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19.世話焼きの叔母
今日は地元に住む従妹の結婚式だ。私たち一家も招待されており、今は家族そろって式場に向かうタクシーの中にいる。私は憂鬱な気分で懐かしい窓の外の風景を眺めていた。
「美祈、何なの。さっきから暗い顔して。今日はめでたい日だっていうのに」
何度めかのため息をついた時、隣から母の呆れた声が聞こえた。私の反対側に乗っていた兄の悠生がくすくすと笑っている。
「孝子おばさんに会いたくないからだろ」
「あはは、分かる?」
孝子というのは母の姉だ。私が二十八才になった辺りから、見合いだの紹介だのと話を持ち込んでくるようになった。
苦笑する私の隣で、母も苦笑いを浮かべる。
「姉さんねぇ。最近もあんたにどうかって見合い話を持ってきたわ」
「えっ、またなの」
「でもお母さん、美祈は多分お見合いはしないと思うって言って断ったのよ。それで良かったんでしょ?」
「うん。それでいい。で、おばさん、諦めてたみたい?」
「どうかな。ぶつぶつ言ってたけどね」
「ってことは、今日会ったら直接お前に言ってくるかもな」
「えぇ、面倒だなぁ」
助手席に乗っていた父が笑う。
「お前もそろそろ考えた方がいいんじゃないのか」
「お父さんが早く私にお嫁に行ってほしいんなら考えるよ」
「うぅん、まだいいかな」
苦笑交じりの父の言葉の後に、それまで黙々とハンドルを握っていたタクシードライバーがくすっと笑い声をもらす。
「娘がいると色々と複雑ですよね」
「運転手さんも娘さんがいるんですか」
「うちのはもう結婚してるんですけどね。当時はやっぱり色々と心配したものです。……あぁ、もうじき着きますよ」
ドライバーが言って間もなく、タクシーは式場となる建物前に到着した。
父を先頭に式の受付へと向かう途中、伯母の孝子の姿が目に入った。知人らしき上品なご婦人と楽しそうに話している。
見合いの話は出ませんようにと祈りながら、そんなことをしても意味はないのを承知の上で、私は兄の影に隠れるようにして式場へと向かった。
チャペルでの挙式後は、同じ施設内にある披露宴会場に移動した。
披露宴が進み、新郎新婦がお色直しで退場した時、伯母がにこにこしながら私を目指してやってきた。
「来たな」
隣で兄がこっそりとつぶやくのが聞こえた。
「俺、ちょっとトイレ」
「え、ちょっと待ってよ。援護してくれないの」
「実を言うと俺、苦手なんだよ」
両親は今、花嫁の母の席へと行っている。
私もそちらへ行こうと、兄に続いて急いで席を立とうとした。しかし遅かった。
「美祈ちゃん、久しぶりねぇ」
伯母のことは決して嫌いなわけではないが、きっとあのことかと思うと警戒心に笑顔が固まる。
「お久しぶりです」
「今日はお着物じゃなかったのね。そのドレスも素敵だけど、せっかくだから振袖でも着れば良かったのに」
「あははは。洋服の方が動きやすいと思って」
「ところで美祈ちゃん、お母さんから聞いてる?」
何を指して言っているのか分かってはいるが、私は首を傾げてはぐらかす。
「誠人君が昇進した話?あ、お祝いを言うのが遅くなっちゃってごめんなさい。おめでとう」
「ありがとう。後で本人にも言ってあげて」
伯母は嬉しそうに言ってから、兄が座っていた席によっこらしょと腰を下ろした。
さらりと話して終わるつもりはなさそうだと、私は身構えた。
「ところで、さっきの続きよ。一度お見合いしてみない?」
「あぁ、いやぁ、今は仕事が充実しているし、そういうのはいいかなぁ」
「あら、まぁ」
伯母は眉間に軽くしわを寄せて心配そうな口ぶりで言う。
「あなたのお母さんにお見合いのことを話したら、『美祈はそういうのはしないと思う』なんて言ってたけど、あなた、来年は三十でしょ?そろそろ結婚相手を見つけて、お母さんたちを安心させてあげないと」
余計なお世話だと思いながら、私は別のテーブルにいる伯母の息子たちに目をやった。
「私のこと心配してくれるのはありがたいけど、ほら、順番的に言って、まずは伯母さんとこの新吾君と誠人君とか、あとはうちの兄さんなんかが先じゃない?」
「男はいいのよ。だけどやっぱり、女は色んな意味で早い方がいいと思うのよ。今ね、ご縁をお願いされている息子さんがいるのよ。美祈ちゃんにどうかと思ってね」
「私、本当にまだ結婚とか考えられないんだ。だから他の人に紹介してあげて。あ、亜由美ちゃんはどう?」
「亜由美ちゃんは去年大学出たばっかりでしょ」
伯母はさらりと流して、ずいっと私に近づく。
「おばさんの勘だけど、美祈ちゃんに合いそうな方なのよ。好青年だし、お堅い職業で将来に不安もなさそうだしね。あなた、この連休中はこっちにいるんでしょ?明日にでも釣り書きと写真を持って行くから、見てみてちょうだい。なんなら今月、早いうちにお席をセッティングするから」
「いや、ほんとに、私はそういうのはいらないから」
「そんなこと言わないで、おばさんの顔を立てると思ってお願いよ。あら、高木先生だわ。華道教室の先生もご招待してあったのね。私もお世話になっている方だし、ちょっと行ってくるわ。じゃ、美祈ちゃん、またね。お見合いの件、頼んだわよ」
「ちょっと、おばさん!」
