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41.見合い相手と恋人候補
「何かあったの?」
それが私の元にやってきた塚本の第一声だった。
心配そうな顔をした彼を安心させるために、私は首を横に振る。
「いえ、なんでもないわ」
「本当に?」
確かめるように私の顔をのぞき込んでから、彼は佐山に視線を走らせた。
「ところで、そちらの方は?」
「えぇと、この間……」
紹介しようとした私の言葉に被せて、佐山は自ら名乗る。
「佐山と言います。ところで、あなたは?遠野さんとどういうご関係で?」
問い質すような佐山の口ぶりは、挑戦的にも聞こえた。
それに対して塚本はこう答える。
「私ですか?そうですねぇ、遠野さんの恋人候補とでもいうのかな。実は今、口説いている最中なんです。なかなかうんと言ってくれなくて困ってる所なんですけどね」
てっきり「友達」だと答えるだろうと思っていた私は、慌てる。
「ちょっと、塚本さん、何を……っ」
塚本はにやりと笑う。
「本当のことでしょ?」
「いや、でも……」
それは決して間違いではないけれど、見合い相手だった佐山からこのことが伯母に伝わったら厄介だなと、私は顔をしかめた。
ちらりと目を上げて佐山の反応をうかがうと、塚本の言葉を理解しきれていない様子で、彼は落ち着かなげに瞬きを繰り返していた。
「ちょっと待ってください。恋人候補?あぁ、でも、そうか。遠野さんは頷いていないんですよね。それなら私にも、まだチャンスはあると思っていいですよね。遠野さん、やっぱり私との時間をぜひ作って下さい。そこの人よりも、私の方を好きになって頂けるように努力しますから」
言い終えた佐山が一歩足を踏み出し、私の手を取ろうとした。
私は反射的にぴしゃりとその手を跳ねのけてしまった。はっとして慌てて手を引き彼に謝る。
「す、すみません、つい……」
私が取った行動にひどく驚いたようで、佐山の目が丸く大きく見開かれた。しかしすぐに態勢を立て直し、彼は私に訴えかけてくる。
「遠野さん、そんなに私ではだめでしょうか」
「いえ、ですから、私と佐山さんは合わないと思うのです。それでお断りをしたわけなので……」
どう言えば理解してくれるのだろうかと思いながら、私はじりっと後ずさりする。
「どこが合わないと思ったんですか。遠野さんに合うように直しますから、言って下さい」
「どこがって……」
口ごもる私の隣で、塚本が大きなため息をつく。
「佐山さん、と仰いましたっけ?彼女に見合いを断られたんですよね?でしたら素直にそれを受け入れて、身を引いた方がいいと思うんですが」
佐山はキッとした顔で塚本を睨みつける。
「あなたは黙っていてください。私は遠野さんにお話ししているんです。……遠野さん、どうなんですか」
佐山の顔は真剣だ。悪い人でないことは分かる。けれど、やっぱりどうしても生理的に受け付けない。
「遠野さん、答えてください」
佐山に悲しそうな声でさらに問いかけられて、私は窮した。そのまま言葉にするのはやはり憚られる。
すると彼はもしかしてとつぶやいた後、ぼそりと続けた。
「遠野さん、実は好きな人がいるんですか?だから、私にもその人にも応えることができないということなのですか?もしも本当に、好きな人がいるんだとしたら、諦めるより他はなさそうですね。だって、人の恋路を邪魔したくはないので。それならばどうして私との見合いを受けたのかと、そこは正直腹が立ちますけれど」
「それについては申し訳ありません。言い訳になるのは承知で言うと、どうしても断り切れなかったんです。だから」
「つまり、元々乗り気ではなかったということですね……」
佐山は深々とため息をついた。
「そして、好きな人がいるという点について否定しないということは、やっぱりそうなんですね……」
