Wavering Heart ~ 元同級生は別人級に甘すぎる ~

芙月みひろ

文字の大きさ
40 / 61

40.待ち伏せ

 例の見合いをしたあの日から数日後の昨夜、塚本から週末の予定を改めて確認するメッセージが送られてきた。
 もちろん彼との約束を忘れてはいない。むしろ、気がつけばその日が来るのを楽しみにしている自分がいた。知らず知らずのうちに、その気持ちが顔や態度に出ていたのか、昨日の帰りのロッカールームでは、同期の堀田から何かいいことでもあったのかと、不思議な顔をされてしまった。
 さて、本日の業務を終えて、私はパソコンの電源が落ちたのを確認し、椅子から立ち上がった。
 堀田を含む他の女性職員たちはすでに退社した後で、営業職たちに混ざって残っていたのは私だけだ。上司たちに帰社することを伝えて、オフィスを出た。腕時計の時刻は七時を回っている。この時間塚本はまだ仕事なのかしらと、彼の顔を思い浮かべながらロッカールームを出て、ちょうど降りてきたエレベーターに乗り込んだ。
 一階に着いてからはロビーを抜けて外に出る。通勤で利用しているバスの停留所の方へ足先を向けた時、私に声をかける者がいた。
 聞いたことがあるような、ないような声だ。誰だったろうかと訝しみながら振り返った。ビルと歩道の境界線の役目を担う花壇があるのだが、そこに見合いを断ったはずの佐山の姿があって驚いた。どうしてここにいるのかと、私の頭の中はあっという間に疑問符で一杯になった。
 佐山は緊張した面持ちで歩いてきた。私の前で足を止め、自信なさげな上目遣いで挨拶する。

「遠野さん、こんばんわ。先日お会いした佐山です。覚えていらっしゃいますよね?」

 私は戸惑いながら引きつった笑顔で返す。

「はい。先日は大変ありがとうございました。ところで今日はどうしてここに?」

 間に従兄が入る形になりはしたが、見合いの件は伯母を通じてはっきりと断っている。それについてはあの日のうちに、誠人からメールをもらったから間違いないはずだ。
 佐山が悲しそうに顔を歪める。

「今回の見合いの件は聞きました。遠野さんからお断りするとのお話があった、と」
「はい、伯母経由で、そのようにお伝えしたはずです……」

 佐山は肩にかけていたリュックのショルダー部分をギュッと握りしめる。
 
「そのことなんですが、私にチャンスを頂けないでしょうか。実は月曜日からずっと、遠野さんに会えないものかと思って、ここで毎日待っていたんです」
「えっ!?月曜日からずっと、ですか?」

 まるでストーカーのようですね、と口走りそうになったがそれを飲み込む。

「あの、でも、どうしてここだって分かったんですか?お会いした時に、特に会社のことなどはお話しなかったように思うのですが……」

 あぁそれは、と佐山は事も無げに言う。

「今回見合いをするにあたって、森川さんからお相手のお名前などを伺った時に、どちらにお勤めなのかを教えていただいたので。遠野さんもそうだったのでは?とは言っても、森川さんは、遠野さんの会社名は覚えていなかったらしくて、金融関係だということと、この辺で一番大きなビルの中にある会社だと言ってらしたので、それで多分このビルかと目星をつけまして。たださすがに一社一社訪ねる勇気はなく」
「はぁ、なるほどですね……」

 佐山は曖昧な伯母の話から私の職場に見当をつけたという。
 それを聞いた私の眉間にはしわが寄りそうになった。しかし、かろうじて堪えた。見合いを断わられたにも関わらず、その相手の職場近くまでやって来て、いつ会えるかも分からないのに、ずっとこうして待っていたなんてあり得ない。気持ち悪いという感情しかなかった。
 私の会社名をはっきりと覚えていなかった伯母に感謝したい。金融関係というあやふやなヒントを元にして、ビル内にあるそれらしき会社の中からその一社を積極的に探し出すような人でなくて良かったと、心底安心する。
 とにかく、もう早く佐山を遠ざけたい、離れたいと思い、私はできるだけ丁寧な口調で、しかし改めてきっぱりと告げる。

「今回の見合いはもうお断りしたわけですし、今後このようなことはおやめ頂きたいです。申し訳ありませんが、私の返事が変わることはありません」

 我ながらきつい言い方だったかとやや後悔した。しかし佐山にめげた様子は見られない。

「そんな風に早急に結論を出さずに、私たち、もう少し何度か会ってみませんか。そうだ。この後お時間があるのなら、食事に行きませんか?あの日ちょっと話しただけでしたから、もっと遠野さんのことを知りたいですし、私のことももっと知って頂きたい。そういった時間を重ねていくことで、この先、遠野さんのお気持ちだって変わるかもしれませんよね」

 返事は変わらないと言ったのに、と苛立ちを覚えた。それを抑えながら、私は断定口調で再び彼に告げる。

「いえ、今後も気持ちが変わることはありません」
「それは、絶対に私のことを好きになることはない、という意味でしょうか……」

 佐山はしゅんとして顔を伏せた。
 その様子に、はっきり言いすぎてしまったかと申し訳ないような気持ちになりかけたが、自分の経験上、曖昧な態度を取るよりも絶対にいいはずだと思い直す。いずれにせよ、もうこれ以上佐山と話すことはない。私はぺこりと彼に頭を下げた。

「すみません。そういうことですので、私はこれで失礼します」
「ま、待って!」

 佐山は慌てた声を上げて、私の腕をつかもうとした。
 その手から逃れようとした時、「遠野さん」と呼ぶ声が聞こえた。いったい誰だろうと訝しみながら、私は声が聞こえた方に首を回した。驚いたと同時に、その偶然を天の助けと思う。足早に私の方へと近づいてくる塚本の姿が目に入ったのだ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!? 恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。