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13.揺らす言葉
注文していた料理が運ばれてきて、テーブルの上が賑やかになった。ワインと料理を楽しみながら、私と塚本は他愛のない会話を交わす。
話がふと途切れた時、私は何の気なく店内を見渡した。圧倒的にカップル客が多く、あちらこちらで幸せそうに微笑みを交わし合っている。口コミの中にあった「デートにもぴったり」といういくつもの書き込みを思い出す。
そんな彼らの様子を目にして、胸の奥がちくりと痛んだ。私も征也とあんなふうになりたかったのにと、ほんの少し胸が苦しくなった時、塚本が私に向かって何か言った。慌てて視線を戻し、私は彼に微笑みを向ける。
「ごめんなさい、今、なんて?」
「いや、大丈夫かなって」
「え?」
「遠野さんの表情が曇ったから……。こんなにカップル率が高いんじゃ、色々と落ち着かないよね。もっとよく調べて、他の店にすれば良かったんだよな」
ここに決めたことを後悔しているのか、塚本は苦い顔をしていた。彼は私の失恋を知っている。
彼の気遣いを申し訳なく思った。私の心の傷はまだ完全には癒えてはいないが、今は前向きな気持ちになりつつある。そのことを彼に伝えるために、私は話し出す。
「気を使わせてしまってごめんなさい。でも、このお店がカップルに人気だっていうことは口コミで知っていたの。その上で来ているんだから、気にしないで。それに、もう大丈夫。だって、失恋したことをいつまでも引きずっていても仕方ないもの。確かに彼を想っていた期間は長かったし、大好きな人だったから、心にぽっかりと穴が開いたような感じはあるわ。実を言うとね、あの後毎晩のように泣いていたの。だけど、そのおかげかしら。今はもう、前に進もうって思えるようになっているのよ」
塚本のまなざしがあまりにも優しかったせいで、つい口が滑らかに動いてしまった。喋りすぎたことに気づき、私は謝る。
「ご、ごめんなさい。つまらない話をぺらぺらと……」
「全然つまらなくないよ。それと、店のこと、そう言ってもらってちょっとだけほっとした。でも、そっか。ひとまず気持ちが落ち着いたみたいで良かった。俺でよければいくらでも話を聞くから、その時は遠慮なく言ってほしい」
「ありがと……」
その態度もその言葉も単に友人としてのものであって、そこに深い意味などないことは分かっている。それなのに、穏やかな彼の笑顔に戸惑い、どぎまぎし、なぜか鼓動が跳ねた。
今夜はまだ酔っていないはずなのにと、そんな自分に驚いて、慌てて彼から視線を外す。この動揺を収めるためにとワインに口をつけた。
その液体が喉を落ちていくのを感じながら、今しがた胸の奥に感じた小さな高鳴りには気づかなかったことにしようと決める。だって、失恋してまだ間もないのに、誰かに心動くことなどあるわけがないのだ。きっと何かの間違いか気のせいだと、私は自分に言い聞かせた。
その後私たちは、再び世間話を中心に会話しながら食事を進め、二人して最後のデザートまでをしっかりと味わった。席を立つ前に、やっぱり俺が払う、いやここは私が、と若干の押し問答はあったが、結局は塚本が折れて無事に会計を済ませた。店を出てからは、なんとなく二人一緒に同じ方向に向かって歩き出す。
「やっぱり歩いて帰るの?」
「だって三、四十分くらいだもの。それになんだか気持ちいい夜だから、歩きたいなって」
「あぁ、確かにね。じゃあまだもう少し、遠野さんと一緒にいられるね。良かった」
その台詞にどきりとして、私はちらりと彼に視線を向けた。
しかし彼はまったく平然とした顔をしている。
その様子を見て、勝手に深読みしそうになった自分が恥ずかしくなった。彼の言葉の裏に、私に対する特別な感情が隠れているわけではないと、自分に言い聞かせる。ところが、それでも胸のどきどきが止まらない。
この鼓動も、恥ずかしい勘違いもすべて、彼が私の心を揺らすようなことばかり口にするせいだと、彼に対して不満を覚えた。いったいこの人は天然の人たらしでもあるのかしらと疑わしく思いながら、彼の横顔をそっとにらむ。
彼は変わらずにこにこしている。
その横顔を見ているうちに私の不満は溶けて、諦めと苦笑に変わってしまった。
嬉しそうな顔をして彼は私を見た。
その様子を見るに、私の心中に気づいてはいないようだと、密かにほっとする。
「また一緒に食事とか飲みに行こうね」
「うん、そうね。そのうちにね」
今夜は楽しく過ごせたし、また彼に誘われることがあれば、特に断る理由はない。しかし、そんな機会は再び訪れたりはしないだろう。そう思った私の返事は軽くなった。
流すようなその返し方が気に入らなかったのか、塚本は唇を歪めて拗ねた口ぶりで言う。
「今、『またはない』って思ったでしょ」
「え?そ、そんなことないよ」
咄嗟に笑顔を貼り付けた私に、彼は疑いのまなざしを向けたが、すぐに笑顔に戻る。
「ま、いいや。なんにしても、また誘う。次に行きたい店、考えといてね」
「う、うん……」
機嫌よく笑う彼に頷きながら、ふと思う。
彼はこの春からこの街に異動してきたと言っていたが、私以外に誘える友達はいないのだろうか。中学、高校、大学時代の友人など、何人かはいそうなものだ。
そのことを口にする私に、塚本は肩をすくめてみせた。
「残念ながらいないんだ。この街で唯一の友達は遠野さんってわけ。正確には、友達候補?ま、そういう訳だから、これからもよろしくね」