私は無言で佐山から視線を逸らした。
それを肯定と受け取ったのだろう。佐山は恨みがましい声で言う。
「私は本当に遠野さんと結婚できたらいいなと、心の底から思っていたんですけどね……。残念です」
がくりと肩を落とした佐山はのろのろと私に背を向けると、とぼとぼとした足取りで去って行った。
その背中を見送りながら、佐山に対して申し訳なかったと詫びつつも、これでようやく完全に終わったようだと安堵する。
「塚本さんが来てくれたおかげで、心強かった。私一人だったら、あんなにきっぱりと言えたか分からなかったわ。ありがとう」
「いや、俺は何もしていないよ。とりあえず、納得して帰ってくれたようだね」
「えぇ」
ほっとして頷きながら、今さらだが、あることにふと気がつく。
「そう言えば、もしかして塚本さんもバス通勤?」
「うん。あそこのバス停でいつも乗り降りしてる」
「そうだったのね。でもそうよね。今まで会ったことはなかったけど、家の方向って同じなんだものね。だったら」
一緒に帰ろうと続けようとしてやめた。彼にも都合があるだろう。
「じゃあ、私はこれで。また、日曜日に」
私はそそくさとバス停に向かおうとしたが、塚本に引き留められた。
「この後家に帰るだけなら、どっかで食事して帰らない?」
「でも、明後日も会う約束をしているし……」
「だからと言って、今日は会っちゃダメってことはないよね」
「まぁ、それは……」
口ごもりつつ答えはしたが、心の中では嬉しいと思っていた。塚本から誘われたことに浮足立ちそうになるのを抑えながら、私は通りの向こうを目で示す。
「あっちにの方に手頃なイタリアンのお店があるの。そこに行かない?なんでも美味しいんだけど、私、そこのカルパッチョが一番好きなのよね」
「へぇ。なんだかワインを飲みたくなりそうだな」
「いいよ、飲んでも。週末だものね」
「そういう遠野さんこそ、好きなだけ飲んでいいよ」
「まるで酒豪みたいに言うのはやめてよ」
「あれ。違った?ごめんごめん」
私たちはそんな軽口をたたいて笑い合いながら、目的の店に向けて歩き出した。
それが私の元にやってきた塚本の第一声だった。
心配そうな顔をした彼を安心させるために、私は首を横に振る。
「いえ、なんでもないわ」
「本当に?」
確かめるように私の顔をのぞき込んでから、彼は佐山に視線を走らせた。
「ところで、そちらの方は?」
「えぇと、この間……」
紹介しようとした私の言葉に被せて、佐山は自ら名乗る。
「佐山と言います。ところで、あなたは?遠野さんとどういうご関係で?」
問い質すような佐山の口ぶりは、挑戦的にも聞こえた。
それに対して塚本はこう答える。
「私ですか?そうですねぇ、遠野さんの恋人候補とでもいうのかな。実は今、口説いている最中なんです。なかなかうんと言ってくれなくて困ってる所なんですけどね」
てっきり「友達」だと答えるだろうと思っていた私は、慌てる。
「ちょっと、塚本さん、何を……っ」
塚本はにやりと笑う。
「本当のことでしょ?」
「いや、でも……」
それは決して間違いではないけれど、見合い相手だった佐山からこのことが伯母に伝わったら厄介だなと、私は顔をしかめた。
ちらりと目を上げて佐山の反応をうかがうと、塚本の言葉を理解しきれていない様子で、彼は落ち着かなげに瞬きを繰り返していた。
「ちょっと待ってください。恋人候補?あぁ、でも、そうか。遠野さんは頷いていないんですよね。それなら私にも、まだチャンスはあると思っていいですよね。遠野さん、やっぱり私との時間をぜひ作って下さい。そこの人よりも、私の方を好きになって頂けるように努力しますから」
言い終えた佐山が一歩足を踏み出し、私の手を取ろうとした。
私は反射的にぴしゃりとその手を跳ねのけてしまった。はっとして慌てて手を引き彼に謝る。
「す、すみません、つい……」
