Wavering Heart ~ 元同級生は別人級に甘すぎる ~

芙月みひろ

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38.断りの電話

 帰りの車の中、交わす会話は互いになんとなく上の空だった。
 彼は彼で言いたいことを何度も飲み込んでは、思いついたように世間話を口にしていた感があった。
 私も私で、彼への気持ちをいつ伝えようか、やはり今日か、それとも日を改めた方がいいだろうかと悶々とし、口が重たくなっていた。
 そんな中で話のリードを取るのはやはり塚本で、私は彼に声を掛けられてから答えるという、そんなやり取りが続いていた。

「着いたよ」

 塚本の声にはっとして私は顔を上げた。慌ててシートベルトを外しながら、彼への告白はまた今度にしようと結論を出す。

「ありがとう」

 車から出ようとした時、塚本が私に訊ねる。

「次の週末も会える?例えば日曜日」
 
 頭の中に浮かんだカレンダーに予定は書き込まれていない。それに、今の私には彼の誘いを断る理由は何もない。だから、私はこくりと頷いた。

「じゃあさ……」

 彼は言葉を切り、勇気を振り絞るかのような固い表情をする。

「うちに来ない?」
「え?」

 どきりとして私は返答に迷った。
 塚本は慌てたように付け加える。

「い、一応言っておくけど、別に下心とかはないから。外食もいいけど、部屋でのんびり一緒に過ごすのもいいかな、と。ほら、さっきさ、店でそういう感じのことを言ってくれたから、それでどうかな、と思ったんだけど、あはは、やっぱりまだ早かったか。ごめん、今のはなし。えぇと、そうだ。映画、行こうか。うん、そうしよう」

 彼はうろたえた様子で言い直した。
 正直に言うと、下心はないという彼の言葉はあまり信用できなかった。けれど、彼ならきっと私の意思に反するようなことはしないだろうと、なぜか確信のようなものがあった。

「いいよ。塚本さんの部屋、行っても。何か美味しいものを作って、ご馳走してくれるんでしょ?」

 言い出したのは自分のくせに、彼は驚いた顔をした。

「え、ほんとに?来てくれるの?」
「うん。行っていいのなら」

 みるみるうちに塚本の表情が明るくなった。

「明日からの一週間、頑張れそうだ。時間はどうしようか」
「そうねぇ……」

 念のためカレンダーに予定を書き込んでおこうと、スマホを取り出した。カレンダーアプリを開いた途端、電話が入ってびっくりする。画面が変わったちょうどその時に、タップしようとしていた指が通話ボタンに触れてしまう。しまったと思った時にはすでに遅く、電話の向こうからよく知る人物の声が聞こえてきた。

『美祈ちゃん?おばさんだけど!』

 慌てて強制終了させようとした手を、塚本に止められた。
 どうしてと眉をひそめる私に、彼は吐息のような小声で言う。

「出ていいよ。今、『おばさん』って言うのが聞こえた。例の件でしょ」
「でも……」
「いいから」

 伯母の電話に出るのをためらっている間にも、電話の向こうではしつこく私を呼んでいる。

『美祈ちゃん!ちょっと、聞こえてるの?!』

 塚本はにっと笑う。

「なんなら代わりに俺が出ようか?」
「まさか!」

 つい声が大きくなってしまい慌てて小声に戻す。

「自分で出ます。じゃあ、少しだけ、ごめんね……」

 覚悟を決めた私はスマホに耳を当てた。

「もしもし……」
『んもうっ、美祈ちゃんったら、つながったのになかなか声が聞こえないから、どうしたのかと思ったわ。なかなか電話が来ないから、待ちきれなくておばさんからかけちゃった』
「えぇと、ちょっと、実は頭痛がひどくて帰って来て、さっきまで横になってたの。それですぐに連絡できなくて……」

 佐山の時と同じ理由を口にする。怪しまれませんようにとどきどきしたが、伯母は私の言い訳を信じてくれたようだ。心配そうな声が返ってくる。

『あら、そうだったの。今はどうなの?大丈夫なの?』
「うん。薬飲んだから、もう大丈夫。ところで、ですね……」

 私はちらりと塚本の顔を見た。なぜか彼の方が私以上に緊張した顔をしている。ごくりと唾を飲み込んで、私はきゅっとスマホを握った。

「お見合いの件はお断りしてください。お願いします」
『あらっ!』

 伯母は驚いたように声を上げた。納得していないような口ぶりで話し出す。

『一郎さんと話が合わなかったっていうこと?こんなこと言ったらあれだけど、まぁ確かにね、見た目は美祈ちゃんのタイプじゃなかったのかもしれないわ。だけど、優しくいい人だったでしょ?仕事もちゃんとした所にお勤めだし、お金の心配だってないはずよ。ご本人もそうだけど、お家の方だってしっかりとしていていてね。言ってなかったかもしれないけど、お父様は某銀行の役員をされているのよ。それにね、さっき佐山さんから、この話をぜひ進めてほしいって連絡があったの。一郎さんたら、美祈ちゃんのこと、写真以上に素敵な人だった、結婚するならこの人だって思った、って言ってたそうよ。そんなにも気に入ってもらえているだなんて、素晴らしいことだと思わない?だいたいね。たった一回、たったの数時間会って話してみたくらいで、お互いのこと、そんなによく分からないんじゃないかしら。だからもう何回か会ってみて、それから決めてもいいんじゃない?』

 途中で電話を切ってしまいたくなったが我慢して、私はきっぱりとした声で伯母に告げる。

「いえ、私とあの方とは絶対に合わないと思うの。だからごめんなさい、お断りします」

 電話の向こうで、伯母がわざとらしいため息をついたのが分かった。

『あんなにいい方なのに、どこがだめだって言うのかしら』

 あの生理的嫌悪感のことを話すべきかどうか迷う。そこに突然割り込んできた声があった。

『母さんにとってはそうだとしても、美祈ちゃんにとってはそうじゃないってことだろ。もういい加減にしなよ』
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