「そういうことなら……」
私の返答に満足げに笑う塚本が、なぜかまぶしく見えて戸惑った。俄かに落ち着かない気分となり、私は目を泳がせた。
話がふと途切れた時、私は何の気なく店内を見渡した。圧倒的にカップル客が多く、あちらこちらで幸せそうに微笑みを交わし合っている。口コミの中にあった「デートにもぴったり」といういくつもの書き込みを思い出す。
そんな彼らの様子を目にして、胸の奥がちくりと痛んだ。私も征也とあんなふうになりたかったのにと、ほんの少し胸が苦しくなった時、塚本が私に向かって何か言った。慌てて視線を戻し、私は彼に微笑みを向ける。
「ごめんなさい、今、なんて?」
「いや、大丈夫かなって」
「え?」
「遠野さんの表情が曇ったから……。こんなにカップル率が高いんじゃ、色々と落ち着かないよね。もっとよく調べて、他の店にすれば良かったんだよな」
ここに決めたことを後悔しているのか、塚本は苦い顔をしていた。彼は私の失恋を知っている。
彼の気遣いを申し訳なく思った。私の心の傷はまだ完全には癒えてはいないが、今は前向きな気持ちになりつつある。そのことを彼に伝えるために、私は話し出す。
「気を使わせてしまってごめんなさい。でも、このお店がカップルに人気だっていうことは口コミで知っていたの。その上で来ているんだから、気にしないで。それに、もう大丈夫。だって、失恋したことをいつまでも引きずっていても仕方ないもの。確かに彼を想っていた期間は長かったし、大好きな人だったから、心にぽっかりと穴が開いたような感じはあるわ。実を言うとね、あの後毎晩のように泣いていたの。だけど、そのおかげかしら。今はもう、前に進もうって思えるようになっているのよ」
塚本のまなざしがあまりにも優しかったせいで、つい口が滑らかに動いてしまった。喋りすぎたことに気づき、私は謝る。
「ご、ごめんなさい。つまらない話をぺらぺらと……」
「全然つまらなくないよ。それと、店のこと、そう言ってもらってちょっとだけほっとした。でも、そっか。ひとまず気持ちが落ち着いたみたいで良かった。俺でよければいくらでも話を聞くから、その時は遠慮なく言ってほしい」
「ありがと……」
その態度もその言葉も単に友人としてのものであって、そこに深い意味などないことは分かっている。それなのに、穏やかな彼の笑顔に戸惑い、どぎまぎし、なぜか鼓動が跳ねた。
今夜はまだ酔っていないはずなのにと、そんな自分に驚いて、慌てて彼から視線を外す。この動揺を収めるためにとワインに口をつけた。
その液体が喉を落ちていくのを感じながら、今しがた胸の奥に感じた小さな高鳴りには気づかなかったことにしようと決める。だって、失恋してまだ間もないのに、誰かに心動くことなどあるわけがないのだ。きっと何かの間違いか気のせいだと、私は自分に言い聞かせた。
その後私たちは、再び世間話を中心に会話しながら食事を進め、二人して最後のデザートまでをしっかりと味わった。席を立つ前に、やっぱり俺が払う、いやここは私が、と若干の押し問答はあったが、結局は塚本が折れて無事に会計を済ませた。店を出てからは、なんとなく二人一緒に同じ方向に向かって歩き出す。
「やっぱり歩いて帰るの?」
「だって三、四十分くらいだもの。それになんだか気持ちいい夜だから、歩きたいなって」
「あぁ、確かにね。じゃあまだもう少し、遠野さんと一緒にいられるね。良かった」
その台詞にどきりとして、私はちらりと彼に視線を向けた。
しかし彼はまったく平然とした顔をしている。
その様子を見て、勝手に深読みしそうになった自分が恥ずかしくなった。彼の言葉の裏に、私に対する特別な感情が隠れているわけではないと、自分に言い聞かせる。ところが、それでも胸のどきどきが止まらない。
この鼓動も、恥ずかしい勘違いもすべて、彼が私の心を揺らすようなことばかり口にするせいだと、彼に対して不満を覚えた。いったいこの人は天然の人たらしでもあるのかしらと疑わしく思いながら、彼の横顔をそっとにらむ。
彼は変わらずにこにこしている。
その横顔を見ているうちに私の不満は溶けて、諦めと苦笑に変わってしまった。
嬉しそうな顔をして彼は私を見た。
その様子を見るに、私の心中に気づいてはいないようだと、密かにほっとする。
「また一緒に食事とか飲みに行こうね」
「うん、そうね。そのうちにね」
今夜は楽しく過ごせたし、また彼に誘われることがあれば、特に断る理由はない。しかし、そんな機会は再び訪れたりはしないだろう。そう思った私の返事は軽くなった。
流すようなその返し方が気に入らなかったのか、塚本は唇を歪めて拗ねた口ぶりで言う。
「今、『またはない』って思ったでしょ」
「え?そ、そんなことないよ」
咄嗟に笑顔を貼り付けた私に、彼は疑いのまなざしを向けたが、すぐに笑顔に戻る。
「ま、いいや。なんにしても、また誘う。次に行きたい店、考えといてね」
「う、うん……」
機嫌よく笑う彼に頷きながら、ふと思う。
彼はこの春からこの街に異動してきたと言っていたが、私以外に誘える友達はいないのだろうか。中学、高校、大学時代の友人など、何人かはいそうなものだ。
そのことを口にする私に、塚本は肩をすくめてみせた。
「残念ながらいないんだ。この街で唯一の友達は遠野さんってわけ。正確には、友達候補?ま、そういう訳だから、これからもよろしくね」
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