私が取った行動にひどく驚いたようで、佐山の目が丸く大きく見開かれた。しかしすぐに態勢を立て直し、彼は私に訴えかけてくる。
「遠野さん、そんなに私ではだめでしょうか」
「いえ、ですから、私と佐山さんは合わないと思うのです。それでお断りをしたわけなので……」
どう言えば理解してくれるのだろうかと思いながら、私はじりっと後ずさりする。
「どこが合わないと思ったんですか。遠野さんに合うように直しますから、言って下さい」
「どこがって……」
口ごもる私の隣で、塚本が大きなため息をつく。
「佐山さん、と仰いましたっけ?彼女に見合いを断られたんですよね?でしたら素直にそれを受け入れて、身を引いた方がいいと思うんですが」
佐山はキッとした顔で塚本を睨みつける。
「あなたは黙っていてください。私は遠野さんにお話ししているんです。……遠野さん、どうなんですか」
佐山の顔は真剣だ。悪い人でないことは分かる。けれど、やっぱりどうしても生理的に受け付けない。
「遠野さん、答えてください」
佐山に悲しそうな声でさらに問いかけられて、私は窮した。そのまま言葉にするのはやはり憚られる。
すると彼はもしかしてとつぶやいた後、ぼそりと続けた。
「遠野さん、実は好きな人がいるんですか?だから、私にもその人にも応えることができないということなのですか?もしも本当に、好きな人がいるんだとしたら、諦めるより他はなさそうですね。だって、人の恋路を邪魔したくはないので。それならばどうして私との見合いを受けたのかと、そこは正直腹が立ちますけれど」
「それについては申し訳ありません。言い訳になるのは承知で言うと、どうしても断り切れなかったんです。だから」
「つまり、元々乗り気ではなかったということですね……」
佐山は深々とため息をついた。
「そして、好きな人がいるという点について否定しないということは、やっぱりそうなんですね……」
私は無言で佐山から視線を逸らした。
それを肯定と受け取ったのだろう。佐山は恨みがましい声で言う。
「私は本当に遠野さんと結婚できたらいいなと、心の底から思っていたんですけどね……。残念です」
がくりと肩を落とした佐山はのろのろと私に背を向けると、とぼとぼとした足取りで去って行った。
その背中を見送りながら、佐山に対して申し訳なかったと詫びつつも、これでようやく完全に終わったようだと安堵する。
「塚本さんが来てくれたおかげで、心強かった。私一人だったら、あんなにきっぱりと言えたか分からなかったわ。ありがとう」
「いや、俺は何もしていないよ。とりあえず、納得して帰ってくれたようだね」
「えぇ」
ほっとして頷きながら、今さらだが、あることにふと気がつく。
「そう言えば、もしかして塚本さんもバス通勤?」
「うん。あそこのバス停でいつも乗り降りしてる」
「そうだったのね。でもそうよね。今まで会ったことはなかったけど、家の方向って同じなんだものね。だったら」
一緒に帰ろうと続けようとしてやめた。彼にも都合があるだろう。
「じゃあ、私はこれで。また、日曜日に」
私はそそくさとバス停に向かおうとしたが、塚本に引き留められた。
「この後家に帰るだけなら、どっかで食事して帰らない?」
「でも、明後日も会う約束をしているし……」
「だからと言って、今日は会っちゃダメってことはないよね」
「まぁ、それは……」
口ごもりつつ答えはしたが、心の中では嬉しいと思っていた。塚本から誘われたことに浮足立ちそうになるのを抑えながら、私は通りの向こうを目で示す。
「あっちにの方に手頃なイタリアンのお店があるの。そこに行かない?なんでも美味しいんだけど、私、そこのカルパッチョが一番好きなのよね」
「へぇ。なんだかワインを飲みたくなりそうだな」
「いいよ、飲んでも。週末だものね」
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