伯母は言うだけ言うと、慌ただしく立ち上がり、高木先生とやらが座るテーブルへと行ってしまった。
どっしりと安定感あるその後ろ姿を見送って、私はやれやれとため息をついた。
「美祈、何なの。さっきから暗い顔して。今日はめでたい日だっていうのに」
何度めかのため息をついた時、隣から母の呆れた声が聞こえた。私の反対側に乗っていた兄の悠生がくすくすと笑っている。
「孝子おばさんに会いたくないからだろ」
「あはは、分かる?」
孝子というのは母の姉だ。私が二十八才になった辺りから、見合いだの紹介だのと話を持ち込んでくるようになった。
苦笑する私の隣で、母も苦笑いを浮かべる。
「姉さんねぇ。最近もあんたにどうかって見合い話を持ってきたわ」
「えっ、またなの」
「でもお母さん、美祈は多分お見合いはしないと思うって言って断ったのよ。それで良かったんでしょ?」
「うん。それでいい。で、おばさん、諦めてたみたい?」
「どうかな。ぶつぶつ言ってたけどね」
「ってことは、今日会ったら直接お前に言ってくるかもな」
「えぇ、面倒だなぁ」
助手席に乗っていた父が笑う。
「お前もそろそろ考えた方がいいんじゃないのか」
「お父さんが早く私にお嫁に行ってほしいんなら考えるよ」
「うぅん、まだいいかな」
苦笑交じりの父の言葉の後に、それまで黙々とハンドルを握っていたタクシードライバーがくすっと笑い声をもらす。
「娘がいると色々と複雑ですよね」
「運転手さんも娘さんがいるんですか」
「うちのはもう結婚してるんですけどね。当時はやっぱり色々と心配したものです。……あぁ、もうじき着きますよ」
ドライバーが言って間もなく、タクシーは式場となる建物前に到着した。
父を先頭に式の受付へと向かう途中、伯母の孝子の姿が目に入った。知人らしき上品なご婦人と楽しそうに話している。
見合いの話は出ませんようにと祈りながら、そんなことをしても意味はないのを承知の上で、私は兄の影に隠れるようにして式場へと向かった。
チャペルでの挙式後は、同じ施設内にある披露宴会場に移動した。
披露宴が進み、新郎新婦がお色直しで退場した時、伯母がにこにこしながら私を目指してやってきた。
「来たな」
隣で兄がこっそりとつぶやくのが聞こえた。
「俺、ちょっとトイレ」
「え、ちょっと待ってよ。援護してくれないの」
「実を言うと俺、苦手なんだよ」
両親は今、花嫁の母の席へと行っている。
私もそちらへ行こうと、兄に続いて急いで席を立とうとした。しかし遅かった。
「美祈ちゃん、久しぶりねぇ」
伯母のことは決して嫌いなわけではないが、きっとあのことかと思うと警戒心に笑顔が固まる。
「お久しぶりです」
「今日はお着物じゃなかったのね。そのドレスも素敵だけど、せっかくだから振袖でも着れば良かったのに」
「あははは。洋服の方が動きやすいと思って」
「ところで美祈ちゃん、お母さんから聞いてる?」
何を指して言っているのか分かってはいるが、私は首を傾げてはぐらかす。
「誠人君が昇進した話?あ、お祝いを言うのが遅くなっちゃってごめんなさい。おめでとう」
「ありがとう。後で本人にも言ってあげて」
伯母は嬉しそうに言ってから、兄が座っていた席によっこらしょと腰を下ろした。
さらりと話して終わるつもりはなさそうだと、私は身構えた。
「ところで、さっきの続きよ。一度お見合いしてみない?」
「あぁ、いやぁ、今は仕事が充実しているし、そういうのはいいかなぁ」
「あら、まぁ」
伯母は眉間に軽くしわを寄せて心配そうな口ぶりで言う。
「あなたのお母さんにお見合いのことを話したら、『美祈はそういうのはしないと思う』なんて言ってたけど、あなた、来年は三十でしょ?そろそろ結婚相手を見つけて、お母さんたちを安心させてあげないと」
余計なお世話だと思いながら、私は別のテーブルにいる伯母の息子たちに目をやった。
「私のこと心配してくれるのはありがたいけど、ほら、順番的に言って、まずは伯母さんとこの新吾君と誠人君とか、あとはうちの兄さんなんかが先じゃない?」
「男はいいのよ。だけどやっぱり、女は色んな意味で早い方がいいと思うのよ。今ね、ご縁をお願いされている息子さんがいるのよ。美祈ちゃんにどうかと思ってね」
「私、本当にまだ結婚とか考えられないんだ。だから他の人に紹介してあげて。あ、亜由美ちゃんはどう?」
「亜由美ちゃんは去年大学出たばっかりでしょ」
伯母はさらりと流して、ずいっと私に近づく。
「おばさんの勘だけど、美祈ちゃんに合いそうな方なのよ。好青年だし、お堅い職業で将来に不安もなさそうだしね。あなた、この連休中はこっちにいるんでしょ?明日にでも釣り書きと写真を持って行くから、見てみてちょうだい。なんなら今月、早いうちにお席をセッティングするから」
「いや、ほんとに、私はそういうのはいらないから」
「そんなこと言わないで、おばさんの顔を立てると思ってお願いよ。あら、高木先生だわ。華道教室の先生もご招待してあったのね。私もお世話になっている方だし、ちょっと行ってくるわ。じゃ、美祈ちゃん、またね。お見合いの件、頼んだわよ」
「ちょっと、おばさん!」
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