Wavering Heart ~ 元同級生は別人級に甘すぎる ~

芙月みひろ

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33.見合い相手

 見合い当日、私は軽く昼食を食べてから身支度に取り掛かった。
 ホテルのロビーラウンジでの見合いだ。そこまでかしこまった格好でなくてもいいとはいえ、そのシーンに合いそうな服選びにやや手間取った。手持ちの何着かをあれこれ合わせてみた結果、先日塚本と食事に行った時と同じ格好に落ち着く。
 塚本と言えば、見合いの後、迎えに来てくれることになっている。別の洋服にした方がいいだろうかと迷い出したが、そろそろホテルに向かわねばならない時間だ。そもそも、あの時の私の服装など覚えてもいないだろうと思い直し、私は部屋を後にした。
 予約していたタクシーは、ほぼ時間通りにマンション前にやって来た。それに乗ってホテルに向かい、約束より十分ほど早く到着した。
 ロビーに入ってすぐに伯母の姿が目に入った。その隣には小柄な伯母より頭一つ分ほど背の高い、やや小太り気味のスーツ姿の男性が立っている。今日の見合いの相手に違いない。
 私は緊張しながら、二人の方へ近づいて行った。どぎまぎしながら声をかける。
 
「こんにちわ」

 伯母は私に気づき、にっこりと笑う。
 
「美祈ちゃん、待ってたわ。今日はよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」

 表立ってはしおらしい顔で頷いておく。しかし実際は、伯母の「待ってたわ」の言葉に、約束の時間よりも早く到着したはずだがと心の中で苦笑していた。
 私の心の声を知らない伯母は満足そうな顔で、自分の隣にいる男性を早速紹介し始める。
 
「美祈ちゃん、こちらが佐山一郎さん。伯母さんね、一郎さんの伯母さまと茶道教室でご一緒していてね。今日の場は、そのご縁からのものなのよ」

 佐山はひどくかしこまった様子で私に挨拶をする。

「初めまして、佐山と申します」
「初めまして。遠野と申します。よろしくお願いいたします」

 私は微笑みを作って挨拶を返した。軽く会釈して顔を上げた時、彼の細い目がまるで値踏みでもするかのように、ちらちらと私を見ていることに気がついた。背筋にぞわりとする感覚を覚えたが、この見合いを平和に終わらせたい私はそれを見なかったことにする。
 私たちの様子を見守っていた伯母が、一仕事終えたとでもいうような顔で笑う。

「それじゃあ、私はこれで帰るから、後は二人でゆっくり色々とお話ししてみてね。いい結果になるといいわねぇ」

 私はなんとも言えずに黙って微笑んだ。
 佐山は薄い唇に笑みを刻み、伯母に頭を下げる。

「色々とありがとうございました。帰宅したら、連絡させて頂きます」
「えぇ、分かりました。それじゃあ、失礼しますね。美祈ちゃんも、家に帰ったら電話ちょうだいね」
「はい」

 伯母が非常に機嫌のいい顔をして帰って行った後、佐山は張り付けたような固い笑顔で私を促す。

「ラウンジの方に移動しましょうか。ちょうど予約の時間になりましたし」
「は、はい……」

 私が頷いたのとほぼ同時に、佐山が私の隣にすっと移動した。
 ヒールを履いた私の目線とほとんど同じ位置に彼の顔が見え、同時にきつめの香水が鼻につく。私は不快な匂いに表情を歪ませた。
 しかし、佐山が私の表情の変化に気づいた様子はない。

「さ、行きましょうか」

 再び彼に促されて私は歩き出した。するとエスコートのつもりなのか、するりと彼の手が私の背中に添えられた。その瞬間、彼に触れられたその辺りがぞわりとする。
 先程といい、今といい、鳥肌が立つようなこの感覚は何なのかと、全身が強張る。佐山の手から早く離れたくて、私は歩調をわざと速めてラウンジに向かう。
 予約は伯母の名前で入っていたようだ。佐山がそのことを伝えてすぐに、スタッフが席まで案内してくれた。
 ホテルの庭がガラス越しに見える、明るい席だ。そこに佐山と向かい合って座る。
 腰を落ち着けて間もなく別のスタッフがやって来て、二人分の水とおしぼり、そして薄い一冊のメニューをテーブルの上に置いて行った。
 佐山は早速そのメニューを取り上げて開き、何にしようか吟味するかのように眺め始めた。
 その様子を見て、私の中にもやもやとした感情が生まれた。
 すべての男性がレディーファーストでなければならないと、そんなことを思っているわけではない。しかしこんな時、塚本であればきっと、まずは私にメニューを見せてくれるか、あるいは一緒に選ぼうとするはずだ。
 
「決まりました。私はホットコーヒーとチーズケーキにします。遠野さんはどうしますか」

 ようやく私の前にメニューが置かれた。しかし見る必要はない。ラウンジの入り口に提示してあったメニュー表をすでに確認済みで、何を注文するかはとっくに決めてある。

「私は紅茶にします」

 佐山の目が軽く見開かれた。 

「ケーキは食べなくていいんですか?ここのショートケーキ、美味しいという評判ですよ」
「そうなんですか」

 早くこの時間を終わらせるために、お茶の一杯だけでいいと思っていたが、美味しいショートケーキと聞いて心が揺れた。結局、誘惑に負けた私は、佐山の言うそのショートケーキも一緒に注文することにした。

「それでしたら、私はショートケーキも頼みます」
「それがいいと思います。では、注文しましょうか」

 佐山はフロアの端の方に待機していたスタッフに向かって、片手を挙げた。
 すぐにそれに気づいてやって来た彼女は、にこやかな笑顔で佐山に訊ねる。

「お決まりでしょうか」

 佐山はメニューを指差しながら注文を伝える。

「ホットコーヒーとチーズケーキ。あとは、紅茶と、このショートケーキを」
「かしこまりました」

 少なくとも私の目には、注文する時の彼の態度は横柄に見えた。
 嫌な気分になったりしてはいないだろうかと、スタッフの様子が気になった。
 しかし、さすがプロだ。彼女は完璧な笑顔のままお辞儀をし、スマートな動きで私たちの前から離れて行った。
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