る私の話に、堀田は黙って耳を傾けてくれていた。しかし話が切れたところで、自分のワイングラスを私の前に掲げ持つ。
「今日はさ。とりあえず飲みなよ。彼との思い出話、愚痴、特別になんでも聞いてあげる。全部吐き出して、それでもう次に進もうよ」
「うぅ。堀田ぁ……」
私は目尻を濡らす雫を払った。ワイングラスを堀田のグラスに触れ合わせた後、中身をぐいっと飲み干す。
堀田が慌てた声を出す。
「えっ!いきなり飲んじゃって大丈夫?」
私は空になったグラスをテーブルにことりと置く。
「大丈夫よ。それに今、堀田、飲め飲めって言ったじゃない」
「それはそうだけど。まだ何も胃に入れてないでしょ。悪酔いしちゃうわ」
私は堀田の心配顔を軽く流す。
「平気だってば。ねぇ、もうさ、ボトルで頼んじゃおうか。堀田もほんとはグラスでなんて物足りないでしょ」
「それはまぁ、そうだけど……」
「じゃ、頼もう。まずは白ね」
「まずはって、何種類飲む気でいるのよ」
堀田の呆れ声を聞き流し、私は店員に向かって手を挙げた。すぐさまやって来た彼にメニューを指差して告げる。
「この白をフルボトルでお願いします」
少しして別の店員がやってきて、注文したワインのボトルをテーブルに置いて行った。
それを早速手に取った私は、堀田と自分のグラスにワインを注ぐ。
「じゃあ、乾杯ね」
征也への想いを飲み下すかのように、私はくいっとワイングラスを傾けた。泣きたくなっていた気持ちが、喉を落ちていくワインの冷たい感触のおかげで少しだけ落ち着く。頭を酔わせ、お腹を満たすことで、とりあえずは今のこの切なくやりきれない気持ちを紛らわせようと思った。さてどの料理に手を着けようかとカトラリーに手を伸ばした時、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
「もしかして遠野さん?」
「え?」
私はのろのろと顔を上げた。その人物を目にした途端、はあっと大きなため息をつく。
「またあなたですか……」
私の迷惑そうな顔など気にした様子もなく、塚本は嬉しそうに笑う。
「また会えるなんてね。これだけ偶然が重なるってことは、俺たち相当縁があるんだな」
前向きな彼の様子に苛立って、私はしかめっ面を作る。
「そんなわけないでしょう。どうぞ早くお友達の所に行ってください」
「俺、一人で来てるんだ」
「はぁ、そうですか」
私は塚本をすげなくあしらった。
ところが脇から堀田が彼に話しかける。
「あのぉ、確か遠野のお知り合いの人でしたよね?もし良かったらですけど、一緒に飲みませんか?お一人なんですよね?」
「え?いいんですか」
塚本の顔にぱっと笑顔が広がった。堀田が空けた椅子にいそいそと腰を下ろした。
私は慌てた。
「そんなの勝手に決めないでよ」
「別にいいじゃない。こういう時にこそイケメンさんと話でもしてさ、元気出しなさいよ。失恋した相手以外にも、彼のようにいい男はいくらでもいるんだってことを再認識しないとね」
「ちょ、ちょっと堀田、今の話は……」
塚本は堀田の言葉に興味津々な顔をする。
「誰が失恋したんですって?」
塚本は単なる顔見知りでしかない。友人でも知人でもない。そんな彼に、極めてプライベートなことを知られたくはなかった。私は同僚を恨めしい目つきでにらむ。
私のむっとした視線を受けて、堀田は首をすくめる。
「そんなににらまないでよ。悪かったわ。ごめん」
「もうっ……」
私はふくれっ面でワインを飲んだ。
堀田は苦笑を浮かべて私をちらりと見てから、塚本に訊ねる。
「ところで、注文はどうしますか?」
「え、このままここにいていいんですか?」
「どうぞ。遠野のことはお気になさらず。それで、何を頼みます?あ、これ、メニューです」
「ありがとうございます。えぇと、そうですね……。お二人は何を飲んでるんですか?」
「これです。そうだ。もしこれでもいいなら、一緒に飲みませんか?白、お好きですか?」
「はい、好きです。というか、お酒はなんでも。それじゃあ、お言葉に甘えて、ご相伴に預かります」
「どうぞどうぞ」
「だめよっ」
言いながら私はボトルを自分の方へ引き寄せた。
「これは私と堀田の二人で飲むんだから」
「でも遠野、二人で飲むには少し多いでしょ?だから」
「だめったらだめ」
「まさかもう酔った?」
「酔ってないわよ」
「いや、酔ってるでしょ。目が座ってるよ」
やれやれとでも言うようにた堀田はため息をつく。
「この人、いつもはこんな風にはならないんですけどねぇ。だいぶショックだったのねぇ……」
「堀田、聞こえてる。それから、私は酔っていないからね」
「はいはい。あの、塚本さん、でしたっけ?すいません、一緒にって誘っておいてなんですけど、なんなら席移動してもらって構わないんで。遠野、こんな状態ですから」
「俺は全然構いませんよ。こんな彼女を見られるのも、なかなか貴重ですから」
堀田が吹き出す。
「貴重って、そんな。塚本さん、酔っぱらった女性、嫌じゃないんですか」
「遠野さん限定で」
「どういう意味です?実は以前から、遠野のこと知ってたとか?」
「あぁ、それはですね」
「ちょっと、遠野ってば」
塚本の言葉を遮って、堀田が慌てて私の手からボトルを取り上げた。中身を確かめた彼女が呆れたように言う。
「何よ、これ。もう空っぽなんだけど」
私はふにゃっと笑う。
「だって、美味しいから」
「だからって、ペース早すぎでしょ」
苦笑している堀田に、塚本が言う。
「帰りは俺が送りますから」
「いえいえ、私がタクシーで送ります。だって、塚本さん、でしたっけ。遠野とは特に友達だとかじゃないでしょ?」
「そうですね。友達ではないです。でも、彼女とは知り合いなんですよ」
「え?本当に?」
「ほんとほんと」
塚本は堀田に笑いかけた。さっきから彼女に対しても気さくに話しかけていて、楽しそうにしている。
そんな彼を見ていたら、なぜか急に不愉快な気分になり、私は二人の会話に割り込む。
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